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猫になる話3


部屋を出て開口一番に「杏里ちゃん泊めてくれなきゃ死んでやる」と呟いたら、チョロ松兄さんはかわいそうなものを見る目で俺を見た。
はぁ…分かんないでしょうねこの感覚、彼女いない人には…

「おい一松その目やめろ。てか何?一松はさておきおそ松兄さんは何か不満なわけ?」
「不満だよお前!せっかく杏里ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるチャンスなんだからさぁ!」
「いやそれ普通一松が言うセリフだよね。お前が言うとややこしくなんだろ」
「え、てかそれだけの理由で反対してたのおそ松兄さん」
「ったり前だろ?なんかドキドキすんじゃん、弟の彼女でも〜」
「僕彼女できても絶対おそ松兄さんには紹介しないようにしよう…」
「だねー!」
「十四松まで…」

十四松とトッティには激しく同意だし金輪際杏里ちゃんに近付かないでほしいが、悲願を成就させるまでおそ松兄さんには俺の味方でいてもらわなくてはならない。
あの猫杏里ちゃんと同じ家の中で生活するというロマン…死んでも実現させてやる。

「こんなにやる気に満ち溢れてる一松にーさん見るの初めてかもしんない」
「そう?僕には死なばもろともって顔に見えるけど」

下二人がひそひそ話してるのをよそに口を開く。

「問題はどこまで俺達が干渉するかでしょ。だったら簡単だよ。俺らが入れない部分は母さんに頼めばいい」
「そーそー。女の子同士がいいってんならトト子ちゃんとこ行くより母さんに事情話した方が早いって。博士からの連絡だってトド松に来るだろうし、そしたら深夜だろうが連絡来たらすぐ研究所に行ってやれるだろ?」
「そりゃそうだけどさ…」
「あとさ、ほら、お前の好きな…何だっけ、レイカだレイカ」
「にゃーちゃんのこと言ってる?」
「あーそうそれ、その子とトト子ちゃんって一応ライバルなんだろ?今の杏里ちゃんの姿その子に似てるし、ちょっと心休まらなかったりするかもしんねーじゃん?女の子って何が原因で不機嫌になるか分かんないしさ〜、下手に刺激しない方がいいかもよ」

おそ松兄さんの口八丁は味方につけると頼りになる。
例え理論は暴力的でも、畳み掛けるように言われると判断力を鈍らせる効果を持っている。普段はクズでクソでも、昔からの俺達のリーダーには逆らえない心理が働くはず。
案の定十四松とトド松は「言われてみれば」という顔をしているし、チョロ松兄さんも渋々だけど納得しかけた表情だ。はいこっちの勝ち。
もう票には入らないが、さっきからサングラスをかけたり外したりしているだけの木偶の坊にも一応聞いてみた。

「おいクソ松文句ねぇな」
「何故強気……フッ、だが最終的に決めるのは杏里ちゃん、だろ?」

その通りなので舌打ちした。

「じゃあ杏里ちゃんに改めて聞いてみるってことでいい?」
「オッケーオッケー。杏里ちゃん遠慮してるだけだろうから押せばこっちのもんだって」
「あ、おそ松兄さんはもう杏里ちゃんに近付かないで」
「えーっ俺も杏里ちゃんの尻尾とか触りたぁい」
「死ねばいいのに…」

チョロ松兄さんが襖を開けた。

「杏里ちゃん、お待たせ」

そこで見たのは、窓から差し込む一筋の西日に照らされてエスパーニャンコに寄り添いながらすやすやと寝ている天使だった。
食いしばった歯の隙間から声にならない叫びがほとばしり、重力に誘われるまま地面に沈み込んだ。

「……!!………!!!」
「ほらね僕はこうなることも危惧して言ってたんだよ」
「何この部屋スタンド使いでもいんの?」
「フッ…俺には二体のエンジェルが見えるが…?」
「だよなァカラ松ゥゥ」
「賛同するなら締め上げる手を離してくれないかブラザー…」
「とりあえず写真撮ろ〜」
「……ん……あ、みんな話し合い終わった…?」

天使が起きた。は…話しかけている…俺に?

「はひ」
「ごめん、ちょっとうとうとしてた…」
「猫だもんなー。でさ杏里ちゃん、これからのことなんだけど」
「あ、うん…」
「うちに泊めるのは何も問題ないよ。杏里ちゃんさえ良ければうち泊まってってー」

お願いします断らないでください。
再び地面に突っ伏しながら祈った。

「…うん。それじゃあ、お言葉に甘えてもいいかにゃ?…あ」
「……っ!!!!!っ…!!!!!」
「床と融合しそうな兄さん大丈夫?」
「いいかにゃだってー」
「にゃははかわいー!」
「う…ごめん噛んじゃった…」
「な?杏里ちゃんうちで預かって良かっただろ?」
「まあ…っていやまだこれからだけどね、母さん帰ってきたら事情説明しようか」
「そうだよね、ご両親の許可がないとだめだもんね」
「ま、杏里ちゃんだしだめって言われることなんてないと思うけどね〜」
「そーゆーこと!」

かくして杏里ちゃんは家に泊まることになり、俺は無事床と同化した。



程なくして帰宅した母さんと父さんにエスパーニャンコの背に乗った杏里ちゃんを紹介する。
杏里ちゃんは怖がられないか心配そうだったけど、俺達全員が十四松化した時もゾンビ化した時も、神松が出てきた時ですら適応していた人達なので問題はなかった。
今は母さんが台所で夕飯を作っている。父さんと兄弟は居間でだらだら過ごしていて、杏里ちゃんは居間の隅で自分の持ってきた猫缶をエスパーニャンコが食べるのを見ている。
尻尾がぱたぱた動いている。か…か…かわわわ……

「一松いつまで録ってんだよ…」

ドルオタ童貞が何か言ってるが今こそこの薄い金属板の本領発揮の時だと思う。杏里ちゃんとのやり取り以外でろくに使ったことがないのでメモリはがら空きだ。
出来ることなら一緒の写真とか撮りたいけど今の杏里ちゃんとは画面を隔てていなければならない気がする。俺なんかが杏里ちゃんと同じ画に収まったりしたら時空が狂うんじゃないだろうか。

「杏里ちゃんは猫缶食べたくなんないのー?」

画面の中の杏里ちゃんの隣に十四松が転がりこんできた。俺の心読んでてやってんのなら極刑に値する。

「ううん、おいしそうとは思わないからそこは人間のままみたいだね」
「そっかー。今日ハンバーグだって!楽しみ!」
「ふふ、楽しみだね。ね一松くん」
「はひ」

急にこっち向くから心臓がきゅってなったわクソ。画面もブレたわ。ブレても問題なく可愛いですけど。
エフェクトとか一切使ってないのに明らかに杏里ちゃんからキラキラした何かが出ている。数時間前の俺マジいい仕事した…

「あ、ねえ一松くん、それ動画なんだよね?」
「はわ」
「あとで私のスマホにも送ってもらっていいかな?ニャンコちゃんだけの動画持ってなかったんだよね」
「はう」
「一松にーさん脳みそだけ原始時代に戻ったの?」
「おい喋んじゃねぇ不要な音声データが作られるだろうが」
「あ、ごめんね今喋らない方が良かったのかな…?」
「音声もっとちょうだい」
「え?えっとじゃあ、一松くんはハンバーグは好きですか?」
「だっ…だ…だいす……」
「はーい母さん特製ハンバーグ出来ましたよー、お前らテーブルの上片付けて。一松邪魔」

赤い悪魔の足が杏里ちゃんに重なった。今ハンバーグとかどうでもいいんだよクソが。
すかさず避けて杏里ちゃんにカメラを向けたら、スマホを追いかけてこっちを見てくれた。ですよね俺ら両想いなんで。障害とか関係ないんで。

「杏里ちゃん今目がらんらんとしてたね!」
「あはは、つい動く物見ちゃうんだよね」
「へぇ、そういうところは猫の本能なんだね」
「そうみたい。あ、ありがとうおそ松くん、手伝えなくてごめんね」
「気にすんなって!杏里ちゃんの代わりに一松に手伝ってもらうから」
「俺今忙しい」
「いや一松兄さん…杏里ちゃんをこんな姿にした責任取れってこと言ってんじゃないのおそ松兄さんは」
「服ならもう作ってあるけど」
「いや服じゃなくてご飯…は?何?一松兄さん杏里ちゃんの服作ったの?」
「着替えないと困るでしょ」
「うわーーー何この人ボケとかじゃなく真顔で言ってるよチョロ松兄さん助けて」
「さっき見たけどあのぬいぐるみの時よりだいぶ上達してたよね」
「ツッコんでよ!チョロ松兄さんが放棄するともう収拾つかなくなっちゃうんだよ!」
「それはそうと、このままだと杏里ちゃんテーブルに届かねーよなぁ」

確かに。何か底上げできるようなもの探さないと。

「一松にーさんの膝の上座れば?」

おおマイリル十四松…!

「え…」
「そだな。お前杏里ちゃんの椅子になればいんじゃね?杏里ちゃんが良ければだけど」

杏里ちゃんを見た。

「えっ…えっと…あの……一松くんがいいなら」
「全然いいよね」
「クソマジ彼女ほしい…」

おそ松兄さんがぶつぶつ言いながらピンクの花のモチーフがついた弁当用のピックを取り出した。
ピック?

「何これ」
「杏里ちゃんのお箸代わり」
「わ、これなら持てそう!ありがとう」

杏里ちゃんの小さい手にピックが握られた。
あれでハンバーグとか刺して食べんだ。へえ。へえ。

「はいほら一松、台所から残り持ってきて。早くご飯食べさせたいだろ」
「その前に一眼レフ買ってくる」
「行くな脳裏に焼き付けろ!」
「わーん一松兄さんのポンコツっぷりがひどすぎて面白いよぉ」
「一松くん一緒にご飯食べないの?」
「は?死んでも食べるよね」
「そんじゃほら飯取りに行って」
「行ってきます」
「フッ…まさに恋の奴隷フグゥッ」

他のおかずやら食器やらを持って戻ってくると、テーブルの上に六個のハンバーグと一個のミートボールが並んでいた。
これでお腹いっぱいになるの?可愛すぎだろ。
さらにトド松が「プレートにしてあげるね〜」とか言って小皿の上におかずを寄せ集めて可愛く盛り付けていた。こいつの無駄な女子力が今ほど役に立ってると思ったことはない。

「はいそれじゃみんな席に着いてー」

おそ松兄さんの号令でみんなが席に着いたが、杏里ちゃんは俺の側でまごついている。

「ほんとに乗って大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ、お邪魔します…」

杏里ちゃんの両手が俺の太股に付けられる。

「んしょ…っと…」

収まりのいい位置に座れたようだ。尻尾が腹をくすぐる。

「こ、ここら辺でいいかな。えへへ…き、緊張するね…!」
「ごちそうさまでした」
「えっ?」
「んじゃ一松のハンバーグもーらい!いっただっきまーす!」
「あー!ずるいよおそ松兄さん!」
「ここはフェアにじゃんけんでいこうじゃないか、ん?ブラザー」
「じゃーんけん!じゃーんけん!」
「もう、静かに食べろよ…」
「出ましたライジングー杏里ちゃんの前だからっていい子ぶっちゃって」
「んじゃチョロ松兄さんは抜きってことでじゃんけんね!」
「えっ、あの、一松くんいいの…?」

耳の少し垂れた杏里ちゃんが俺を見上げている。
近い。尊い。多分王の玉座とか神を祀った祭壇ってこんな気持ちなんじゃないかと思う。

「大丈夫生まれ変わりそう」
「杏里ちゃん、放っといて食べな」


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