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「松野さん…?」とドン引きしたであろう小山さんを見て終わった、と思った。
突然現れた俺のクローンにびくびくしている様子の小山さんに、馴れ馴れしく話しかける兄弟達。
これまでだ。
あいつらによって何もかもバラされてしまうだろう。
俺だけじゃなく兄弟全員ニートであることも、猫しか友達のいない根暗な人間であることも、童貞なことも、俺が取り繕ってきた全てのことが。
そうしたら小山さんとの縁もこれっきりだ。
俺は小山さんが思い描いているであろう真人間なんかじゃない。一緒にいてもマイナスにしかならない。それがはっきり分かるだろう。

でも、あいつらは何も言わなかった。珍しく。
完全に俺と小山さんとの仲を引き裂こうとして来たのかと思った。でも、当たり障りのないことを喋って何もせず帰っていっただけだった。ああ、クソ松とトド松は後で絞める。
思えば、十四松に彼女が出来そうになった時もそうだった。何も言わず見守ってただけだった。俺含め。
まあ、俺の話をすれば必然的に自分達の闇も明るみに出てしまいかねない。あいつらはそれを防いだだけかもしれない。
どっちにしろ助かった。
逆にあいつらが介入してきて良かったこともある。
あいつらの勢いに便乗して、小山さんを名前で呼ぶことと、敬語なしでの会話ができるようになった。
すげー自然な感じで名前を呼べたと思う。そうであってほしい。
クソ松がまた余計なことを言ったのでマジで永久に喋れなくしてやろうと思ったが杏里ちゃんの手前どうにか抑えた。
杏里ちゃんだってよ。
杏里ちゃん。杏里ちゃん。杏里ちゃん。あ、俺変態みたい。みたいっつか真性だけど恐らく。
何の幸運か杏里ちゃんも俺を「一松くん」と呼んでくれるようになった。呼ばれるたびに体がビリビリする。あこれはもう完全に変態ですね。
杏里ちゃんの蕾のような唇から俺の名前が…ってクソ松じゃあるまいしあのクソセンスなんて一ミリたりとも分かりたくはないが、あまり誇張された表現だとも思わない、気がする。杏里ちゃんに限った話だ。
それぐらい杏里ちゃんは俺にとって天上人で。
なぜ俺なんかと仲良くしようと思うのか理解できない。
嬉しくないと言ったら嘘になる。でも期待はするな。俺と杏里ちゃんとは身分が違う。例えるならお互いの人生にバグが起こっている状態なわけだから。

「わ、一松くん!お腹見せてくれたよー!」

俺が面倒見てる猫の腹を撫でる杏里ちゃんが、笑顔で俺を振り返る。

「うん」
「人馴れしてるねぇ」

きゃーと言いながら猫を愛でる杏里ちゃんが俺の隣にいる状況、これもバグだ。できるなら一生改善されないでほしいですこのゲーム。
何気に杏里ちゃんとこんなに近付くのは初めてだ。少し体を動かせば触れてしまうぐらい。
杏里ちゃんの呼吸音すら聞こえそう。そんな目で見るなよ興奮するだろ。

「一松くん大丈夫?顔赤くない?」
「っあ、はい、大丈夫っす」

無意識に息を止めていた。俺の息が杏里ちゃんにかかると杏里ちゃんが犯さ…汚されてしまう気がして。犯さって何だよ何て続けようとしたんだよ童貞がいい加減に、
……!?
ぴた、と頬に何か冷たいものが当たった。びびった。
恐る恐る見ると、杏里ちゃんが抱いている猫の肉球を押し当てていた。

「ふふふ、猫パンチ」

ああもう死んでもいい。


杏里ちゃんに野良猫スポットを一通り案内して、気が付けば夕方。
この後杏里ちゃんはどうするんだろう。もう帰ってしまうのか。

「この後どうする?一松くん」

あ、同じこと考えてた。やべぇ。にやけた。

「杏里ちゃんはどうすんの」
「私はバイトもないし、一人暮らしだから門限もないよ。だから自由!一松くんは?」
「俺もそんな感じ」
「じゃあご飯食べに行かない?」
「いいよ」
「どこ行こっか」

住宅地の裏路地にいた俺達は大通りに向かって歩き出す。
こういう場合はどういう店に行きゃいいんだろうか。
俺が入れる店といえばおそ松兄さんが言ってた通り、居酒屋かチビ太んとこ。
でも杏里ちゃんはんなシケたとこなんか行かねぇよな多分。かと言ってお洒落でリア充な店なんか、俺は一つも知らない。
何だっけ、トド松が食べたいとか言ってた…チーズフォン…とかいうやつ?ああいうの杏里ちゃんも食べたりすんのかな。
大学の友達とはどういう店で飯食ったりすんだろ。
トド松の雑誌にデートスポット特集もあったなそういや。ちゃんと見ときゃ良かった。

「…っだからデートじゃねぇって…!」
「え、何?一松くん、食べたいものある?」
「あぁぁあいやいや何でも?あー、食べたいものね?あー…っと…」

何も思いつかねぇ。

「杏里ちゃんは?何か食べたいのないの」
「私、そうだなぁ…」

うーんと首をかしげる仕草が可愛い。
何でこんな自然に可愛い仕草ができんの?あー知ってます、元から可愛いからですね。

「おでん屋台ちょっと気になるなぁ。久しぶりにおでんとか食べたいかも」
「へー。俺一週間に数回は食べに行くよ。食べ飽きたってぐらい」
「そうなんだ?あ、じゃあおそ松くん連れてってくれるって言ってたしまた別の日に」
「行こう今から」
「え…いいの?」
「全然いいし」

またみんなでとか考えただけで頭が痛くなる。あの集団の中にいると俺が杏里ちゃんと喋る余地がなくなる。
つーかおそ松兄さんもどさくさに紛れて何誘ってんだよ…ほんとタチ悪ぃ。トド松と違って計算もしてねぇから人の心ん中ズカズカ入ってくるし。なのになぜか絶妙に引き際をわきまえてるとこがさらにタチ悪い。クソ。肝心な場面での駆け引きが上手いってマジ何なの?そういう奴が最終的に勝ち組になるんだろうな。俺には絶対一生手に入らない物だ。
やっぱ杏里ちゃんに会わせたくなかった。スタバァいた時おそ松兄さんとなんかいい感じだったし。おそ松兄さんにウインクされてくすくす笑ってた杏里ちゃん可愛かったし。ああいうの女の子はされて嬉しいもんなのか?俺は無理。あんな軽いウインクとかできない。俺がやっても気味悪がられるだろうし。不幸を呼ぶとか言われそ…あ、それはそれで悪くないかも。いや、でも杏里ちゃんに言われたら結構深く傷付く…

「い、一松くん、待って」

杏里ちゃんの声が後ろから聞こえてはっと立ち止まった。
振り返ったら、少し息の切れた杏里ちゃんが数歩遅れて来ていた。
血の気が引いた。完全にやらかした。

「あ……ご、ごめん……」
「う、ううん!一松くん足早いね」

杏里ちゃんの笑顔が俺の体を刺す。出血多量で死にそうだ。死なせてくれ。

「おでん屋台、こっちにあるの?」
「う、うん」
「そっかぁ。早く行かないと閉まっちゃうかもだね!もう暗くなってきたし」

杏里ちゃんは何事もなかったように、俺の隣にまた並んだ。

「一松くんのおすすめって何?おでんの具」
「え、ああ…どれも旨いよ」
「そうなんだ!楽しみだなぁ」

何でそうやって笑えんの。俺に気を遣ってる?
やっぱ杏里ちゃんの思考回路は分かんねぇ。
何が楽しいんだろ、こんな人間といて。ろくに会話もせず考え事してて君を置いてくような奴だよ。
あ、分かりました。杏里ちゃんってすっげー鈍い子なんでしょ。だからこんなクズのクズな部分に気付かないんだ。そうに違いない。

「私玉子食べたいなぁ。お出汁がたっぷり染みたやつ」
「じゃ玉子は全部杏里ちゃんにあげる」
「やったー!って、一松くんも一緒に食べようよっ」

このクズがクズなんだってこと、一生気付いてほしくない。


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