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団地の近くの川沿いに、一松くんたちがよく行くというおでん屋さんがあった。
街灯の光がちらちらと川面に揺れているだけの人もいない静かな場所で、屋台のオレンジ色の光が見えると何となくほっとする。
見た目は昔ながらの屋台だけど、会計でカード使えたりするんだぁ…
最近の屋台ってハイテクなんだな、と思いながら一松くんに続いてのれんをくぐる。

「お?一松じゃねーか。珍しいなお前が一人で、…っ!?」
「一人じゃないから」
「こんばんは」

店主さんがすごくびっくりしていた。一松くんが誰かを連れて来るのが珍しいのかな。

「お、お前、まさか彼女」
「違うから。…友達」
「友達ィ!?お前猫以外に友達いたのか!?」
「チッ」

隣ですごく大きい舌打ちを一松くんがした。ちょっとびくっとした。

「おい、この子びびってんじゃねーか」
「!………ごめん」
「え、あ、ううん」

よく行ってるだけあって、お店の人と仲いいんだなぁ。
席につきながらそう一松くんに言うと、幼なじみだから、と返ってきた。ちなみに名前はチビ太さんというらしい。

「じゃあチビ太さんと一松くんたちは小さい頃からずっと友達なんですね」
「まあ友達っつーか悪友っつーか…」
「ふふ。お友達が自分の店によく来てくれるって嬉しいですよね」
「いや嬉しいことあるかよ。ここの六つ子は金ねーもんだから決まってツケごふっ」
「え…え!?」

一松くんがチビ太さんの口に急に札束を詰めこんでいた。
い、一体どこからあのお金が…!?

「ふがふが!」
「今日の分だ。取っとけ」
「ふが!ふがふがふがー!」
「それで文句ないでしょ。杏里ちゃん、好きなの食べていいから」
「あ、うん…」

札束を口から取りだそうとするチビ太さんをよそ目に、一松くんはチビ太さんが持っていたお箸を取り上げて、私のお皿に玉子をいっぱいのせてくれた。さっき言ったこと覚えててくれたんだ。

「わ、ありがとう」
「ううん」
「ってぇ!お前ら!ちょっとはこっちの心配しやがれ!何いい雰囲気になってやがる!」
「あ、すみません…!」
「チビ太何もっかい言って」
「あ?だからこっちの心配しろって…」
「ちげーよ。そ、その後…」
「あん?何いい雰囲気になってやがる…?」
「チビ太、釣りはいらない」
「何なんだよおめぇはよ…」

まあ今までの分と思ってもらっとくぜ、とチビ太さんは笑った。
玉子はものすごくおいしかった。
玉子だけじゃなく、他の具も全部。

「ほ、ほいひいれふ!」
「嬢ちゃん、食ってから話しな。おでんは逃げねーぜ」
「んくっ……ほんとにおいしいです!お出汁が私好みで」
「見る目あんじゃねぇか!この俺のおでんの良さが分かるたぁ、今の若えもんには珍しいぜ!」
「…チビ太さんって一松くんたちと歳変わらないような…」
「適当に聞き流しといていいよ杏里ちゃん…玉子食べる?」
「じゃあ、もう一個もらおっかな」

はぁ…おいしい。一松くんが週に何回も通っちゃうのも分かる気がするな。
よそってもらった玉子を黙々と食べていると、横から視線を感じた。一松くんに見られてる?

「なに?」
「は、あ…いや、何でもない…」

問いかけるとさっと目をそらされた。

「嬢ちゃんが幸せそうに食ってるから見とれてたんだろ?」

チビ太さんがにやにやとそんなことを言うので、おでんで温まった体温がさらに温かくなる。
一松くんを見ると心なしか顔が赤くなっていて…わ、私もなんか、恥ずかしくなってきちゃったんだけど…!

「あ、あー…何か悪ぃな、そんなに二人がウブだとは思わなくてよ…」

チビ太さんが頭をかく。

「まあ嬢ちゃんはともかくとして一松はあれだもんな」
「え、あれって…?」
「おいチビ太まだ札束欲しいのか」
「いらねぇいらねぇ!何だよその顔完全に脅迫じゃねぇか!」

一松くんが立ち上がってチビ太さんの胸ぐらを掴んでいた。
背を向けている一松くんの顔は見えないけど、至近距離で詰められているチビ太さんの顔が怯えてる。

「い、一松くん」

服をくいくいと引っ張ると、素直に手を離して席に座り直してくれた。よかった。

「ったく…にしてもよ、一松がこんなに表情ころころ変えんのも珍しいな」
「え?そうなんですか?」
「そうなんですかって…一松はそんなに表情豊かな奴じゃねーぞ」
「え」

最初の頃は確かにちょっとぎこちなかったけど、今日一日で色んな顔見せてくれた気がするけどな。
おそ松くんたちが一緒だったからかな?

「ま、一松も酒飲むともうちょっとましになんだけどな」
「チビ太うるさい」
「お酒飲むと一松くん、そんなに変わっちゃうんですか?」
「おうよ、一回見してやりてーな。な?一松」
「るせぇ…」
「ケケケ、失態は見せたかないわなぁ…って札束はいらねぇつってんだろ!金で解決するしか能がねーのかてめぇは!?」

またチビ太さんと一松くんがやり合ってる。仲良しだなぁ。
それにしてもチビ太さんがあんなに面白そうに話すなんて、一松くんのお酒に酔ってるとこ見てみたいかも。
今度は飲みに誘ってみようかな。居酒屋ならよく行くって言ってたもんね。

「おおそうだ、嬢ちゃんは?酒飲まねぇのか?」
「いえ、私も今日はやめておきます。一松くん、今度はお酒飲みに行こうね」
「えっ」
「おら一松、ご指名だぞー。ケケケ」

すとんと席に戻った一松くんは「行く」とだけ言ってお皿に残ってた大根を食べ始めた。
あ、私も大根食べようかな。
チビ太さんに頼んで大根をよそってもらった。
お箸で軽く割ることのできる、お出汁の染みた大根。でもしっかり歯ごたえも感じるんだよね。ちょうどいい柔らかさ。
一口サイズに切って口の中に入れると、予想外に熱い汁が染みだしてきた。

「あちゅっ」
「ぶふっ」

思わず叫んだら、隣から吹き出した声が聞こえた。
はっと見ると、片手で口を押さえて顔をこちらに向けないようにした、小刻みに震えている一松くんがいた。
かあっと体が熱くなってくる。

「い、い、一松くん笑ってるでしょ!」
「笑ってない笑って…っくく」
「ち、違うの!こんなに熱いと思ってなくて、急に熱かったから」
「おでんは熱いもんでしょ…」
「そうだけど、もう!噛んじゃっただけだから!」
「いいよ可愛かったから」
「そういう問題じゃないの!噛んだだけ、ね?言ってみて一松くん。噛、ん、だ、だ、け」
「あちゅっ」
「もうー!!」

何これ!恥ずかしいよー!
一松くんがずっと隣で笑ってくれてるけど、こういう笑いを望んでたんじゃ…
でも、顔を覆った手のすき間から見えた一松くんがちょっぴり意地悪な笑い方で、かっこいいな、なんて思ったりして。
何だろう、何だろう、この気持ち…!

「お前らマジで付き合ってねぇのか…?」

チビ太さんが呆れたように呟いたけど、私にはそれを気にする余裕はなかった。

散々一松くんに笑われてむくれた後、チビ太さんに見送られて屋台を出た。会計は本当にあの札束で支払ったことになってるらしい。私の分を一松くんに渡そうとしたけど受け取ってもらえなかった。
一松くんが私のアパートまで送ると言ってくれたので、静かな住宅地を抜けて駅までの道を歩く。
空には星がきれいに瞬いている。明日は晴れるなぁ。

「…ごめん、怒ってる?」
「え?何が?」
「笑いすぎたから…」
「もういいよ。一松くんがいっぱい笑ってくれたから」
「そんなに俺が笑うとこ見たいの」
「うん、見たい」
「ふーん」

一松くんはちょっと考えて、下がっているマスクを指でさらに下ろして、「こういうの?」とにやりと笑ってみせた。

「……!!」
「……………杏里ちゃん?」
「か、かっこいい…!」

さっき屋台で見た意地悪な感じのよりも、もっと、なんか…なんか…!
わー!そういうのずるいよ!
両手でほっぺたを押さえて心の中でわーわー言ってたら、一松くんがマスクをつけ直して口を隠してしまった。

「……怖がると思ったんだけど…」
「何で?別に怖くなかったよ」
「うん……」

でもやめてくれてよかったかも。
あの顔で見られたら平常心が保てなくなっちゃいそうだったから。
うう…さっきおでん食べたからかな、体がすごいぽかぽかしてきた…

「はぁ…」

ため息も何となく、熱い気がする。

「…杏里ちゃん、好きな芸能人っている?」
「好きな、芸能人?」

唐突に話題が変わって、頭の中が一旦リセットされた。
好きな芸能人かぁ。うーん…あんまり知らないんだけど…

「この前友達に見せてもらった、橋本にゃーちゃんってアイドルが可愛いって思った」
「あー…それチョロ松兄さんが好きな奴」
「そうなんだ!チョロ松くんが?意外かも」
「あいつドルオタだから引くぐらい金かけてるよ」
「ああ、アイドル好きな人はものすごく情熱的って聞いたことある」
「何その綺麗な言い方…チョロ松兄さんの前で言っちゃだめだよ」
「どうして?」
「すぐ調子乗るし誤解するから」

誤解…?と思ったけど一松くんが「男の芸能人は?」と聞くので、知ってる限りの知識をかき集めてみる。

「あ、そうそう。柔軟剤のCM出てる人いるでしょ?たぶん俳優さんだと思うんだけど」
「あー、エプロンつけてる」
「それそれ!あの人はかっこいいって思うかなー」

爽やかな感じの俳優さんだったよね。
でもそんなに注目してるってわけでもないから、名前は分からないけど…

「全然違う…」
「違うって、何が?」
「な、何でもない」
「一松くんは好きな芸能人いないの?」
「あんまり興味ない」
「ふふふ、そんな感じするもんね」
「…社会に興味ない感じってこと?」
「というよりは我が道を行くって感じかな。他人を気にせずっていうか…あ、でも私の猫は見つけてくれたんだもんね」
「…杏里ちゃんの言う通り、基本的に俺他人に興味ないよ。杏里ちゃんに声かけたのも、何というか口が勝手に…」
「それがなかったら、私たち今こうしてないんだよね」
「………うん」

アパートがもう見えてきた。
今日はここまでかぁ。楽しかったな。
たった一日でここまで仲良くなれるなんて思わなかった。

「一松くん、また一緒に遊んでね」
「ん…俺で良ければ」

ばいばい、気をつけてね、と手を振って別れた。
アパートの階段を登って二階についた時に、ふと気になって後ろを振り返ってみたら一松くんもこっちを見上げていて、嬉しくなってもう一回手を振った。振り返してくれた。
部屋に入ってほうっと息を吐く。さ、今からお風呂入らないと。
それにしてもすごく充実した一日だった!
猫カフェも行けたし六つ子っていう珍しい兄弟にも会えたしおでん屋台にも初めて行ったし…うう、「あちゅっ」は自分でもないなと思うけど…熱かったんだもん…
それに一松くんも笑ってくれた、し………

その時私の頭にフラッシュバックしたのは、


『そうだけど、もう!噛んじゃっただけだから!』
『いいよ可愛かったから』


『可愛かったから』


「〜〜〜〜〜〜〜!!?」

床にうずくまった。

ああ、今の顔、誰にも見られたくない。
すごく赤くて熱くて、ものすごくにやにやしてるだろうから。


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