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昼飯を食い終わった後、杏里ちゃんが俺に向き直った。

「一松くん、昨日はちゃんと言えなかったけど、本当にありがとう」
「…いいよ別に」
「ううん、一松くんが来てくれなかったら、もしかしたら命も危なかったかもしれないし…」

確かにあいつは武器とか持ってなかったけど、それは結果論だし杏里ちゃんの平穏を脅かしたことには間違いない。

「だからね、ちゃんとお礼がしたいの」
「…いいのに」
「そんなわけにはいかないよ…」
「一松ー、杏里ちゃんが言ってんだしもらっときな?」
「うん、素直に受け取りなよ」
「…」

おそ松兄さんとチョロ松兄さんが横から口を挟んでくる。
二人の後ろ楯を得た杏里ちゃんは少し勢いを取り戻したようだった。

「ね、一松くんのしたいこと言って?私にできることなら何でもするから!」
「なっ…」

な…

な…


 な ん で も … !?


軽く百は超える杏里ちゃんにやってほしいことリストが瞬時に頭を駆け巡った。

「言え!一松言え!」
「もうこの際言っとけって!」

兄二人が俺と同じくらい興奮している。
目の前には純粋な善意しか持っていない杏里ちゃん。
この杏里ちゃんに俺が常日頃から考えていることを言ってもいいんだろうか。
これは神が与えたもうたチャンスなのか?
膝の上で握りしめた拳の中で手汗がやばい。

「ほ…ほんとに……何でも……?」
「うん!何かしたいこととか、欲しいものとかない?」
「一松!もうこれはあれだって!」
「早くそれでいけって!」
「え、一松くん何か欲しいものがあるの?」
「…う…」

二人が思わせ振りなことを言うから杏里ちゃんが「遠慮しないで」と菩薩の笑みをたたえている。
俺が欲しいもの。
考えろ。杏里ちゃんにさほど引かれず実現させてもらえそうなこと。あれとあれとあれはだめだ。あれも多分だめであれとあれはドン引きされる。考えてみたら友人というラインを軽々飛び越えたものしかなかった。
それでも最終的にまだ当たり障りのなさそうな二つに絞りこめた。どちらにするか…両方叶えてもらうという贅沢な手に出ても許されるだろうか。

…いや、そんな弱気でいいのか?
二人の言う通りもう今しかないんじゃないのか?
だって、俺の欲しいものなんか既に決まりきってる。
危機を助けたことによって恐らく俺への好感度は今ガン上がりのはず。絶好のタイミングとしか言いようがない。
勝負に出るか。

「…一松くん?無理に考えなくてもいいよ?」
「いやっ…あ…あの……」
「うん」
「…………か………」
「か?」
「か!?」
「からの!?」


「……考えさせて」


おそ松兄さん達が頭を抱えた。

「あああああ!!」
「何でそうなるんだよ!!言えよ今!!今しかなかっただろ!!」
「う…うるせぇ!!」

言えるわけねーだろボケが…!!
普通に考えたらここで言えてたら既に言ってるわふざけんなマジで

「あーあ…せっかくのあれを棒に振ったな…」
「本当お前あれだよね…」

二人の兄が元気をなくしている。
俺が今一番落胆してるわクソが。お前らもあれだろうが。

「そっか、急に言われても思い付かないよね。また何かあったら言ってね?」
「…うん…」
「あ、そうだ!紙と何か書くものもらえないかな?」

杏里ちゃんが何か思い付いたようだ。
チョロ松兄さんがメモ用紙とペンを持ってきた。

「ありがとう」
「何すんの?」
「ふふふ」

おそ松兄さんの質問に答えずに、ちぎったメモに綺麗な字で何かを書いている杏里ちゃん。
文字の周りを可愛い星と猫の絵で埋めた後、「はい」と笑顔でメモを渡してきた。

「何これ」

メモを読んだ。

『この券で願い事を一つ叶えます
できるだけ叶えてあげられるように努力します
期限なし
※一松くん専用』

うずくまった。

「くっ……!!!」

何だよこれ可愛すぎる額に入れて飾っておきたい。そうだこれお守りにしよう。世の父親がこういう物を財布に入れて持ち歩く気持ちがよく分かった。

「い、一松くん?どうしたの?」
「大丈夫か一松」
「あ…いや……ち、父の日みたいで……」
「えへへ、ちょっと子供っぽかったかな?」
「いーなー俺も欲しいなー何でも券」
「おそ松兄さんにあげたらろくなことに使わないよ絶対」
「杏里ちゃん絶対あげちゃだめだからね」
「えー何だよみんなで四男びいきして!俺長男なのに!」
「ふふふっ、でも私にできることなら、困った時に助けに行くからね」
「えっほんと?杏里ちゃん優し〜!じゃあさ、彼女いない俺の心を救済してよー」
「どうすればいいの?」

おそ松兄さんが無言で両腕を広げたので「チョロ松兄さん卍固め」と言ったらやってくれた。

「あだだだだだてめぇいつから一松の舎弟になった!」
「一回やってみたかったんだよねー」
「クソッ爽やかな声出しやがって…!」
「卍固めってこんなのなんだね」
「杏里ちゃん冷静に観察しないで!」
「あ…ごめん」

俺は改めて願い事を何でも叶えてもらう券を見た。
こうなったら最初に絞りこんだ二つをいつか時期を見計らってやってもらおう。二人だけの時に。

三時頃、杏里ちゃんが家に帰るというので送っていく。
杏里ちゃんを家まで送る役目は俺だけにしてほしい、というお願いはどうだろうか。杏里ちゃんの足になりたい。色んな意味で。
いやでも彼氏でもないのに。

「一松くん」
「なに」
「さっきお母さんから連絡が来たんだけどね、お母さんが一松くんに会いたいって」
「……え゛……!?」

なぜ。
と思ったが一人娘を持つ親の気持ちとしちゃ当然か。
まだ顔も見たことのないどこの馬の骨とも知れない男が娘と親しくしてるんだもんな。
てか杏里ちゃんは俺のことをどこまで話してるんだろうか。

「え、えっと…何で俺なんかに会いたいの…」
「みーちゃん見つけてくれたでしょ?その時から直接お礼が言いたいって言ってたんだよ。なあなあになっちゃってたけど」
「あー…そういや言ってたっけ」
「昨日のことも連絡したんだ。そしたら家帰り次第ちゃんと会わせなさいって」
「そう、なんだ…」
「北海道のお土産買ってくるから一松くんにも渡したいんだって。一松くんの知り合いの猫ちゃんにもあげてね」

ここの母娘は揃って聖人か何かなのか?
そんな人の前に俺が?晒し者になる気しかしない。

「…会わない方が、いいんじゃないかって、気がするけど…」
「え、どうして?」
「……親としては嫌なんじゃないの。杏里ちゃん一人娘でしょ。ニートが娘と仲良くしてるとかいい顔しないって絶対」
「私両親に一松くんのこと色々話してるから大丈夫だよ」
「は…?色々って」
「六つ子なこととか、猫好きなこととか、虎飼ってるとか、お酒が弱いとか、風邪の時看病してくれたよとか」
「…で、ニートなことも言ってんだ」
「うん。…あ、ごめんね、もしかしてあんまり色んなこと話されたくなかったかな。二人とも言いふらすような人じゃないんだけど」
「いや、それは別にいいけど…何か言われなかったの」
「何を?」
「関わるのやめろとか」
「そんなこと言われなかったよ!一松くんさえ良ければいつでも家に呼びなさいって」

杏里ちゃんはこう言ってくれてるけど、娘には不快感を露にしてないだけってことも考えられる。
家に呼び出して針のむしろとか充分有り得るし。直々に娘に近付くなと言われても頷くしかない。

「どうかな?」
「…分かった」
「ありがとう!お母さんに連絡しとくね」
「うん…」

もしくは杏里ちゃんが俺をものすごくいいように言ってくれていてご両親の期待値が上がっているとか。それはそれでまずい。一目見るなり引かれでもしたら。
俺は別に慣れてるけど杏里ちゃんが気まずくなんじゃないの。そんで娘に近付くなコース一直線。
どっちにしろ杏里ちゃんと引き離される悪い予想しかできないんだけど。杏里ちゃんの親に嫌われたらいよいよ終わりだな。

「また空いてる日に連絡するね」
「うん」
「それじゃあね、送ってくれてありがとう!」

アパートに入っていく杏里ちゃんを見送る。
あ、また振り返った。もう恒例儀式だよこれ。はいはいさようなら。手を振ったら今度こそアパートに消えていった。
こういうことが当たり前になってきていて、兄弟にも「それほぼ付き合ってるよ」とか言われるけど実際はそうじゃない。どんなに二人で遊びに行ったって体張って守ったって友達は友達。

あの券で彼女になってほしいと言ったら彼女になってくれたんだろうか。
まさかな。困らせるだけだって。杏里ちゃんの困った顔見て傷つく自分が容易に想像できる。めんどくせーな。
大体券使って彼女になってもらうって脅してんのと一緒だろ。助けてもらったっていうでかい借りを返すために無理やり俺に付き合わされるとか拷問に近いし。
杏里ちゃんにそんなことはさせたくない。俺の浅ましい計算とか何にも知らずに自然にあれしてもらえたら一番いいけど。ないですよね〜〜〜〜クズのくせに夢見てんですよ。どうぞ笑ってください。

てなことを家帰ったら即座に「何で付き合ってほしいって言わなかったの!?」と怒鳴ってきたトッティに回りくどく話したら、その場にいた兄弟全員に泣かれた。

「一松…お前成長したな…!」
「扶養家族選抜面接で親を脅してまで合格を勝ち取りにいったお前が…!」
「俺達の育て方は間違っていなかった…!」
「一松兄さん、今なら社会に堂々と羽ばたいていけるよ…!」
「バタフライで!!」

意味分かんねぇし全員労るような笑顔を向けてくるしいたたまれないし気持ち悪いのでもう何も言わないことにした。
杏里ちゃんの家行く時に何持ってったらいいか安牌トッティに聞こうと思ってたけどそれもやめた。
後で母さんに聞こう。


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