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杏里ちゃんの実家に行く日がついに来てしまった。不安しかない。
とりあえず着ていけと言われたスーツを着て、母さんに持たされた手土産を持って、今は駅前に立っている。
杏里ちゃんの家はここから電車で結構かかるらしい。
あ、杏里ちゃん来た。珍しくリュックを背負っている。今日も間違いなく可愛い。

「一松くん、ごめんね待った?」
「全然」
「スーツ着てるの珍しいね」
「トド松が着てけって言うから…」
「珍しい色のスーツだね。これも六人みんな同じなの?」
「そう。スーツまでお揃いとかないよね」
「みんなで着てるところ見てみたいなぁ。可愛いんだろうなぁ」
「何も可愛くないよ…杏里ちゃんってその辺の石ころにも可愛いって言うタイプ?」
「形が可愛かったら言うかな」
「石ころと同レベルですか…納得」
「ち、違うよ!石がここだとしたら一松くんたちはここだから」

右手を下に、左手を上に上げている。左手が俺達ってことらしい。
そうやって必死で主張してる杏里ちゃんが一番可愛い。

「あっ、また笑われた…」
「え、笑ってた?」
「うん」
「だってか…」
「か?」
「…か、鞄、落ちそう」
「あ、ほんとだ」

右肩からずり落ちているリュックを背負い直す杏里ちゃんを見てため息をこぼす。
可愛い、だとか他の兄弟ならさらりと口に出せるんだろうけど、ちょっとしたことでももはや言えなくなってきている。多分口に出したら爆発する。

「それじゃ、そろそろ電車来るから行こっか」
「…うん」

杏里ちゃんの後に付いてホームに降り立つ。
到着時刻を調べているらしい杏里ちゃんの横で、よくあいつらが行ってる釣り堀を何気なく眺めた。
見覚えのあるパーカーが五つ並んでいた。

「…」

こっちを見ている双眼鏡に向かって中指を立てた。

「何してるの?」
「っ、え?いや何でもない…」

杏里ちゃんには気付かれないようにさりげなく場所を移動する。まさかあいつら家まで付いてきたりはしないよな。来たら光速でぶちのめそう。

「一松くん、次来る電車に乗るよ」
「了解」
「ごめんね、ちょっと遠いけど」
「嫌だったら来てないから気にしないで」
「…うん。ありがとう」

すぐに来た電車に乗り込む。何気に電車とか乗るの久しぶりかも。大体徒歩圏内で生きてるし。
平日のこの時間帯って人いねーのかと思ってたけど結構いんだな。しかも若い奴らばっか。大学も休みだもんな。どうせ暇もて余したリア充なんでしょうねあなた方。

「混んでるねー」
「ですね」
「電車乗り換えたら座れると思うよ」
「そういや杏里ちゃん荷物多いね」
「この機会にちょっとずつ衣替えしていこうと思って。休み長いから季節も変わっちゃうんだよね」
「え、そんな長いの」
「他はどうか知らないけど、私のところは大体二ヶ月はあるから」
「結構なご身分ですねぇ…」
「あ、それ一松くんが言う?」
「ぐっ…その返しはなしでしょ…」
「ふふふ…でも今は私と一松くん、立場は一緒だと思うな」
「慰めとかいいよ」
「ほんとだよー勉強してないバイトもしてない学生なんてニートと同じじゃない?」
「全然違うね。学生って肩書きある時点で学割とかきくし」
「一松くんには猫たらしと流されのプロって肩書きがあるよね」
「そうだった。二つ持ってるから勝ったね、杏里ちゃんに」
「わー負けたー」

ころころ笑う杏里ちゃんに一生勝てる気がしない。可愛すぎて電車から飛び降りて走ってやろうかと思った。この衝動どうしてくれんの?全裸にならないだけほんと大人になったと思う。
知らない駅に着いたところで電車を降りた。これから今まで乗ったことのない路線へ乗り換えるらしい。
杏里ちゃんの言った通り車内は空いていた。二人がけの座席に並んで座る。
大きめのリュックを膝の上に乗せた杏里ちゃんを見て、代わりに持ってあげれば良かったと今さら気付いた。次はそうする。

「このあたりのんびりしてるから、いつも人があんまりいないんだよね」
「ふーん」
「寝ててもいいよ、着いたら起こすから」
「杏里ちゃんこそ」

降りる駅の名前は聞いてるから問題ない。
流れていく景色がどんどん緑の多い田舎の方になっていく。こういうのどかな環境だから杏里ちゃんみたいな子が育ったんだろう。あの山々とか畑にキスして回りたいわ。俺今日テンションおかしいな。
不意に杏里ちゃんの頭が肩に触れて尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げそうになった。
恐る恐る見ると寝ている。へー天使の寝顔ってこういうのなんですね。前も一回見たけど。
てかさっき俺が寝たら起こすとか言ってくれてたんじゃねぇのかよ。言った後すぐかよ。安心してんの?このクズの隣で?マジでもう全力で枕になるよねこうなったら。
枕兼目覚まし時計の役目を担ったのでもちろん一睡もできなかった。別に眠くもなかったし。一駅一駅通り過ぎるたびに寿命縮んでく感じだったし。
結婚の挨拶とかこんな感じなのかな。は?誰と誰が結婚すんの?調子に乗んなよ闇沼の住人が。
車内アナウンスで降りる駅の名前が流れる。
穏やかに寝ている杏里ちゃんを起こすのは心苦しいけど、そっと体を揺らした。

「…杏里ちゃん、もう着くよ」
「………ん………あ…あれ?わ、私…寝てた?」
「電車出てすぐ寝てた」
「わぁぁぁぁ…ごめんね、ほんとごめん。姿勢辛くなかった?大丈夫?」
「余裕」
「あー…こんなはずじゃ…」
「疲れてる?」
「そんなことはないんだけど…気抜いてたからかな、一松くんがいるから」

誰か人がいるからって意味でしょ俺だからってわけじゃなくてね分かってんですよこっちは弾けんぞボケが!!!!!

「ふーんタイマー代わりってことね」
「ち、違うよぉ…」
「いいよいつでも使ってくれてこんなゴミでも役に立つんだったら」
「あはは、役に立つ時点でゴミじゃないよ。あ、降りなきゃ」
「リュック貸して」
「え?い、いいよ結構重いよ」
「俺役に立つゴミだから」
「ゴミじゃないんだってば……いいの?じゃあ…ありがとう」

さりげなく持てました。良かった良かった。
駅を出るとすぐそこには小さな山があって、後はほとんど住宅地と田んぼが広がっていた。おしゃれなカフェとかモールとか、少なくとも近場にはそういうのが見当たらない。
俺が育ってきた環境とは違う。あそこら辺わりと都会だしな…クズニートが都会っ子でリア充杏里ちゃんが田舎っ子とか何の皮肉だよ。

「一松くんこっち」
「ん」
「駅からはすぐなんだよ。五分くらい」
「はーい」
「はーい」
「真似しないで」
「はーい」
「この野郎」
「ふふふ」

小山家はほんとに駅からはすぐだった。
門の前に立つとなんか死にそうになってきた。
これマジで何かの罠なんじゃないの?杏里ちゃんと出会ってからの全てのことがドッキリでしたとかっていう。いや誰がそんな壮大なドッキリ仕掛けんだよ俺に。俺よりよっぽど暇人だろそいつ。

「一松くん、荷物持ってくれてありがとう。どうぞ」

杏里ちゃんが俺から荷物を引き取りながら玄関の扉を開けてくれた。足がめっちゃがくがくしている。

「お、おじゃまします…」
「ただいまー。一松くん連れてきたよ」
「いらっしゃい。遠いところまで来てもらって、ありがとうございます」

似ている。杏里ちゃんとその母親。
柔らかい雰囲気とか笑ったとことかそっくりだ。そりゃこんな完璧な娘が産まれる訳ですね。

「…ぁ…いえ……あ、これ…」
「まあ…わざわざすみません、有り難く頂きますね。どうぞ上がってください」
「一松くん、こっちだよ。お茶出すから座ってて」

聖母のような母親と天使のような娘に挟まれてさっそく帰りたい。場違いすぎる。
玄関に掛けてある鏡に映る三人を見て、産まれてから今までの己の体たらくに後悔を覚えた。お宅の娘さんこんな男と仲良くしてんですよいいんですか?
現実味のないまま杏里ちゃんに連れられてリビングに入ると、いきなり足元に柔らかい感触がして叫びそうになった。ちょっとの刺激で神経がすり減っていく。

「…あー、お前…久しぶりだな」
「みーちゃん一松くんのこと覚えてるんだ!」
「懐いてるのね」

抱き上げると暴れもせず腕の中に収まった。気分が安定するかもしれないからこの家にいる間はこうさせていてほしい。
幸い二人とも何も言わなかったので、そのまま案内されたソファーに座る。

「お茶入れてくるね。みーちゃんと遊んであげてて」
「私も今やってる仕事を少し片付けてくるわ、ちょっと待っててちょうだいね」
「あ…いえ…お気遣いなく…」

リビングに一人だけになった。
他人の家ってマジで落ち着かない。小山家なら尚更。
何故こうなった。
それは杏里ちゃんのお母さんが俺に会いたいと言ったからで、猫を見付けたこと等諸々のお礼を言うためである。
てことは今からあの二人から感謝という名の総攻撃を受けるということだ。
俺はそんなことされる柄じゃない、はっきり言って。
むしろこれだけのことをやってきて今ようやく人並み程度になったというか、プラマイ0の状態だから。あの二人に頭を下げられるとかある意味拷問に近い。
お礼を言われて拷問とか思っちゃう人間性ですよ?罵られるぐらいが丁度いいんだって、ほんとマジで……みーちゃん助けて。
せわしなく視線をさ迷わせていたら、目の前のテーブルの端に家族写真が飾ってあるのが目についた。
最近撮ったやつじゃないな。ランドセル背負ってるから杏里ちゃんが小学生の時か。昔から可愛いのかよ。ロリコンとかに狙われたりしなかっただろうか。

「あら、それ見てるの?」
「ぅえっ、えっ…あ、はい…」

びっっくりしたァァァァ…!今一センチは浮いたわ宙に。
みーちゃん教えてくれよお母さん入ってきてますよって。
俺の動揺はあまり気にされてないらしく、正面に座られた。緊張する。

「あの子昔からちょっと抜けてるところがあるのよ。ほら、この帽子、タグが見えてるでしょう。裏表が逆になってるの」
「あ、ほんとだ…」
「気付かないでずっと使ってたのよ、面白いから撮っちゃった」

それは撮りたい。可愛すぎる。気を抜くとにやけそうなので必死に耐えた。

「それはそうと一松くん、娘を助けてくれて本当にありがとう。うちの猫のことも、一松くんがすぐに見つけてくれたって杏里から聞いたのよ」
「いえ…たまたま、偶然見つかっただけなんで…」
「本当ならこちらからご挨拶に伺わなきゃいけないのに、わざわざここまで足を運んでもらって申し訳ないわ。帰りは杏里にたくさんお土産持たせるから、ご家族の皆さんでどうぞ召し上がってくださいね」
「あ…ありがとう、ございます…」

全然気の利いた会話ができない。普段からのひねくれの弊害が出ている。助けてください。誰か…誰かエスパーニャンコをここに…

「遅いわねあの子。何してるのかしら」
「いえお構いなく…」
「そうだわ、アルバム見る?こんな写真がいっぱいあるのよ」

俺の返事を聞く前に、棚からアルバムを取り出して広げてくれた。

「これ小学校の運動会の時。靴が脱げてるのに気付かないで走ってたのよ」
「可愛い…」
「中学は三つ編みが校則だったの。毎朝編むのが大変だからって、お風呂上がりに髪をセットしてそのまま寝てたりしてたわね」
「可愛い…」
「高校では」
「ちょっ、ちょっと!何見せてるの!?やめてよ!」
「あらいいじゃない、一松くんも可愛いって言ってくれてたわよ」
「えっ」

言ってた?

「もう!そういう問題じゃないの!早く片付けて!」
「はいはい」

いや二人ともスルーしてるけど俺マジで言ってた?
自制がきかなくなってきててほんと怖い。どうかこの後脱ぎだしませんように。


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