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顔をなめられている。

そう気付いた時に瞼が開いた。もう朝か。
目の前にはふわふわの毛玉。
お前昨日杏里ちゃんのとこ行ったんじゃなかったのかよ。
今ここにいるってことは杏里ちゃんはもう起きたんだろう。
お前ちゃんと番犬ならぬ番猫できてたか?
両手で首回りを撫でてやる。

「よーしよしよしよし」
「ふふふふっ」

明らかにこいつの声ではない。
猫から視線を外すと、俺の側で座り込んで笑っている杏里ちゃんがいた。
布団を頭から被った。猫も一緒に入ってきた。

「…ひとでなし…!」
「えっごめんごめん!私に気付いてるのかと思ってたから…!」

何でいるんだよ!つか何で気付かなかった!お前のせいだぞこのふわふわモンスター!!にゃーじゃねぇ!!
寝起きとか思いっきり素の状態じゃねぇかふざけんなよお前朝イチで杏里ちゃんとか嫁かと思ったわボケが…あー朝からいいもの見た。
布団の外から聞こえてくる杏里ちゃんの声は、謝っているが笑いを隠せていない。
何がそんなに面白かったんだろうか。俺の無様な寝起き顔が?そんなんで笑ってくれるんだったら今日も一日ちゃんと生きようって思うよね。ニートだけど。
布団から目だけを覗かせた。

「おはよう一松くん」
「…おはよ…いつからいたの」
「ほんとに今来たばっかりだよ。この子が先に起こしちゃったけど」

さっさと俺の手から抜け出てきたやつが杏里ちゃんの腕の中に再び戻ろうとしている。昨日もそうやって寝てたわけ?羨ましすぎる。

「もうお昼だから、起こしてきてって頼まれたの」
「え…昼なの今」

隣を見ると誰もいなかった。
十四松の騒がしい目覚めでも起きなかったとか相当だな。

「うん。…昨日長いこと付き合ってもらってたから疲れさせたのかも。ごめんね」
「いや、こういうの別に日常茶飯事だから」

本気出しすぎたか?確かに夜出歩いたけどそこまでの運動量じゃなかったはず。見付けるのもすぐだったし。
体を起こした。特に筋肉痛にもなってない。
ただまだ眠い。夜行性で昼眠いっていよいよ猫に近付いている気がする。
猫になったらたった今杏里ちゃんの腕の中にいるこいつみたいに撫でられまくるんだろうか。猫を撫でるその手で俺も撫でてほしい。そこ代われ。

「あれ、一松くん寝癖ついてる」
「あ?」
「ほらここ」

杏里ちゃんの手がふわふわと後頭部に当たる。夢叶う。いいね。このまま惰眠を貪りたい。

「おそ松くんと同じ寝癖だね」
「いつもは寝癖つかないんだけど…」
「一松くんもしかしてまだ眠い?」
「…眠い」
「ふふふ」
「…もっかい寝る、から、そのまま」
「一松起きろ〜〜〜」

撫でててと言う前に俺と同じ寝癖をつけた奴が杏里ちゃんの後ろから登場した。せっかく今自然な流れでリア充になろうとしていたのに。マジ空気読めない。いやこの人のにやけ顔からしてむしろ空気読んでたな。

「あれ、おそ松くんまだ寝癖ついてるんだ」
「えマジで?もう直ったと思ってたのに」
「だせぇ…」
「おおおお前も今ついてるからね!?何なの昨日からお兄ちゃんに対して辛辣じゃないお前!?」
「俺は撫でたら直るし」
「あ、ほんとだ直った」

杏里ちゃんが撫で続けてくれて直ったらしい。有り難いような寂しいような。

「何だよ俺らの中で一番髪型に気使ってない癖に」
「これ無造作ヘアって言うんだよ知らないのおそ松兄さん」
「嘘つけ!ただのボサ髪だろ!」
「おそ松くんのはすぐに直んないんだね」
「そーなんだよ何でか俺ばっか寝癖つくんだよなー…あ、杏里ちゃんに撫でられたら直るかもしんない、っだだだ…!」
「おそ松兄さんはそいつで充分」
「髪とかすこともできるんだねドリルちゃん…!」
「いや杏里ちゃんこれとかされてないから!ただ爪立てられてるだけだから!」
「えっ、そうなの?だ、大丈夫…?」
「大丈夫大丈夫日常茶飯事」
「お前が大丈夫言うな一松!」

杏里ちゃんがおそ松兄さんからドリルを引き離した。せっかくリッパー能力も覚えたのにな。
そして結局おそ松兄さんも杏里ちゃんに撫でられている。

「ほんとだ、なかなか直らないね」
「でしょ、だからいくらやったって無駄だよ」
「いや、杏里ちゃんに撫でられるとさらさらの髪になる気がする…!」
「それは分からなくもない」
「あはは、そんなトリートメント効果ないよー」

ここまで、杏里ちゃんいつも通り。昨日の色んなことから少しは立ち直れてたらいいけど。
あくびをしながら立ち上がった。腹減った。

「…あれ?杏里ちゃん昨日と服違う」
「うん、朝一回家に帰ったから」
「泊めてくれたお礼ってまた来てくれたんだよ」
「そう…」
「ちなみに俺が送りましたー」

脛を蹴って部屋を出る。
後ろから呻き声がした。

「…もうやだ…一松がお兄ちゃんに冷たい…」
「ど、ドリルちゃんほら、痛いの痛いの飛んでけーって」
「何で一松と杏里ちゃんの言うことは聞くんだろうな…」
「心が綺麗だからでしょ」
「自分で言う奴は絶対綺麗じゃないね!」

三人と一匹で居間に入ったらチョロ松兄さんが「おそよう」と言ってきた。
チョロ松兄さんの前には大きい洋菓子の箱。手には杏里ちゃんのバイト先のクッキー。
一回帰ってからわざわざ持ってきたってわけ。律儀だよねぇほんと。

「つか俺のほぼないじゃん」
「え?あれ、ほんとだ…もうなくなっちゃったの?」
「今ここにいない三人が六分の五ぐらい食っていったよ」
「おそ松兄さん適当なこと言うなよ、自分だって散々食べたくせに…」
「…まあいいよ。お礼なら俺昨日もらったし」
「ああ、そうなんだ」

そう。どさくさに紛れてがっつり抱き締めたし。
腕にずっと掴まっててくれてたし密着してくれたし。もうそれで充分。

「でもコンビニで買ったただのタピオカドリンクだよ、また改めて何かお礼するね」
「…うん、いや、いいよ…」

汚れた心で本当にごめんなさい。杏里ちゃんが怖がってるのにやましいことばかり考えててごめんなさい。
正直あれぐらいの雑魚程度に怖がる余地なくて、ただ杏里ちゃんが全身全霊で俺を頼ってくれてるというそれだけが脳を支配していた。しかも童貞スキルで効力三倍…何言ってんだ俺。

「ちぇーつまんねーの」
「一松気にするな、この人末期の構ってちゃんだから」
「知ってる」
「あ、杏里ちゃん昼飯どうすんの?ここで食べてく?」
「それはさすがに悪いよ…!」
「あー…でも母さんさっき杏里ちゃんの分も作る気満々で買い物行ったよ」
「えーっ…!泊めていただいただけで既に申し訳ないのに…」
「いーよいーよ、食べてきなよー」
「昨日も言ったけど六つ子のクズニートがいる以上に迷惑なことってないから」
「お、一松いいこと言うねぇ」
「どこがいいことだよ!ただの自虐じゃねーか!」

杏里ちゃんがくすくす笑って、「じゃあお言葉に甘えてもいいかな」と聞く。もちろん誰も反対しない。
母さんが帰ってくるまで何もやることがないのでとりあえず僅かに残っていたクッキーを頬張りつつテレビをつけた。

「ていうか一松着替えてこいよ…」
「…ああ」

忘れてた。
一時ですら杏里ちゃんと離れるのは名残惜しいけど、せめてパジャマを脱がないと杏里ちゃんにだらしないと思われる。俺は社会の底辺だけど一応そこんとこはきちんとしてる。
二階に上がって着替えてついでに顔も洗って戻ってきたら、ちょうど昼のニュースが流れていた。


≪今朝未明、赤塚団地近くの橋の下で男性が倒れているのを警官が発見しました。男性は全身に引っかき傷を負っており、警官に対し「出来心だった。もうしません」と話したということです。≫
≪不審に思った警官が問い詰めると、以前よりこの周辺で被害が報告されていた、女性への付きまといを行っていた男であることが判明しました。動機などについては現在詳しく取り調べが行われている模様です。≫


「…あ、もしかしてこの人、昨日の…?」

杏里ちゃんが声を上げる。正解です。

「おお、捕まったんだ」
「昨日の今日で早いな…でも全身に傷って何があったんだろ」
「安心した?」

そっと杏里ちゃんの顔色をうかがう。

「うん!もうびくびくしないで済むね」
「良かった」

昨日深夜の散歩に出た価値があった。

「っていっても気を付けた方がいいよ杏里ちゃん、杏里ちゃんみたいな子すぐ狙われちゃうよ」
「うん、目つけられそう。一見大人しそーだし、実際そうだし」
「そんなことはないけど…うん、でも警戒は必要だよね」
「トト子ちゃんに護身術でも習ったら?あの一撃で成人男性六人は軽いよー」
「えっ、トト子ちゃんのパンチってそんなにすごいの…!?」
「ああ、すぐには立ち直れないよ…」
「…経験済みなの…?」
「いや〜あれはすごかった!さすがトト子ちゃん!」
「トト子ちゃんもすごいけど、みんなもすごいね…」
「昔から受けてきてるからね」
「…なんかいいよね、そういうの」
「え、杏里ちゃんってMなの?Sだと思ってたけど」
「なっ」

杏里ちゃんがSだと…!?

「違う違う!その、幼なじみがいるっていうのがいいなぁって思ったんだ。昔からずっとお互いのこと知ってるわけでしょ?何ていうか…家族みたいに仲良くていいなって、みんな見てて思ってたんだ」
「なるほど、杏里ちゃんは俺たちの輪の中に入れてない気がして寂しかったってわけだ」
「う……じ、実は、そう、かも……」
「そんなことねーって!まー確かに一緒にいた時間は短いかもしんないけど、もうここまで仲良くなったら杏里ちゃんもチーム松の一員だからね?」
「何だよチーム松って…」
「ふふふっ、そんなチームあったんだね」
「そ!だから遠慮とかなし!俺たちも遠慮しないし。な、一松?」
「え?ああうんもちろん」

杏里ちゃんがチーム松とやらの一員であることはもう間違いないが、今はそれよりも杏里ちゃんがSであるという件について詳しく話を聞きたい。
というかなぜおそ松兄さんは杏里ちゃんがSだと思っていたんだ?既に何らかのそういうあれがあったというのか?俺を差し置いて…許せねぇ…!!

「杏里ちゃん」
「なに?」
「俺に腹立つことがあったら遠慮なく殴ってくれていいからね」
「えっ…な、殴らないよ…!」
「急に何を言い出してんのお前…」
「遠慮しない関係ってことだろ?」
「いや、いくら仲いいからって遠慮なく手出していいってことにはならないだろ!」
「ツッコミのお前がそれ言う?」
「護身術学ぶならいつでもサンドバッグになるし」
「な、ならないでいいよ!一松くんを殴れないよ…!」

クソッどうやったら俺はおそ松兄さんに追い付けるというんだ…!!
杏里ちゃんの優しさが今は憎い。そういうとこも好きだけど。
嫌われることはせずに杏里ちゃんに合法的になぶられる妙案はないものだろうか。
真剣に考えていたら母さんが帰ってきて昼飯の時間になったので、おそ松兄さんにこの件について尋ねるタイミングを失った。遺憾である。


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