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かつてないぐらいの危機感を覚えた。
一松くんが、私の知らない女の子から連絡先をもらっていて。
前に喋ったって言ってたから、たぶん私が見たことのある二人組のどっちかの子なんだと思う。
どんな子だったっけ。思い出せない。
顔は?服装は?喋り方はどんなのだった?他には何を話してたの?
いっぱい聞きたかった。
雑談に混ぜて聞こうかと思ったけど、イライラが出てしまいそうでできなかった。私は関係ないのに、しつこいって思われるのも嫌で。
あの後すごく嫌な態度取ってなかったかな。
自分の心がこんなに狭いだなんて知らなかった。
私の知らない一松くんがいるなんて………だめだ、何でこんなこと考えちゃうの。
一松くんには一松くんの人生があって、私がコントロールしてるわけじゃない。
誰と仲良くなったって、それは一松くんの自由。
そうでしょ。
なのに、全然心が納得してない。
ああ、嫌な奴。
自分だってただの友達のくせに、私の方が先に一松くんのこと好きだったのに、なんて。
見ず知らずの女の子に対して、自分の方が上なんだってこと見せつけたいと思ってる。
子供っぽくてバカみたい。もうやだ。
一松くんは一目惚れされる容姿じゃないなんて言ってたけど、実際に声はかけられてるんだよ。
それぐらい魅力のある人ってことなんだ。
私なんか、そんなこと一度もないし。
私と一松くんじゃ、釣り合わないんじゃないのかな。
合コンをした時の帰り、一松くんが私と「付き合えるわけない」って言ってたのを思い出す。
あれって、暗に私とじゃ合わないって言ってたんじゃないのかな。
一松くんは、私のことそんな目で見てない、きっと。

そんな風に家で一人うじうじしていたら、一松くんから電話をもらった。
どんなに落ち込むことを考えていても、一松くんの声を聞いただけで機嫌が良くなってしまう。
それに、一松くんが電話してくれたのは私が元気なさそうだったから、だって。
一松くんは優しいんだ。なんてことない話をいっぱいしてくれて、私を笑わせてくれた。
電話を切った後、ちょっとだけ泣いた。
やっぱり一松くんのこと諦めたくないよ。好きなんだもん。
自分に自信なんて全然ない。
けど私は、ちょっと元気がなさそうに見えただけで電話をくれるぐらいには、一松くんに大切に思ってもらってるってことだ。それが友達としてでも。
ただの思い込みかな。
でもきっと今、一松くんと一番仲いい女の子は私だと思う。トト子ちゃんは…前に一松くんをどう思うか聞いたら絶対ないって言ってたし…
もっともっと一松くんのことを知りたい。
一松くんの特別になれるぐらい、一松くんの望むことなら何でもしてあげたい。
一松くんから電話で言ってたドリルちゃんとの写真が送られてきた。また笑った。一松くんの写真も増えた。
こういうことができるだけでも、今幸せなんだ。
焦らないでゆっくり、もっと距離を縮めていこう。うん。
よし、明日からまた頑張るぞー!



「それではここにサインを」
「はい」

もうすぐ大学は長期休みに入る。
その時間を利用して、私はジムに通うことにした。
ジムに通う友達が、スタイルが良くなって何となく自分に自信もついたよ!って言ってたから。
自信がつけば一松くんにも積極的になれるかもしれないし、自分を磨いてもっと女の子っぽくなるんだ…!
そんな野望を胸に抱いて、入会の用紙にサインをした。
このジムは本格志向の人より、ちょっと汗を流したいとか、運動不足を解消したいって人が多いみたい。ゆるい雰囲気の中でできるから、私も続けられるかも。
スタッフの人にコースの説明をしてもらって見学してから、とりあえず週一で通うことにした。
ここのジムは家から少し遠い場所にあるから、バイトや遊ぶ予定なんかも考えるとこれぐらいのペースの方がいいかも。
一通りの手続きを終えてジムを出た時には、空が暗くなり始めていた。通い始めたらもう少し遅い時間に帰ることになるかなぁ。
さてと、今日のご飯は何にしようかな。外食でもいいかも。
いいお店がないかな、なんてぶらぶらと歩きながら家までの道を歩いていると、見覚えのある青いパーカー。

「カラ松くん!」

駆け寄ったら、振り向いて「あ、杏里ちゃん」と普通に返してくれた。
いつもキザってわけじゃないんだ。なんか可愛いかも。

「フッ…運命の女神が俺に微笑んだ…といったところか」
「あ、いつものに戻った」
「いつもの?」
「ううん、何でもない。カラ松くんどこか行くの?」
「よく聞いてくれた!実は、少し相談したいことがあるんだが…」
「どうしたの?」
「今夜、父さんと母さんが出かけるので夕飯を自分達で作れと言われてしまったんだ…しかし俺達は金もなく出前を取ることもできない。仕方なくこの俺が代表で買い物に出てきたんだが…」
「わ、みんなでご飯作るんだね!何か楽しそうだね」
「いや…自慢じゃないが、普段俺達は家事の一切を母さんに任せているからな。自分達で作れる物なんてカップ麺ぐらいだ」

自慢じゃないがと言いつつ自慢気に言うので、ちょっと笑ってしまった。
あれ、でも一松くんは前に中華料理屋で働いてたとか言ってなかったかな?
疑問に思ったけど、とりあえず「それで?」と先をうながした。

「あいつらに何が食いたいか聞いたんだが見事にバラバラでな…何を買えばいいのか分からなくなっていたんだ。そう、さながら今の俺は迷宮のラビリンスに迷いこんでしまった子羊…」

迷宮とラビリンスは同じような意味なんじゃないのかな…と思いながらみんなの希望を聞いてみた。
…総合すると、こってり系で味薄めで炭水化物メインのカロリー控えめがっつり食…ということらしい。

「む、難しいね…」
「ああ、演劇部で大役を任された時以来の難問だ」
「え、カラ松くんって演劇部だったの?」
「フッ…俺の魅力を存分に生かせるベストプレイスだろう?」
「ふふふ、カラ松くん似合いそうだね。外国の演劇とか」
「杏里ちゃん…!」

カラ松くんがなぜか泣きそうになった。
でもすぐにきりっとした顔に戻った。

「フ…危なかった…恋の歯車が回り出しそうだったぜ」
「恋の歯車?」
「あああいや、今のは忘れてくれ…それより今晩の献立を…」
「さっきのみんなの希望を全部聞くのは難しいよね」
「はぁ…」

いつになくカラ松くんがしょげている。
兄弟思いの人だから、なるべくみんなの希望を叶えてあげたいんだろうな。

「お家には食材は全然ないの?」
「あるにはあるが、俺達の手には負えない。何も思い付かない」
「カラ松くんは食べたいものある?」
「肉があれば何でもいい」
「なるほど…じゃあ、みんなの要望に完全に答えられるわけじゃないけど…」
「何か策があるというのか、杏里ちゃん…!」
「丼ものにサラダとかつけたらどうかなぁ、ご飯の量や味付けも自分たちで変えれるような…カツ丼とか親子丼とか」
「おいしそうだ」

カラ松くんの目がキラキラし始めた。

「ふふ、でも家にご飯ないとだめだよね」
「それなら問題ない。炊けば何とかなる」

あ、良かった。元気になったみたい。
元気になるとカラ松くんってサングラスかけるんだな。

「礼を言おう、やはりここで出会ったのは偶然ではなく運命だった…」
「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」
「……杏里ちゃん、できれば、なんだが」
「ん?」

カラ松くんに手を握られた。

「一緒に家に来て手伝ってはくれないだろうか」
「え」
「あいつらも杏里ちゃんの作った物なら文句は言うまい、俺一人ではいささか不安だ…」
「私はいいけど、みんなのお邪魔にならない?」
「そんなことはない!その…杏里ちゃんさえ良ければ」
「分かった、じゃあお手伝いするね」
「ありがとう…!」

カラ松くんがすごくほっとした顔をしていて、また可愛いな、なんて思った。
一松くんもカラ松くんも他の子も、ふとした時の表情がそっくりだ。やっぱり六つ子だなぁ。
そこからカラ松くんと一緒に買い物をして、みんなのお家に向かった。
到着した頃にはすっかり暗くなっていた。

「みんなきっとお腹空かせてるね」
「だな、早く帰ってやらないと」
「カラ松くんは兄弟思いだね」
「俺にとっては誰一人大切じゃない者はいない、もちろん杏里ちゃんも例外じゃない」
「ありがとう!嬉しいな」

そんな微笑ましい会話をしながら、カラ松くんが玄関の戸を開けた。

「フッ…ただいま帰ったぜブラ「おっせーよてめぇどこまで行ってたんだよ!!」

玄関の戸に隠れて見えないけど、おそ松くんがすごく怒ってる声がする…

「まあ落ち着けよブラザー」
「落ち着いてられっかっての!お前どこまで買い物行ったらこんな遅くなんだよ!」
「僕ら残してその金で一人だけ何か食べてきたってことないよね!?」
「チッ…マジで役に立たねぇ」
「おなかすいた!おなかすいた!」
「まさか買い物途中でカラ松ガールズを待ってたとか言わないよね?」
「うわそれドン引きなんだけど」
「まーいいや、お前ペナルティーな。今日の料理係はお前!」
「早く行けよクソが」

あ…カラ松くんがちょっと震えてる。額に青筋が…
でも顔を上げたカラ松くんは、どこか勝ち誇った顔をしていた。

「フッ…お前達、そんなことを言ってられるのも今の内だぞ」
「は?何言ってんの」
「もうそういう痛いのいいからさ、早くご飯にしようよ」
「………予言しよう、お前達は数秒後に俺にひれ伏すことになる」
「はぁ?」

カラ松くんに目で合図されたので、ようやく扉の陰から顔を出すことができた。

「こ、こんばんは…」
「今日のシェフだ」

カラ松くんに紹介されて頭を下げた。

「今から、ご飯作らせてもらうね…」
「………おお…神よ…」
「い、一松くん!?」

一松くんが顔を覆って廊下に崩れ落ちた。あれ?この場面前も見た気が…!
それを皮切りにみんなが本当にひれ伏し始めた。

「今までの暴言の数々お許しください…」
「流石は松野家に生まれし次男様…!」
「フッ…まあいいさ、間違いは誰にでもあることだからな。なあ杏里ちゃん」
「え、あ、ああそうだね…」
「おらお前達いつまでそうしてるつもりだ!さっさと道を空けろ!今晩のシェフがお通りになるぞ!」
「「「「「はい!!」」」」」

みんなが素早く廊下の脇に立ち並んだ。敬礼してる…
な、何だろうこの待遇…
みんなそんなにお腹空いてたんだな。
急いでお家に上がらせてもらった。

「が、頑張って早く作るね…!」
「いえ!もう如何様にでも!」
「この心はいつまでも我が君のもの…!」
「マスター!何なりとご命令を!」

もう言ってることがわけ分からなくなっちゃってるよ…!
空腹って恐ろしいな…と思いながら、それでもちょっと面白くて、笑いながらカラ松くんと一緒に台所に入った。


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