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部屋に通されてすぐ、テーブルの前に案内された。お茶を出される。

「準備してくるから、ちょっと待ってて」
「うん」

杏里ちゃんがドア一つ隔てたキッチンに消え、俺は思う存分部屋を見回すことができた。
こないだ杏里ちゃんが寝てたベッドに、おそ松兄さんが手当たり次第に雑誌を引っ張り出していた本棚。
小さいテレビに、杏里ちゃんの普段着がたくさん収納されているだろうクローゼット。
カーテンは薄い黄色。青い柄の入ったティーカップ。折り畳み式のテーブルはオレンジとピンクの中間みたいな色。
どういうことだ…何を見ても可愛い。魔法でもかかってんのか?
あのベッドに潜り込みたい。もしくはクローゼットに閉じ籠りたい。一階のおばさん早く警察を呼んでくれ。
一ミリたりとも動かないよう制御していたら、背後でドアの開く音がした。振り返る。

「一松くん、お待たせ」
「杏里ちゃんちょっと待ってくれる」
「あ、うん」

テーブルに向き直ってティーカップを手に取った。一口すする。
今エプロンを着けた杏里ちゃんがいたような気がしたが…?
ハハ、まさかそんなことあるわけないだろう。
杏里ちゃんのコスプレはアイドル時でピークだったはずだ。それがあんな新妻みたいな格好など。
幻覚か?いよいよ幻覚まで見えるようになったのか。おばさん救急車も呼んでいただけませんか。
思えばおかしすぎる。俺と同じ猫好きで読モみたいに可愛くてこんなクズにも優しくて一緒にお菓子を作ろうなどと言ってくれる都合のいい女の子が現実に存在するわけがない。
童貞とコミュ障をこじらせすぎて現実を歪めている。
そうだ、もう一度振り返ればそこには全く違う存在がいるのではないか?
カラ松があわや結婚までしそうになった見た目もブス心もブスのもはや女性とも言えない程のレベルの何かが。
いや、むしろ猫がいるんじゃないか?猫しか友達がいなさ過ぎて擬人化して見えるようになったとか。有り得る。
哀れな男よ松野一松。さあ覚悟を決めろ。そろそろ夢から覚めよう。
もう一度振り返った。

「ん?…えへへ、どうしたの?」

ハア゛ァァァァァァァァァァァァァァァ可愛いィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!
新婚さんかよォォォォォォォォォ!?!?!?!?!?
いらっっっしゃいましたァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!

「なんか変かな?」
「え全然別に」
「そっか、よかった」
「エプロン似合うね」
「ありがとう。持ってなかったから新しく買ったの。…あ、一松くんのも買えばよかったかな」
「いいよ別に大丈夫」

これでお揃いのエプロンとか着用した暁には弾け飛びただの肉塊になる恐れがある。
そうすると一階のババアが呼んだ警察に杏里ちゃんが殺人犯として逮捕されるだろう。それはだめだ。そんなことはさせない。
しかし今既に足から溶けていきそうなんだがどうすればいい。
おそ松兄さん助けてくれ。トド松でもいい。カラ松ですら神々しい救世主に見える。俺はカラ松ボーイなんだ。助けてくれ兄さん。

「それじゃ、ガトーショコラ作り頑張ろー!」
「はい!!!」

杏里ちゃんが「甘いもの好きなんだね」と笑った。そういう意味の気合いじゃないんだけど。別にいいか。

「あ、待ってね、やっぱり髪くくる」

手際良く髪をポニーテールにまとめた杏里ちゃんマジで俺のかみさんだわ〜〜〜どうにかして一緒の墓に入ろう。

「俺何すればいいの?」
「レシピ通りにまずはチョコを溶かしてもらえるかな?私はメレンゲを作るね」
「了解」

レシピを見ながら鍋でチョコとその他諸々を混ぜ合わせていく。
ふと横を見ると、一生懸命メレンゲを作っている杏里ちゃん。
あ、こっち見た。笑った。
あれ?これ新婚一日目でしたっけ?

「ふー、こんな感じかなぁ」
「いいんじゃない」
「よし、じゃあ次はチョコとメレンゲを合わせよー!」
「おー」

何これめっちゃ楽しい。
メレンゲを全て混ぜ合わせた後、型に流し込んでオーブンに入れた。

「後は焼けるのを待って、型の上から生チョコを流し込めば出来上がり、だね」
「うん」

余ったチョコをかじりながら杏里ちゃんが楽しそうに話す。

「あー、何とか上手くいきますように!」
「大丈夫でしょ。俺いなくても一人でできたんじゃない」
「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、こういうのって誰かとやった方が楽しいと思って!」
「分かる」

今までそんなの考えたことねーけど今心の底から思ったから嘘じゃない。
喋ってる杏里ちゃんを見つめ続けていると生地が無事に焼けた。
しばらく冷ましたあと型から外して逆さまに。そこに生チョコを流し込む。完成。

「おいしそう!おいしそうだね一松くん!」
「うん」

既にもうお腹一杯なんですよ杏里ちゃんの笑顔でね。俺だんだんカラ松に近付いてってない?

「さっそく食べてみよっか」

杏里ちゃんがナイフで丁寧に一切れ取り分けて、お皿の上に乗せた。

「はい、一松くん。食べてみて」
「いいの、俺からで」
「うん。一松くんの感想が聞きたいから」

杏里ちゃんが俺をアドバイザーに選んだのは間違いだったと思う。どんな味でも美味いって言うよ俺杏里ちゃんの作ったものなら。
でもガトーショコラはお世辞抜きに美味かった。杏里ちゃんってパティシエの才能もあるんですね。無敵ですね。

「すっごく美味い」
「ほ、ほんと?甘さとか焼き加減とかどうかな?」
「問題ない。一日三食これでいい」
「そんなに?えへへ、お世辞でも嬉しいな…」

俺の言葉でそんなに嬉しそうにしてくれるんだ。ふーん。何だろう、杏里ちゃんってさ、もはや国宝に近いよね。

「じゃあ私も食べようっと」

杏里ちゃんが切り分けた一口を食べて「おいしい」と満足そうに言う。

「これぐらいの分量で作れば大丈夫ってことだね」
「うん」
「それでは手伝ってくれた一松くんにはこれをあげましょう!」
「なに」
「じゃーん!バニラアイス!」
「…」
「これ乗せて食べようー!」

またじゃーん!が聞けましたよ。ご褒美多すぎ今日。
リア充は彼女とこんなことしてて息絶えたりしねぇの?どんだけすごい生き物なんだよリア充。そりゃ俺らと生まれつき次元が違うわけだ。
お皿の横に乗せられたアイスをすくってケーキと一緒に食べる。甘っ。

「プレゼントする時もアイス乗っけんの?」
「ううん、さすがに溶けちゃうし」
「だよね」
「だから特別ねっ」

それは俺が特別ってことなんですか?違いますよね知ってますよ。クズが調子に乗らないように自ら火の中に飛び込んだだけですよ。
あ、杏里ちゃんの口の端に白いアイスが付いてる。
なめろってか。レンタル彼女の時のカラ松の如く「星屑が付いてるぜ…」とかか。無理無理無理でーーーす。そう思うとカラ松あいつすげぇな。

「杏里ちゃん、ここ」
「ん?」
「アイス付いてる」
「え、わ、ほんとだ…あっだから一松くん私見てにやにやしてたんだ!もう、恥ずかしい…」
「…え、俺にやにやしてた?」
「してたよ」
「死にたい」
「なっ、何で何で!」

職質体質の実力が出てしまったな。誇れることじゃねぇ。こないだ女子中の側通っただけで国家権力に足止め喰らったし。ただ杏里ちゃんのことを考えていただけなのに。
作ったガトーショコラは全部俺らで食った。
味見した残りをあげるのかと思っていたが、プレゼント用は誕生日の前日に改めて作るらしい。
てことはあれですか、今日は本当に俺と杏里ちゃんのためだけのあれってことですか。幸せって今日みたいな日のことを言うんだろう。最後の一口をめちゃめちゃ噛みしめた。

「一松くん、今日は本当にありがとう。初めてだったけど、自信ついたよ」
「俺めったに他人褒めたりしないし自信持っていいよ」
「うん。わーい!」

鼻血出るかと思った。いやチョコ食ったからだ。それ以外にないだろ。わーいだけで血を流すとか童貞極まってるし。そこまでじゃないし俺。

「甘い物ずっと食べてたから口の中甘くなっちゃった。一松くんもお茶飲む?」
「もらう」

一口飲んでため息を付いた。
夕陽で杏里ちゃんの髪がきらきら光っている。このまま年老いたい。

「もうこんな時間だね。ケーキ全部食べちゃったけど、一松くん夕ご飯食べれる?」
「余裕。別腹だし」
「ふふふ、このお腹」
「は?いやちょっさささ触らないでもらえます?」
「ふにふに」
「そ、それ程でもないでしょだって腹筋してるし」
「えーしてるの?この感触わりと好きなのに」

即刻腹筋をやめることを誓った。

「…あ、そうだ。夕ご飯も家で食べてく?良かったらだけど」
「えっ」

今日はもう死ねってか。
俺というクズをどうしたいの?杏里ちゃんは俺を太らせたいの?脂肪付けたらまたふにふにされるんですか?本望です。

「…いいの」
「全然いいよ。大体一人でご飯食べてるから、たまに誰かと食べたくなるんだ。一松くんはお家の方大丈夫?用事とかないの?」
「あったら潰す」
「え、それは優先した方が…」
「実際ないから大丈夫」
「そう?じゃあ買い物付き合ってくれる?」
「御心のままに」

片付けもそこそこに杏里ちゃんの家を出る。
あ、夕飯いらねぇって言っとかなきゃな。誰に言おうか。杏里ちゃんのところで食うことは悟られたくない。絶対邪魔してくる。
トド松…だめだ。完璧に隠してくれるだろうが後で何かしら要求される。他人の弱味を利用することしか考えてない。却下。
カラ松兄さんか?いや、俺を庇おうとして逆に怪しまれるパターンだ。不器用すぎる。俺の真似も全くできてなかったし。却下。
十四松。バカ正直に言うタイプ。何も考えてない。却下。
やっぱ四つの選択肢の中だと比較的案牌のチョロ松兄さんだろ。童貞だから多分何も気付かない。後一人?あのクズは論外。
なぜか本人はバレてないと思ってるようだけど、杏里ちゃんが家来た時十四松を利用して抱き付いてたの見たからな。ふざけんなよ。命刈り取ろうかと思ったわ。
チョロ松兄さんに簡潔なメールを打ちつつ杏里ちゃんと商店街のスーパーに入った。
「一松くんの食べたい物作るよ」なんてほんとに俺の嫁みたい。
ねえ、この社会の最下層にある闇沼にどっぷり浸かってる男にほんの一瞬だけ自惚らせてもらえるならさ、言ってみてもいい?

杏里ちゃんって俺のこと好きなんじゃないの?

言ってみただけですよ。
そう、言ってみただけ。


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