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平日の水曜日は人が多い。
こんな所に来てるんだから当たり前といえば当たり前だけど。
杏里ちゃんとの待ち合わせ場所であるショッピングモールの入口に、紫のツナギを着た無気力そうな男が一人。出入りする人が必ず俺に一瞥をくれてから通り過ぎていく。
場違いですってか。いいですよどうぞ何度見でもしてくださいよ。
俺はそんな視線に構っていられない。さっきから一点集中で見ているものがある。
昨日メイド姿の杏里ちゃんと撮ってもらったツーショット写真。
杏里ちゃんと密着したのはあの一瞬だけだったが、写真の中じゃ永遠だ。
我ながらいいアングルで撮れたと思う。杏里ちゃんの横に写ってる男はどうでもいいけど、スカートをふわりと広げて椅子に座っている笑顔の杏里ちゃんは完璧に画面に収まっている。
あー何だこれ。ずっと見てられる。めっちゃ可愛い。あー。
正直メイド服なめてた。メイドの杏里ちゃんに頬をつねられただけであんなに興奮

「一松くんお待たせ!何見てるの?」
「はぅっ!?あ…杏里ちゃん…」
「ごめん、びっくりさせちゃった?」

急に横から声かけられてマジビビった。本人登場かよ。とっさにスマホの画面隠して正解だったわ。

「何かすごく楽しそうだったけど、ゲームでもしてた?」
「あ…あーまあそんなとこ…」

昨日の写真見て思い出を反芻してたとか正直に言えるわけない。
トド松だったら言えるんだろうな。「君の写真見てたんだ!やっぱ君って可愛いよね〜」…余裕で想像できる。あざとすぎ。俺そんなこと言えないし。
まあ、言えたら何かが変わるのかもしれないけど。そこまでの勇気はまだ無い。
二人並んでショッピングモールの中に入る。今日は猫に会いに行くだけじゃない。ここにも用がある。
杏里ちゃんの飼っているみーちゃんがもうすぐ誕生日とかで新しいおもちゃをあげたいらしい。俺は猫じゃらしぐらいしか知らないけど、杏里ちゃんが一緒に選んでほしいと言ったので付いてきた。
ちなみにというか、当然デートじゃない。毎回言い聞かせないと勘違いする。

「一松くんって偉いよね、いっつも待ち合わせの時間より早く来てるんだもん」
「ニートですからね…暇なんですよ」
「どれくらい前からいたの?」
「…ちょうどここが開いた時」
「えっ、一時間前じゃん!」
「暇なんですよ」
「連絡してくれたら良かったのに…今日楽しみで早く起きちゃったから、家早く出れたんだよ」
「……いや…急かしちゃ悪いと思って…」

楽しみって、楽しみって…俺も楽しみでしたけど!?!?何さらっと言ってくれてんの!?!?
前にも増して自分のひねくれ度が上がっている気がする。前は「会えて良かった」とかまだ素直に言えていた気がする。
でもひねくれてない自分ってのも何だか気味悪いし、このままでいいのかもしれない。何てったって杏里ちゃんは俺が社会の底辺だって知った後ですらこうやって仲良くしてくれている訳だから。

「一松くん、ペットショップは別館の一階にあるみたい」
「はーい」

俺が返事をしたら杏里ちゃんがくすくす笑った。

「え、何?」

答えによっちゃ死ぬけど。

「ううん。今の返事の仕方が可愛くて…一松くんってなんか、いちいち可愛いよね」
「…は…?意味分かんないし…」

ちょっと呆然としてた。
前から思ってたけど俺が可愛いって杏里ちゃんのセンスどうなってんだよ。俺みたいなのを可愛いって言う杏里ちゃんが可愛いに決まってるんですけど。
あーあれだ、これ逆に馬鹿にされてるパターンだ。はいはい。

「可愛いって言われても全然嬉しくないんですけど」
「猫みたいに可愛いよ」
「猫って付けりゃいいと思ってんでしょ?残念でした動じないですから」
「そういうとこが可愛いんだよー一松くんみたいな猫飼ってみたくなる」

相変わらず笑いながら杏里ちゃんが歩いていく。
何とか俺も後に付いていくけどこれペットショップたどり着く前に息絶える感じだわ。
今日初っぱなからこんな感じで大丈夫後半?俺生きて帰れる?もし死んだら来世は猫にしてください。小山家に引き取られるシナリオでお願いします。

ペットショップはカラフルなおもちゃでいっぱいだった。色々あるんだな。あ、こういうの、俺も使ってみたいかも…

「一松くん、こういうの持ってたりする?」
「ううん。俺は大抵猫じゃらしかサング…」
「サング?」
「何でもない忘れて」

クソ松のサングラス割らせてるとか言えねぇ。いくらクズでもまだ取り繕いたい部分はある。あ、杏里ちゃんの前ではあいつにちょっかい出さないように教えとかなきゃ。
俺が商品を見てる間に、杏里ちゃんは紐の先に鳥の羽が付いた釣竿のようなおもちゃを買ったみたいだった。

「これでみーちゃんを釣るんだ」
「それ楽しそう」

猫釣りか。俺もやりてぇ。

ペットショップを出て、適当にフードコートで飲み物買って二人でぶらぶらうろついてたら、見慣れた姿をブランドショップの前で見つけた。

「あれ、トド松くんじゃない?」

杏里ちゃんも気付いた。何でこんなとこにいんだよ…いや、あいつにとっちゃ普通か。俺がここにいるのがイレギュラーなんだった。
一人で来てんのかと思ったら、店の中から女の子が出てきた。あーデート中でしたか。気まずっ。どうかこっち見ませんように…

「あれ?杏里じゃん!」
「あ、春香!」

ご友人でした。もう逃げらんない。
トド松もこっち気付いたし。若干顔引きつってるし。どうせ六つ子の兄弟がいるとか言ってねぇんだろまた。

「あ、え…?顔同じ…」

ほらな。
トド松が渋々こっちに近寄ってくる。

「一松兄さん、奇遇だね…」
「そうだね」
「えっトド松くんって双子!?」
「あー、ま…まあね…あはは…」

目で無言の圧力をかけてきた。
でも俺も下手なこと言うつもりはない。こっちだって邪魔されたくないし。トド松は計算高いからそれに気付くはず。
案の定、少し気を許した顔をした。

「ごめんねー、別に隠してたわけじゃないんだけど」
「なんか不思議な感じ。杏里も偶然だね!」
「本当だね。トド松くんと知り合いとは思わなかったよ」
「あ、トド松くんのことも知ってるんだ」
「うん、まあね」

杏里ちゃんは俺達の間の何かを察したのか友人の双子発言をスルーしてくれた。もうほんと好き。
あ、友人がこっち見た。

「お名前はなんて言うんですか?」
「一松」
「私春香って言います、杏里とは大学の友達で…えっと、もしかして彼氏?」
「え、違うよ違うよ!友達!」

トド松が俺の顔を見て笑いを堪えている。いや、知ってましたって。友達ですから。杏里ちゃんの言うことは正しいですよ。

「そっちこそ、トド松くんと付き合ってるの?」
「違うよ!友達」

ざまあみやがれ。今のトド松の顔すげー笑える。ケケケ。

「あ、そうだ!ねえトド松くん、杏里はどうかな?」
「ん?ああ…」
「杏里、実はね、トド松くんと合コンやろうって言ってるんだけど、女の子が足りなくて…お願い!参加してくれない?」
「えっ、合コン…?」
「杏里が合コン苦手っていうのは知ってるけど、悪いようにはしないし、ご飯食べてってくれるだけでもいいの。お願い…だめかな?」

合コンってあれですか。男女が出会いを求めて集うとかいうあれですか?そこに杏里ちゃんが?
つか杏里ちゃん合コン苦手なんだ。そうは見えなかったけど。誰とでも仲良くなっていけそうだし。あーでもそれで彼氏いなかったんだ。納得。
てことはこれにオッケー出したら、

「ん…うん、じゃあ…ご飯食べるだけでもいいなら」
「良かったー!ね、トド松くん!」
「あー、そう、だね…」

俺を見て複雑そうな顔をしている。何だそれ。同情か?
別にいいですよ。俺は友達だから杏里ちゃんがどういう男と仲良くなってどういう男と付き合っても関係ないし。

関係ないし………

「あ、良かったら一松くんも来ません?男子枠もまだあるんで」
「えっ」

この場にいる誰よりもトド松が驚いている。
俺が兄弟引き連れて来るとでも思ってんだろ。

「いやー一松兄さんこういうの苦手だし…」
「トド松くんには聞いてませーん。一人ぐらいなら大丈夫だし、どうですか?」

いいよ別に。
知らない奴らの中に交じってろくに飲めない酒あおるだけの時間とか無駄だし。
盛り上げる会話なんかしない。
空気読んだりしない。
俺みたいなのがいたら場の空気淀むよ。
協調性のなさにかけてはクズ兄弟の中で随一だからね。
自分でも後悔させる予感しかしないし。
ほんと…


「行く」


無意識に口から出てきたのは、考えてたことと全く違う答えだった。


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