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空になったクッキーの袋をコンビニ前のゴミ箱に捨てる。時間稼ぎはもうできなくなった。
商店街を通り過ぎれば、人気のない住宅街。
杏里ちゃんのアパートまで後十分。

「…隠しててごめん」
「何を?」
「俺が、ニートだって」
「私も聞かなかったし、全然いいよ」

手汗が半端ない俺に比べて杏里ちゃんは穏やかだ。普通少しぐらいは戸惑うもんじゃないの?
あ、やばい。息が震えてきた。

「何で杏里ちゃんは、俺なんかと友達になってくれたの」

怖い。走って逃げ出してしまいたい。
けど知りたい。
杏里ちゃんは、俺に何を見ているのか。

「え?何でだろうねー」

軽く微笑んだ杏里ちゃんが首をかしげる。何だよそれ。

「理由…ないの」
「何でって聞かれると難しいなぁ。一緒にいて楽しかったから、じゃだめ?」
「……何が楽しいの。俺別に杏里ちゃんが思ってるような楽しい人間じゃないよ。ニートだよ?社会の役に立とうなんてこれっぽっちも考えてないし猫がいればそれでいいし」

あー止まらない。自己嫌悪が止まらない。

「ニートの友達がいるって恥ずかしくない?杏里ちゃんの周りにこんな卑屈でひねくれた人間なんていないでしょ。一緒にいてていつか嫌になってくるよ。俺の本性は杏里ちゃんが思ってるようなものじゃないからさぁ、縁切るなら今のうちだよほんと」

嫌われるのが怖いくせに突き放す。
違う。嫌われるのが怖いから突き放す。この性格のせいで人間の友達ができないことぐらい分かってますよ。
今まではそれで良かったのに。杏里ちゃんにはみっともなく縋りついてしまう。
本当はずっと側にいてほしいって、その一言さえ言えたならどんなに………

杏里ちゃんは黙ってしまった。
絶対引いてますよねこれ。はい終了〜クズのくせに無駄なあがき今までお疲れ様でした〜〜〜

「………ってことは一松くん、もし私が本当はニートだったら、もう遊んでくれなくなっちゃうの?」
「………え…」

杏里ちゃんが沈んだような声で言った言葉を、頭の中で何回も繰り返す。

それは、

それは………

「ない。…それはない」
「ふふっ、そっか」

杏里ちゃんが笑う。何でもないことみたいに。

「良かった。遊ばないって言われたらどうしようかと思っちゃった」

返す言葉が思いつかない。
やられた。
完全にやられた。
こういうこと言われたらもう、言い訳なんかできない。
自分をいくら卑下しようが、全部この一言で片付いてしまう。
俺が杏里ちゃんを拒絶できなくなってるってこと分かってて言ってんの?
何だよこの話術。
ずるい。
ずるいよ杏里ちゃん。

「…ずるい…何なのその言い方…」
「えー?そんなこと言ったらさっきのケーキ選ぶ時の一松くんもずるかったと思うんだけどな」
「あれは…俺が勝手にしたことだし」
「私だって私の勝手で一緒にいてもらってるんだよ?」
「…あークソ何なんだよ…!」
「あ、おそ松くんたちと一緒にいる時の一松くんだ」

くすくすと笑う杏里ちゃん。
もう嬉しいのか恥ずかしいのか泣きたいのか分かんねぇ。服脱ぎだしそう。脱ぐか?脱いだらさすがに引くだろ杏里ちゃんも。何で引かせたいんだよ。でも言わずにはいられない。

「俺今すごく服を脱ぎたい気分なんだけど」
「外で脱いだら寒いよー」
「そこかよ!やっぱ杏里ちゃんってずれてる、すげーずれてるよ」
「一松くんって腹筋割れてたりする?」
「全然。むしろ腹出てる」
「ふふふふふ」
「何が面白いの?もうマジで脱ぐからね杏里ちゃんに俺が警察に補導されるとこ見せてやるから」
「えー待って、じゃあ私は逆に一松くんに服を着せる係ね」
「なに係って。無駄だよ脱いだそばから服捨ててくから」
「ふふふ。実は私今バイト先の制服持ってるんだよね!だからそれを着せます」
「制服?」
「うん、ちょっとメイド服っぽいやつなんだけど…うちの店、コンセプトが英国風だから」
「………」

杏里ちゃんのメイド服。
一回も見たことない。

「やっぱ警察に捕まるのやめた」
「そうなの?」
「杏里ちゃんって次いつバイト入るの」
「えーと、明後日の午後四時から」
「ふーん」
「ケーキ買いに来てくれる?」
「うん」
「やったー。お待ちしてます」

アパートの前に着いた杏里ちゃんがくるりと振り返る。

「あ、明後日は火曜だから、その次の日もまた会えるね!」

やったね!だって。
何だ?女神か?

「送ってくれてありがとう一松くん」
「いいよ。俺みたいなのがいると変質者も寄ってこないでしょ」
「うん。頼もしいなぁ一松くん」
「もっと崇めて」
「一松くんすごい!」
「適当すぎ…」

本当に何が面白いんだか杏里ちゃんがきゃらきゃら笑う。
でも、俺も何が面白いんだか分からないのに笑ってしまっている。

杏里ちゃんと別れた後の帰り道、こらえきれなくなって一人道の端でうずくまる。
好きすぎる。好きすぎて死にそうだ。
死んでも明後日は絶対にケーキ屋行こう。







「いらっしゃいませ!」

自分でも分かる、今日はいつも以上に気合いが入ってる。
だって今日は一松くんがこの店に来てくれるって言った日だから。
制服姿の自分を見られるのはちょっと恥ずかしいけど、一松くんとバイト中に堂々と会えるっていうのがめちゃくちゃ嬉しい。
一昨日家まで送ってくれた時にもっと距離が縮まった気がしたし…私の思い込みじゃないといいけど…
いつ来てくれるのかな。
さっきから店内にある鏡でちらちら自分をチェックしてしまってる。
髪型崩れてないよね、リボンほどけてないよね。
ああ、ドキドキする。
お店が忙しかったらまだ気も紛れるのに、今日は人が少なくて今も店内にはお客さんがいない。まったりした時間が流れてる。
あ、でも人が少ない方が一松くんとお喋りできるかも…えへへ
こっそりにやけた時、お店の窓から一松くんが歩いてくるのが見えた。
わ、来た…!
自動ドアが開く。

「いらっしゃいませっ」

すぐに頭を下げてから、ゆっくり顔を上げた。
一松くんは店に一歩足を踏み入れたまま立ち止まっていた。
あ、ドアに挟まれちゃう…!
ショーケースの後ろから出て、一松くんに近付く。

「一松くん、ドアに挟まれちゃうよ」
「全然痛くない」
「い、痛いよ絶対…」
「痛くない」

立ち止まったままの姿ですごくじっと見られてる。は、恥ずかしい…
でも入口にずっと立たれるのはちょっと困るな。

「一松くん、こら」

試しにほっぺたをつまんだら、ちょっと震えだした。
さすがに痛かったかな。すぐに手を離した。

「ごめん、でも入口ふさいじゃってるから…」
「ちょ、え…何この店ってそういうサービスもあるの…?」
「え?サービス?」
「こんなん聞いてへんやないか…」
「一松くん…?大丈夫?」

なぜか関西弁で呟いてしゃがみこんだ一松くんを、とりあえず店内の椅子に座らせた。
他のお客さんが来る気配もないし、もうちょっとお喋りしててもいいよね。

「一松くんほんとに来てくれたんだね、ありがとう」
「うん…」

すごく凝視されている。

「何かおかしなところあるかな」
「ない」
「なら良かった」
「一回転してみて」
「こう?」

くるりと回る。
あ、一松くんの口の端が少し上がった。

「いいね」
「ほんと?」
「似合う」
「ふふふ、やったー」

バイトを始めた時はコスプレするみたいでちょっと恥ずかしかった制服だけど、一松くんに似合うって言ってもらえて良かった。
うぅ、嬉しいなぁ…!

「………あの…杏里ちゃん」
「なに?」

一松くんがスマホを取り出した。

「…い…一緒に、写真撮って、ほしいんだけど」
「いいよ。店長、いいですよね?」
「うん、どうぞ」
「ま、マジでいいの!?っしゃぁぁ!!」

一松くんがこんなにテンション上がったの初めて見た。
思わず笑ってしまう。

「私隣に座ろうか?」
「あ…うん、隣…」
「こうかな、もっとくっついた方がいい?画面入る?」
「あっ、もう、充分、なんで」

写真は一枚目で綺麗に撮れた。
わー!初めてのツーショットだ!

「一松くん、これ後で私にも送って!」
「うん、送る…」

一松くんは私のスマホに画像を送ってくれた後、「ありがとうございました」と深々とお辞儀をして帰っていった。

「あの子、杏里ちゃんを見るためだけにうちに来たのかな」

店長がくすくす笑った。

「あ…ケーキ買うって言ってたのに」

忘れちゃってたのかな。
それならまた、来てくれるといいな。


バイトが終わって家に帰ってきて、すぐにベッドに寝転ぶ。
スマホを取り出して今日撮ってもらった写真を眺めた。

ツーショットだぁ…!!

嬉しくて嬉しくて、スマホを抱きしめてにやにやしながらごろごろしていたらベッドから落ちた。

「…うふふ、でも痛くない…!」

わー!私気持ち悪い!
でも…えへへ、これからはスマホでいつでも一松くんを見れる。
それから寝るまでの間、私はずっとにやにやするのを抑えられなかった。


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