夢小説「La mia utopia」 | ナノ


▼ 04

プロシュートに手を引かれて部屋を移動している短い間に、流石に慌ててばかりじゃいられないと、自分自身の状況を把握しようとしてみた。下手をうてばきっと私は死んでしまうだろう。いくら彼が生粋のイタリアーノで女性を無下に使わないであろう男だったとしても、暗殺を生業とするのだから情をかけてやろうなんて思わないはずだからだ。

まず最初に理解したのは、漫画の中といえど私が生きているという事。そしてなぜか16歳の時にまで身体が戻ってしまっているという事。髪を短くしたのは17歳になってからの事で、15歳の時は粋がってピアス穴を開けたてのころだから、丁度その間の頃だと推測できる。
そして次に、鏡の中のイルーゾォの側にいたスタンドが見えた事から、私もスタンドを使える様になっている事がわかった。どんな能力かはまだよくわからないが、これから知っていくことが出来るはず。
その為にも、まずはここで、目の前の彼に殺されない様にしなければならない。

招かれた先はリビングの様な場所のくたびれたソファ。腰を落ち着けたのを見計らって彼が徐に出現させたグレイトフル・デッドが、こちらをジッと見つめてくる。その事に少しだけ恐怖を感じていた。あのいくつもある目玉に足のない人型は、夢で見れば一生忘れない悪夢になるだろう。
老いていく身体へ嫌な気分になるものの、落ち着いて解除をお願いすれば、彼は一瞬の逡巡でもってニンマリと口の端をあげ、スタンドを消してくれた。更に彼はこの老いてろくに動けない私を元の身体に戻してくれるらしく、冷蔵庫からミネラルウォーターと氷を一欠片出してくれる。こちらに戻ってくる道すがら、暖房器具の角でミネラルウォーター瓶の王冠をカンと叩いて外してくれた。その手捌きに見事と舌を巻き、手渡されたそれで喉を潤せば、徐々に元通りの艶々お肌が帰ってくる。

仕上げだと氷も受け取ろうと手を伸ばすと、そちらはスイと遠ざけられる。キョトンと首を傾げているとニマニマ笑った顔のまま、再び氷を摘んだ手を差し出してきた。彼の思惑に気付いた私は思わず目をすがめてしまったし、漫画ではそんな下衆じみた印象はなかったのにと少しだけ落胆せざるを得ない。
それでも氷は必要なわけで、「本当男って」なんて知った様な風に呟いた口で、指ごと氷をパクリと咥えてやった。カラリと歯に当たって耳の奥へ響く音がなんとも涼やかで殊更悔しいような惨めな様な気分になる。さっきも言ったが、誓って私は経験豊富な色気に溢れた女じゃない。それでも頭の端に残る知識を総動員させて、事に当たるほかなかった。
舌で丁寧に指の節を辿り、わざらしいくらいイヤラしく音を響かせて離したら、ゴクゴクと洗い流す様に水を飲み干してやる。満足そうに喉を鳴らして嗤う彼がようやく口を開く。

「Perfetto(良い子だ)…」

彼はハンカチをポケットから出して手を拭いた。そして足を高慢に組んで、一人がけの簡素な椅子に腰を落ち着ける。仕草が優雅で尊大な為に、ただの椅子さえもアンティークに見えてしまいそう。

「スタンドの能力はなんだ?」
「まだはっきりとは分かりません、つい先程発現した様なので…」
「ならどこの回し者だ。まさかボス直々なんてこたァねぇよなぁ?」
「私は何処にも属してません。本当です。嘘みたいに思うかもしれませんが、さっきまで日本にいて、刺され殺された筈なんです。勿論…ここの裏でも刺されて死にかけましたけれど…」

異世界、と言うべきか、ともかくこの世界ではない所から来た事もきちんと話した。
そう、洗いざらい吐いてしまった方がいい。嘘を吐くのに慣れていない一般人の私がいくら隠したからって、そんなのすっかりばれてしまうに決まっているのだから。それで怪しまれて殺されるよりは、多少頭がおかしくなったと思われても良いから真実を言った方がマシ。
ただしこの世界が漫画の中で未来までも確定している事だけは心の奥底に秘めて…。伝えてしまった後どうなるか分からない以上、私には何もできない。仮に何かするのなら、やはり原作から行動が離れすぎないほうが都合がいいだろう。

プロシュートは一度ふぅんと頷き、なるほどなと言葉だけ投げかけてきて、それ以上の行動は何も起こさなかった。
カチカチと聞こえてくる時計の針の音に緊張感が募っていく。

「イルーゾォ、この事は俺がリーダーに伝えるまで他の誰にも話すな」
「なんだって?」
「ハッキリしねぇ情報持ちこんでアイツらの精神削ってる場合じゃあねぇだろうが」

不満げな表情でズルリと鏡の表面から現れるおさげ髪の男。彼こそがイルーゾォか、と一人納得する。日本人の私から見れば、彼もまたプロシュートとは違った系統のハンサムな顔立ちであった。

イルーゾォは半ば理解できないと言う風に眉を寄せてながらも、私の方まで歩いてくる。ソファから見上げた彼はライトの光でうまく逆光になり、表情がよく見えない。そんな彼は膝掛けとして手渡された上着をザッと乱暴に奪っていき、再び鏡の中へ入ってしまった。どうやらこれは彼の上着だった様だ。至って普通のシンプルな物だったから気付かなかった。いつもあの前の開いたよくわからない防寒着風の服を着ているわけじゃないらしい。

プロシュートはまだ機嫌良さそうに笑みを滲ませ、こちらを値踏みしている様だった。

「名前に頼れる人間はいねぇんだな?」
「親も居ませんし親戚も、ましてや友人なんかもいません」
「ならここに置いて、俺が世話を焼いてやろう。スタンドについても知らなきゃあいけねぇからな」

リーダーには俺から話を通しておくさ。

そう言ってまた楽しげに笑う彼の顔が少しでも整っていなければ!
おお神よ、無宗教な私を見捨てたのですね。そう思わざるを得ない、大変な事態になってしまった。

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