夢小説「La mia utopia」 | ナノ


▼ 03

さっきまで夢遊病者か、はたまた精神がイかれちまったか薬をキメてるのかと思わざるを得なかったガキは、すっかりと正気を取り戻したらしく、顔を青ざめてカタカタと震えていた。
簡素な白いワンピースから伸びる細くしなやかな手足は、とてもではないが薄汚れたこの辺のガキと同じには見えず、かと言って上流階級のお嬢様とも思えない。真っ黒な瞳と艶やかな黒髪は健やかに育ちましたと主張しているようだ。

恐怖からか何も話せそうにないこのscemotta(お馬鹿さん)の手をそっと引いて立たせると、大袈裟に肩をビクつかせた。面白い。先程などは恐れも分別もなく俺の頬を引っ張って遊んでいたくせに。

カタカタといまだに震えながらも、周りをキョロキョロと見渡して状況を把握しようとしている姿に少し感心する。先程までいた俺の部屋ではなく、今度はリビングのソファに座らせた。あくまで壊れ物を扱う様に、愛しい恋人を宥める様に。膝掛けなんてものはこの男所帯にはない為、ソファの背にかけてあったイルーゾォの上着を掛けてやる。鏡の中から不満そうに睨んでくる奴はこの際無視だ、こんな所に置いている方が悪いのさ、根暗め。
お遣いにやったペッシはまだ帰ってこない。これだから未熟モンのmammoni(ママっ子)は…

「カッフェでも飲むか?」
「い、いいえ、大丈夫です…ありがとう…」

ギュッと両手を握りしめている名前という名の少女は深呼吸を何度か繰り返し、一度しっかりと目を閉じた。それは感情をジッと押し殺す様に見え、見かけより随分と大人びていると感じる。
再び瞼を開いた時、その瞳は黒曜石の輝きを放っていた。それは背筋がゾクゾクと粟立って、思わず情事に誘う前の様な緊張感を錯覚させる。

「先程は失礼いたしました、プロシュートさん」
「piccola(おチビちゃん)の可愛いおイタくらいどうという事はねぇさ」
「改めて名前と申します。ここの裏で死にかけていたのは、通り魔に刺されたからだと、思います」
「通り魔、ねぇ」

たしかにあの時人の気配は2人。しかしそれもすぐに一人になった。どういうわけか、唐突にだ。立ち去ったとも言えない急激な変化に不信感を抱いて見に行ってみた。そこに残されたのは死にかけのガキと流れ出る赤い血。通り魔の影も形も痕跡さえも何も、元々そこになかった様な有様だった。

「そいつぁ大変だったな」
「助けていただいて本当にありがとうございます。なんとお礼を言ってよいか…」
「いやいや、気にするな。ただの気まぐれと思ってくれりゃあいい」

にっこりと申し訳なさそうに微笑む少女は、やはり大人びていてアンバランスだ。何か隠しているのか、その口調の端々に警戒線が見えている。そんな言葉の駆け引きが、こんなgattina(子猫ちゃん)に出来る訳がねえ。
俺はスタンドをゆったりと発現させる。今ここにいるのは鏡に引きこもっているイルーゾォのみ。能力を発現させたところで影響はない。

もしも、俺の勘が正しけりゃあ儲け物で、違ったとしても死体が一つ増えるだけ。簡単な話さ。

「…その能力は、私を試してらっしゃるんでしょうか?でしたら是非やめていただければ、有難いのですが…」

少し怖いですね、それ。

そう言って相変わらず申し訳なさげに微笑む少女は、やはりバランスの悪い印象が拭えなかった。

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