夢小説「La mia utopia」 | ナノ


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ギアッチョが荷物持ちをしながら、私を値踏みしていることは明白だった。焦って信頼を勝ち得ようとは思わないが、それでもこの居心地が悪い視線からの解放は早い方が嬉しい。とはいえ、しばらくは我慢するしかないのだが、それがまたなんとも情けない限りである。温厚で平和な日本で培った処世術やなんかは、暗殺家業に勤しむ彼らにはあまり効果が期待できないのかもしれない。あんなにすぐ懐いてくれるのは、mammoni(ママっ子)と呼ばれるペッシくらいなものだ。

いま私がすべきなのは、一刻も早くアジトに帰って洗濯の続きをすることである。幽波紋があるとはいえ暗殺稼業。服に血がべっとりなど日常茶飯事らしい。黒っぽい服だなと思ったら血が固まってそう見えただけ、なんて事もある。
ここでお世話になり始めてから一ヶ月経って学んだことは、血の汚れはお湯で洗ってはならない、なるべく早く手で揉み洗いする…という事。大柄な男連中の服は、体格に合わせてそれなりに大きく、また、仕事着は特徴的な物が多くて、手洗いにひたすら時間がかかる。干す時だって一苦労だ。しかしそれをしないで普通に洗濯機で回して干すと、血痕や臭いが残ったり服を傷めたりと、碌でもない結果になる。
午後に帰ってくるメンバーによって、再び量を増して溜まっているであろう洗濯の山を思い浮かべると、自然と溜息が出てしまった。

「…んだよ」
「え?」
「俺が!荷物持ってやってんのに!まだなんか文句があんのかって聞いてんだよ!」
「いえ、その点については全く。むしろ感謝し通しですよ」

ギリっと鋭い睨みを利かせて悪態を吐くギアッチョ。まぁ、そもそも荷物持ちはこちらから頼んだことではないので、感謝はするが威張られる謂れはないと思う。それを口には決して出さないけれど…。

「洗濯物が多いので疲れるだろうなと思ってただけですよ」
「は?洗濯機あるだろ」
「服がすぐボロボロになっていいなら、そのまま回しますけどね。大事な皆さんの服ですから、丁寧に扱わないと」

ああ、ようやくアジトが見えてきた。会話がないことは別に苦ではないけれど、心地のいい目線じゃあない状況でずっと居続けることは流石にできない。そこまで面の皮は分厚くないのだ。
錆びた手すりに手を添えて、階段を数段。割れたタイルも今度直そうかと考えながらドアノブに手をかけた。そのまま扉を抑えて、両手に荷物を抱えてくれている彼を引き入れた後はちゃんと鍵をかける。これは私がここで暮らす上で守らなければならないルールの一つ。万が一私だけしかアジトにいない時強盗に遭遇したら、鍵さえかかっていれば戦う力のない私でも十分逃げ出す時間が稼げるのだとか。プロシュートが絶対に戦うな、どんな手を使ってでも逃げろ、と口酸っぱく言うものだからついつい笑ってしまったものだ。その罰なのか、私は子どものように鍵を首から提げさせられる事になった。

アンティークな鍵を服の中に仕舞い込み、テーブルの上へ乱雑に投げ出された荷物を片付け始める。運び手だったギアッチョは、よほど疲れたのかソファにダラっと全身を投げ出して寝転がっていた。
冷蔵庫から作り置きのレモネードを取り出し、グラスにたっぷりの氷と一緒に入れる。手製アイスクリームを上に乗せてチェリーを飾れば、クリームレモンソーダの出来上がり。それをそっと差し出せば、より一層不機嫌な顔をしながら受け取ってくれた。嫌なら貰わなければいいのに。しかしストローでレモネードを飲む彼の目は美味しそうに細められていて、なんだか警戒心の強い猫のように見えた。

食材と消耗品を片付け終えた私は、アイスをチビチビとスプーンで掬って食べている彼を横目に、地下へ降りる。

さぁこれから山積みの洗濯物をやっつけるぞ。

むんっと力こぶを作るポーズを決めて、自分を鼓舞する。そして、籠からあふれそうな服の山をまずは仕分けていかなければと、腕を伸ばした。

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