夢小説「La mia utopia」 | ナノ


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アジトでの生活は穏やかなものだ。
こちらの世界へ来て早1週間。周辺の地理もうろ覚えながら何となくわかり始め、今いる暗殺チームの生活リズムも見えてきている。
しかしそれも今日までかもしれないと、私は密かに覚悟を決めたのだった。

それは朝食の席でのこと。
リゾットは習慣なのか、食後のコーヒーを飲みながら新聞紙を広げていた。私はそれを脇目に皿を洗い、今日は洗濯日和かもしれないななどと考えて、これからの家事手順を考える。ゆっくりと最後の一口を飲み切り、席を立った彼はカップを流しへ入れ、去り際にこっそりとクッキーを摘んでいた。このクッキーは私の手作りのもので、一番多く消費しているのは意外にもリゾットである。

「今日の昼頃、ギアッチョが帰ってくる」
「あいつにしては時間がかかったな」
「いくつか掛け持ちで割り振ったからだ。一つにかける時間としては妥当だろう」

ギアッチョといえば、氷のスタンドをもつ男で、癖の強い髪と赤いメガネが特徴だ。少しの事で怒りを爆発させ、苛々を八つ当たりの様に物へ当たり散らすイメージが強い。きっちりとした性格なのかもしれないが、割と大雑把な私では恐らく仲良くするには厳しい道のりになりそうだ。

「名前〜」
「はい?なんですか、ジェラートさん?」
「あいつの八つ当たりで死にそうになったら俺達を呼べよなぁ。死なない様にはしてやるよ」
「ああ、そうだな」
「あはは…くれぐれもそうならないように気をつけますね…」

未だにソルベとジェラートのスタンド能力は分かっていないが、間違いなく頼ってしまうととんでもなく後悔する結果になりそうだ。私は曖昧に笑って、手元の皿を拭き終えた。

ところで、ギアッチョはいくつもの仕事を一度にこなしてきたという。であればきっと疲れ切っているだろうしお腹も空いているかもしれない。私が出来ることといえば、暖かい食事を用意する事くらい。だからこそ、今日までの苦労を労える美味しいご飯を作らなければならないだろう。

現在朝の11時。昼頃の帰宅と言うことは早くてあと1時間しか猶予はない。
私は早速フライパンをコンロへ乗せた。

「今日はなにを作るんだ?」

ペッシが興味津々といった風にフラフラこちらへ近寄ってきた。

「ギアッチョさんへの胡麻擂りみたいなものです。お好みがわかればいいんですが…」
「うーん、俺よりは食べるけど、辛いものが確か苦手だった筈だぜ!前にリストランテで辛すぎるアラビアータにブチ切れてたもんなァ」
「あらまぁ、では折角なのでアクアパッツァにしましょう」

というのも、実は昨日、ペッシが立派な魚を釣ってきてくれていたからだ。スタンド能力を使ったらしく、おおよそ陸釣りでは得られないだろう立派なスズキを持ってきてくれた。ついでに何匹か釣った物を港で美味しそうなアサリと交換してきてくれているので、材料には事欠かない。

ペッシの視線を背に、まずは下準備から。
アサリは塩抜きをしておき、スズキはエラと内臓を取り除き、鱗を綺麗に剥ぐ。水で洗い流してから塩を中へ刷り込んで臭みを取っていく。これをするとしないとでは出来上がりに大きな差ができてしまうため、欠かせない作業だ。
次にフライパンへオリーブオイルをたっぷり入れ、包丁で潰したニンニクを香りがたつまで火にかける。パチパチと香ばしい香りがしてきたら、スズキの身を優しく入れる。焼く前に水で塩をすすいで、しっかり水気を拭き取るのも忘れてはいけない。臭み消しと風味出しのためにタイムも一緒に火を通す。
両面に焼き目がついたらアサリを入れる。強火に変えて白ワインを大胆に入れれば、部屋中にいい匂いが漂い出す。ぎゅるると大きなお腹の音が聞こえてきて、振り返れば恥ずかしそうに笑うペッシと目があった。私もつい笑ってしまいながら、水と隠し味にアンチョビを小さじ1ほど加え、蓋をして煮込む。5分もすればアサリの口が開く。そうなればパセリやプチトマト、ブラックオリーブとケッパーを加えて最後に塩胡椒で味を整えれば完成だ。

「う、うまそう…!」
「味見してみますか?」
「いいのか!やったぜ!」

小皿にスープを少し取り分けてペッシへ差し出せば、子犬の様に喜んで口にした。くぴっと飲み干したあと彼はカッと目を見開き、無言で小皿を私へ差し出した。お代わりかなと思ってもう一度よそってやれば、バタバタとプロシュートの元へ運んでいってしまう。プロシュートはやれやれといった様子で小皿を受け取り、ガツンとペッシを蹴り上げていた。

「ペッシよぉ、なぁにガキみてぇな事してんだ?情けねぇ!」
「ひっ!で、でも兄貴、このスープめちゃくちゃ美味くて、びっくりしますぜ?!」

プロシュートはマンモーニが、と舌打ちをして小皿を口にした。彼の食事をしているところを何度もみたが、あのムカつくほどに整った容姿の男は味見程度のスープを喉へ通す仕草でさえ、何処と無く色気が漂っている。しかしペロリと唇を舐め、満足げに細められた目だけは、少しだけ可愛らしく見えた。

「ほう、ここ1週間で分かっていた事だったが…名前は本当に料理の腕だけはいいな」
「ありがとうございます」

だけ、は余計なお世話だと内心文句を飛ばしたくなるものの、ここはひとつ大人の対応として口を慎むことにした。それに、自分が釣った魚がこんな美味しくなるなんて、と興奮気味に語るペッシがなんとも微笑ましくて、プロシュートの機嫌を悪くするにはあまりにも忍びなかったのだ。

さて、私はパンの付け合わせに取り掛かろう。
リコッタチーズをボウルにあけ、そこへ刻んだホースラディッシュとバジル、オレガノとレモンの皮を削りいれ、しっかりと混ぜ合わせる。塩と多めの胡椒で味をととのえて完成。ココット皿へ移し替えれば、さながら高級フレンチレストラン顔負けの出来になる。元いた世界であればSNS映えなんて事もできたかもしれない。

スープは昨日の残りを温めて出せばいいだろう。サラダは葉物を洗って、トマトソースとオリーブオイルに塩胡椒とバルサミコ酢を合わせたドレッシングをかければ出来るので、ギアッチョが帰ってきてから作れば大丈夫だ。

時計を見やれば正午を少し過ぎた頃。乾杯の為の白ワインを地下へ取りに行こうと、私はだいぶ馴染んできたエプロンを外した。

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