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「色気がねぇ」
バッサリと切り捨てられた時、手元に持っていたのはストライプのシンプルな下着だった。
今日は昨夜の宣言通りプロシュートが私の買い物の御付き。朝食のパンケーキを作っていたらあれよあれよと言う間に外へ連れ出され、気づけばブティックなどが立ち並ぶ通りに立っていた。人数分のパンケーキは皿に積んできたため、勝手に食べてくれれば大丈夫だが…ちゃんと伝わるか心配だ。
とはいえ、現状もっとも注視すべきはこの下着に関する事ではある。そう、プロシュートが非常に不服そうな面持ちなのだ。
「えっと…色気、いりますか?」
「テメェが女を捨ててるって言うんなら俺は止めはしねぇが、そうじゃねぇならこっちにしとけ」
そう言いながら指さされた方を向けば、布面積が大変少なくて生地が上品な、所謂勝負下着系の棚がずらりと見えた。
「む、無理です!」
「あ?!」
ぎろりと向けられた鋭い眼光に思わず肩が跳ねた。ついでがっしりと顔を両側から挟まれ、視界いっぱいに整った顔立ちが広がった。ペッシに言い聞かせる時のポーズだと冷静な部分で思い当たると同時に、きっちりと合わせられる青い目は海の様な輝きがあり、綺麗だなと純粋に感動してしまう。
「名前 名前 名前よぉ、いいか、お前はもう立派なsignorina(お嬢さん)になったっておかしくねぇ年頃だ、そうだろ?見かけだってそれほど悪い訳じゃあねぇ。むしろ輝けば磨く宝石の原石だ。なのに今日も俺のお下がりのシャツにベルトなんて路上のガキみてぇな成りときた。それじゃあいけねぇ。少なくとも年相応に整えるっていうのはカタギだろうがギャングだろうが礼儀なんだよ。お前は俺の言っている意味がわかるな?」
「そ、それはもちろん…」
「なら答えは決まってるだろう?なぁ?あそこの棚でなら好きな物を選ばせてやる。ほかは却下だ」
さっさと行けとばかりに突き放され、私は一つ溜息をこぼしてから、渋々輝かしくも艶かしい棚へ向かった。しかしこの棚に陳列している物の大半が好みじゃないのも確かなので、私は意地でもなるべく地味な物を物色しては買い物袋へ入れていく。そして申し訳程度に、一揃えだけ彼好みであろう物を入れておいた。これで何を買ったか見せろと言われても大丈夫だろう。
レジを通して彼の姿を探せば、店の外に立っていて、その美しい顔面で道行く美女達の視線を独り占めしていた。声をかけられれば爽やかささえ感じられる笑みを向け、意味ありげな視線にはキスを投げる。色男という言葉はまさに彼のためにあるのだろうと思った。
「お待たせしました」
「マシなものを買ったんだろうな?」
「ええ、まぁ。帰ったらご覧になります?」
「いやいや、それはまたの機会に取っておこうじゃあねぇか。なぁ?」
「はぁ…そうですか」
ニマニマと笑って私を見下ろす男の目には欲情なんてものはカケラも見当たらず、あるのは初めて出会った時の冷たく値踏みする様な色だけ。それが私を酷く不愉快にさせる事だと彼は知っているだろうか。否、知っていたとしても、どうでもいい事なのだろう。
私はぎりりと食い縛りそうになる奥歯を緩め、にっこりと笑顔を浮かべてみせる。それこそが日本人十八番の処世術であり、私が生きた中で身につけた知恵だ。
「さぁ、帰りましょう。お仕事に遅れてはいけません」
「…ああ、そうしよう」
歩幅だけは合わせるこの男の優しさは、やはり私を酷く不愉快にさせた。
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