夢小説「La mia utopia」 | ナノ


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「名前、今から何するの?」

洗濯の話をしたあと、そのまま私が台所に立ったのを不思議に思ったのか、ペッシがフラフラとこちらへやってきた。手には皆が食べ終わった皿達が乗っており、気遣いができるなんて良い子だと感動する。その教育はきっとプロシュートが施したものではないだろう。

「トマトソースを作ろうかと」
「その都度買うのじゃダメなのか?」
「余計な添加物を入れない分健康的ですから」

節約にもなる事は黙っておこう。プライドが高い彼らの事だ、みみっちいと言って見栄で既製品を買わされたらたまったものじゃない。
さて、大量に買ったトマトだが、実は2種類ある。甘みの強いものと果肉が多いもの。合わせて使えば味に深みが出るだろう。

腕捲りをして気合十分にまずは下拵え。ヘタをくり抜いたトマトの皮に薄く十字を入れ、湯むきしていく。しかしそれが大変な作業で、やってもやっても終わらない。それはそうだ、トマトは全部で5kg以上ある。今日作れば暫くしないとはいえ、これは骨が折れそう。
無心で作業をしていると、不意に背後から気配がした。そっと振り返ると、ペッシが手を前でモジモジとさせながらこちらをみている。言いづらそうな様子だったが、言う言葉を決めたのか、気合い十分にピッとまっすぐ私の手に持つトマトを指差した。

「て、手伝ってやろうか?」
「あら、本当ですか?助かります」

ちょっと格好をつけたいのであろう物言いに、私がにっこりと微笑めば、ペッシは私以上に嬉しそうに笑って、意気揚々と私の隣に立った。初めてお手伝いをする子どものような様子の彼には、氷水に入っているトマトの皮を剥いて貰うことにする。多少冷たいかも知れないが、手を火傷する事もないだろうし簡単だ。本当はここまで子ども扱いすれば察しのいい人は怒るか不機嫌になるだろうけど、彼はそこまで気付かないらしい。
私は再びトマトの下処理をしてお湯の中へ入れていく。10秒ほどで引き上げて、ペッシの前に置いた氷水のボウルへ入れれば、彼は器用に皮を剥がして行ってくれた。

「上手ですね、ペッシさん」
「そ、そうかな?へへへ」

最後の一つが終われば、私とペッシの手は真っ赤なトマトの汁で汚れていた。彼にはそれがなんとも楽しいらしく、始終ニコニコと上機嫌だ。
そのまま次の作業もやってもらおうと、私は彼の前に寸胴の鍋を用意した。この鍋も今回新たに買ってもらったものだ。

「大きな鍋だなぁ」
「手先が器用で力持ちなペッシさんには、トマトをこの大鍋の中で潰してもらいたいんです」
「わかった!でもどうやればいいだ?」
「ふふふ、手でいいですよ。楽しんでやってください」

私は一つだけ手にとって手本を見せる。一度見て理解したのか、彼は次々と鍋にトマトを潰していってくれた。これでも十分にトマトピューレにはなっているが、欲しいのはソースだ。だから、私はその準備を始める。

玉ねぎとニンニクをまずはみじん切りにして、たっぷりのオリーブオイルを敷いたフライパンで炒めていく。弱火でじっくりと飴色になるまで炒めたら、人参とセロリを加える。こちらもみじん切りにしたものだ。こちらも火が通ったら仕上げにリンゴを皮ごと擦り入れる。このリンゴはおまけでもらったものだ。生のまま食べるのは硬そうだったので、甘みのプラスアルファとして使ってしまう。

「名前、こっちはできたよ」
「Grazie。後はこれを鍋に入れてオリーブオイルを足して煮込むだけです」

塩胡椒をしっかりとふって、くつくつと煮込み水分を飛ばしていけば、溢れそうなくらいだったトマトは3/2ほど減った。もっと煮詰めてもいいが、ソースとしてはこれで十分。煮沸消毒をした瓶に詰めれば完成だ。
机に並べられていくトマトソースを見て、ペッシはすごいと感嘆を漏らす。大した事じゃないのだけれど、少しだけ鼻が高くなった。

壁にかかった時計を見ればそろそろ夕方に差し掛かっており、夕食の準備を始めなければいけない事に気づく。かなり集中していたようで、リビングにいた人達はいつの間にやら居なくなっていた。

私はペッシに手伝いのお礼として一つプラムを手渡して、夕食の準備に取り掛かる。
仕事とは違った作業を長時間したことで疲労感があるのか、彼は甘くて美味しいと頬を緩めながら、ボロボロの椅子に座ってプラムを齧った。その様子が本当に子どもみたい、と内心クスッと笑ってしまう。

折角だからと瓶に入れ切らなかったトマトソースを小鍋に移し替えて、玉ねぎなどを炒めていたフライパンに生米を投入。オリーブオイルで炒めて半透明になったらトマトソースに入れる。コンソメの素と水を足してくつくつと煮込んで行けばトマトリゾットの完成。シンプルではあるが味は美味しい。何より低コストだ。私は早くも倹約家としては上々だろうと自分自身を褒めてみた。

「皆さん、夕食が出来ましたよ」

プラムを食べ終えて手を洗っているペッシを横目に、リビングを出て階段下から上に声をかける。いくつか扉の開く音が聞こえ、俄かに騒がしくなった。私はペッシに手伝って貰いながら出来上がったリゾットを皿に盛り付けていく。そうして全員分が用意できた辺りで、皆それぞれ席に着くなりして夕食が手渡されるのを待っていた。

「Buon Appetito(どうぞ、召し上がれ)」
「Grazie」

美味しいと喜んでくれる人がいるというのは素晴らしい。こんな事態に陥ってしまい、帰る家も親も友人も無くして、暗殺家業をしているギャングに拾われて、ついでに訳がわからない大きな力を手に入れてしまったけれど、一般人の私には平凡なことが何よりも大切だった。彼らは私のいた世界では紙の中のキャラクターだったが、今は私と同じように赤い血の流れる生きた人間だ。ご飯を食べれば眠りもする。悲しいことがあれば涙を流すだろうし、嬉しいことがあれば笑うだろう。私と同じなのだ。だからこそ、彼らに私ができる最大限のことを事をしようと思う。

しかしながら、リゾットに皿を渡した時、うっかり笑ってしまいそうになったのは、誰にも言えない秘密になってしまった。
リゾットがリゾット食べてる、だなんて。

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