夢小説「La mia utopia」 | ナノ


▼ 09

日付が変わって暫く。眠気と疲れで船を漕ぐ私を見て、プロシュートは私をそっと抱き上げた。ベッドへ連れて行くから寝ていて構わないと言われたが、どうにも恥ずかしくて逆に目が冴える。どうやら完全なる子ども扱いをされているが、これでも中身は成人して久しい身。とてもじゃないがこのまま身を委ねる事はちっぽけなプライドでも許せなかった。

「降ろしてください…恥ずかしいです…」

ちらりと私の顔を見て、そして彼はそっと下に降ろしてくれた。ひとごこちついたと安堵の溜息を漏らせば、とっととついて来いと先導される。
そうして辿り着いた部屋はあまりにも簡素で、ただ寝るだけと言った、最初に寝かされていた場所だった。

「ここ、プロシュートさんの部屋だったんですね」
「ああ。不満か?」
「いえ、意外だなとは思いましたけれど」
「ハッ。そうかよ」

さっさと寝ろよpiccola(おチビちゃん)とだけ言い残し、彼はまた下へ降りていった。

バフリとベッドに倒れこむと、木枠が悲鳴をあげた。このアパートに住んで、一体どれくらいになるんだろうか。彼らの身なりや部屋の様子、買い求める食材の状態から見ても、相当な低賃金で働いているであろう事はうかがえた。剥がれ落ちている壁や蝶番が壊れている窓を見て、何も思わないほど私も落ちぶれてはいない。そして私は彼らの少ない賃金の中で養われなければならないのだ。肩身がせまいどころの話じゃあない。

わがままは言わない様にしないと。節約だってしよう。漫画の世界とはいえ折角イタリアに来ているのだからと観光やショッピングも行っている場合じゃない。
なんにせよ今日はもう寝て、明日の朝に備えよう。朝食の準備と洗濯に、掃除もできればやってしまおう。私が今できる事といえばそれくらいなのだから。

綿がへたりきった枕に頭を預けると、僅かばかり香るタバコと香水の匂いに、また胸の奥がキュウと締め付けられた。

「プロシュートさん、かっこよかったな…」

あんなに完璧な人は、きっと世界中探してもそう多くはいないはずだ。金糸のような髪に長い睫毛、鍛えられた身体はバランスが良く、顔のパーツはどこをとっても彫刻の様に整っている。そして何より目の光がとても美しい。覚悟を持った男の目。

私のホームタウン・グローリーで、何が出来るか。
それはまだわからない。でも、どんなに苦しく険しい道のりだったとしても、彼らをもう誰も…誰一人として死なせはしない。
これは私がこの世界で生きる為の覚悟、そして希望だ。

物語が動き始めるまで、あと1年。
私の時計の針は進み出した。もう戻る事は出来ない。

「やると言った時には、もうすでに、その行動は終わっている…」

ギャングってのは、そういうものなんでしょう?

ゆっくりと微睡みの中へ身を投じ、そして完全に世界が遮断された後。私は夢を見た。
夢の中で、私はたった一人青空の下で真っ白な墓石を見ている。墓石は全部で9つ。それぞれの名前は見えない。後ろを振り返れば、胴体が仕掛け時計の様な物が漂っている。腕も足もないそれは一丁前に顔だけは仮面で表されており、首を傾げたりしていた。時折長針が歩を進め、すごいスピードで短針が巻き戻る。無茶苦茶な動きではあるけれど、それが一層私の異常さを表して際立たせている様に見えた。

「時間はそれほどないかもしれないけれど、きっとうまくやるわ。貴方がくれたチャンスだものね。失敗なんて、しない」

カチンとネジが巻き終わったような音で、私の目が覚める。
もしかしたら目覚まし時計代わりにもなったりして、と隙間から溢れる朝日が擽ったくて笑ってしまった。

prev / next
11/28


[ Back ]