夢小説「La mia utopia」 | ナノ


▼ 08

使われた形跡が薄いフランパンにオリーブオイルをひいて、まずはパンチェッタを焼く。次に溶け出た脂のなかで、野菜をしっかり柔らかくなるまで揚げるようなイメージで炒める。しかし時間をあまりかけてられないので、普通よりは少し浅め。ちなみにこれはソフリットといって、玉ねぎ人参セロリなどの香味野菜を油でじっくりと炒めたものだ。
さて別のフライパンでメインの肉を焼き始めよう。塩、こしょう、ナツメグでしっかり下味をつけ、強火で表面だけこんがりと焼く。かたまりにしてから焼くのがポイントである。ジュワッと香る匂いに、ペッシのお腹がキュルリと鳴った。
肉が焼けたら、ソフリットのフライパンに移す。肉を焼いていたフライパンのほうには、まだ肉のうまみがたっぷりと染み出して残っている為、ワインを入れて一度煮立たせる。それもソフリットへ投入して、あとはトマトペーストを溶かし入れ、弱火でコトコト煮込めばソースのできあがり。

「ペッシさん、パスタは茹で上がりました?」
「うん、お皿に盛り付けてあるよ」
「Grazie」

綺麗にとはいえないけれど、盛り付けられたタリアテッレにソースをそれぞれかけていく。ペッシの所だけちょっと多めに。イルーゾォの分も用意したけれど食べて貰えるかは微妙な所だ。
仕上げにオリーブオイルを掛けて、パルミジャーノをたっぷり削れば完成。ボロネーゼは簡単で美味しいから、前もよく作っていたなと思い出す。

大人数で座れるテーブルはないようで、仕方なくお皿は手渡し。行儀が悪いとは思うけれど、そもそも私はそれほどマナーに厳しくない方なので逆に気楽だった。それ以上になんだかお泊まり会の様な雰囲気さえ感じて、楽しくなってきている。

「いただきます」
「?あー…いただきます…?」
「ジャッポーネの食前の祈りだな」
「やめたほうがいいでしょうか?」
「いや、かまわねぇだろうさ」

そう言ってイタダキマスと真似をしてから食べ始めるジェラート。ソルベはそれをみて、ニッと私に笑いかけてからフォークをパスタに差し入れた。ペッシは既にもぐもぐと食べており、ぅんまぁい、とどこかで聞いた様な感想を口にする。そしてプロシュートは優雅にワインなど開けて、まるでフルコースを食べている様な様子だった。

「美味いじゃねぇか。これは明日からが楽しみだぜ、なぁペッシよ」
「兄貴も気にいるなんて、すげえや名前!」
「ふふふ、ありがとうございます」

嬉しい気持ちをそのままに、私も温かいうちに相伴へ預かろう。ほろほろと崩れて肉汁が広がる出来の素晴らしさに、自分でも100点をあげたくなった。
記憶の片隅にも残らない様なくだらない事を話しながらのんびり食べても小一時間もすればそれも終わる。今はワインボトルが数本床に転がって、男4人は上機嫌。ペッシだけはワインを飲まなかったらしいけれど、楽しげにするプロシュート達につられてへらりと笑っていた。
私はといえば食器を洗おうと席を立って空いた皿を回収している所だ。ついでにツマミでも出してあげようかなと考えていると、鏡の前にも空いた皿を発見した。どうやら食べてもらえたらしい。くふふと喜びを胸に、素知らぬ顔でその皿も下げてしまう。

そして困った事に、調理するだけなら背伸びをすればよかったキッチンは、後片付けとなるとそうもいかなくなってしまった。年齢が若返ると同時に、それほど高くなかった身長が更に小さくなってしまったため、深いシンクを使おうとすると、台を探さなければならない。ワインの木箱でいいか、と隅に放り出されている空き箱をひっくり返し、登ってみればぴったりサイズ。良かった良かったと、シンクへ食器を全部入れて、水を少しだけ張る。そこへ洗剤を垂らして、その中でかちゃかちゃと洗った。
一応一揃えキッチン用品があるのは誰のおかげなんだろう。

時折ワハハと響く笑い声に耳を傾けながら、すすいで拭きあげた皿を棚へしまっていく。ついでに汚れたまま積まれた鍋などもすっかり洗ってしまって、最後にキッチンを洗い上げておしまい。フゥとうっすら滲み出た汗を拭って、心地よいまま木箱から飛び降りる。
しかし着地した時、脇腹に鋭い痛みが走りそのまま崩れ落ちてしまった。そういえば私怪我してたんだったと今の今まで忘れていた事に笑ってしまう。

「大丈夫かい?」
「ええ、怪我してた事忘れてしまってたみたいです」

酔っ払ってないペッシだけは気付いてくれた様で、ワタワタとこちらへ駆け寄ってきてくれた。差し出された手にもう怯えも遠慮も見当たらず、それを私は迷う事なく掴んだ。

「ありがとうございます」
「Prego(どういたしまして)」

少しだけ幼い笑みを見せる彼は少し照れ臭そうだった。

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