×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


人間の様に何度陸を歩きたいと思ったことか。生まれながらに人魚なため水中の生活しか知らない私は子供の様に陸での生活をずっと夢に見ていた。けれど成長するにつれて、そんな夢見る生活は実現不可能と気づき始め、いつしかそんな夢すら思い出さない様になっていた。だけど私は水中から顔を出しホグワーツの生徒の生活を覗き見るのがすごく好きなの。あの子はいつもベンチに座って1人で本を読んでいるのだけれど、実はその本に隠れてお菓子を食べているのだ。あの子は同じ時間に通る男子を影から見つめてるだけ。どれくらい日常を観察しているかと言うと自分の髪や肩が乾いてるぐらいにだ。日が落ち始めると私は水中に戻りまた明日も楽しいホグワーツ生を見に行こうと目を瞑った。
次の日は残念なことに雨だった。雨の日はあまり生徒が出歩かないから観察する人間が居ないから、ただホグワーツ城を見ているだけになる。「こんにちは」と声をかけられた。そこには木の下にいる男子生徒が私を見つめていた。『こ、こんにちは』生徒と会話をするのは初めてではないけれど、何年ぶりの会話だから緊張で声が上擦ったことに恥ずかしさを覚えてしまう。ヒレをゆっくり動かし生徒に近づくとそれが合図のように生徒も濡れた地面に腰を下ろして、どうやら私が近づいてくることを待っているようだった。

「こんな雨の日に何を見ていたんだい?」

雨が降っていてもすごく聞き取りやすい声がすとんと落ちてきた。よくここの生徒が人魚は男女とも美形だ。と言っていたが私はこの生徒の顔を見てそれは違うよ。といつしかの生徒そうに言いたくなった。人間の方がすごく綺麗だ。

『…今日は雨じゃない。生徒があまり出歩かないの。だからホグワーツを見ていたのよ』

恥ずかしさのあまりに少し冷たい言い方になってしまったが生徒は気にしてないようで、少し笑っていた。この生徒は雨が降っているのに不思議と肩が濡れていない。よく見ると髪も綺麗なままだ。これが魔法と言うものだろうか。

『…ホグワーツの生徒話すのは何年ぶりかしら。話しかけてくれてありがとう。』

「僕も今は人間以外の者と話したい気分だったんだ。君はいいね。水中はさそがし素晴らしい住み心地だろう。」

『いいえ、そんなことはないわ。私からすれば、陸の世界での暮らしが羨ましい。だって髪を整えても流れに乗ることはないんですもの。』

「お互いに無い物ねだりだね。」と生徒は悲しそうに呟いた。雨で体が冷えるといけないからそろそろ戻ったら?と言いたかったけど、まだこの生徒と話したい自分の身勝手な望みでその言葉をかけることはなかった。どうやらこの生徒は少し疲れたことが会ったらしく誰もいなさそうなところに来たかったようだ。20分ぐらい話しただろか。生徒は腰をあげると別れを告げ踵を返した。

『また、気が向いたら話に来てくれる?』

「…そうだね。気が向いたらね」

何も考えてない浮ついた顔でそう言った名も知らない彼の横顔はやはりすごく綺麗だった。それから待てど待てどあの生徒は一向に来ることは無かった。どれくらいたったのだろうか。あの頃の見た頃の彼の顔はもう大人と言っていいほどに変わっていた。あのあどけない顔つきは妙に気に入っていたのに。彼は私に頼み事があると言いだした。

「人魚の血を、分けてくれないか。」

人魚の血。そう、私たちの血は外見を若さを変わらず保つという作用があるのは昔から知っていた。たまに人間が巫山戯半分で人魚の肉をくれと言うことはあったが、まさか血が欲しいだなんて言われるとは思わなかった。この人魚の血が私たちには通っているから死ぬまで人魚はこの若さを保ってられるのだ。初めは冗談かと思ったがあまりに彼が真剣に私の瞳を覗くから私はいいよ、と約束を取り付けてしまった。彼は慣れたような手つきで「ごめんね」と言いながら私の人差し指をあっという間に小さくスっと切ると試験管を指先にあて、赤に近いピンク色の血が試験管を伝い溜まっていく。彼はハンカチで止血すると棒を振り私の指あっという間に傷口が塞がってしまった。試験管にコルクで蓋を閉めると大事そうに懐へとしまった。私の、あの血を彼は飲むのだろうか。それを想像すると顔がふわりと熱くなるのを感じた。
「人魚に触ったのは初めてだけど案外暖かいものなんだね。」
『あなたの、手は水中に居ないのにすごく冷たいわ。』
「そうかい?水中よりもこっちの方が寒かったりするからね。」
それから彼は私の元に度々顔を出すようになった。けど、見た限り彼はいつも1人だった。いつだかここから見えるホグワーツの廊下を観察していたら、あの彼は仲良さそうな生徒2人を睨みつけるように見ていた。その冷たい眼に体が冷えていく気がした。ある時彼がここへ来た時に質問してみた。
『あなたは、人間が嫌いなの?』
彼は酷く驚いたようで「そうだね。人間は嫌いだよ。」と水中を見ながら零した。
『あなたがよければ私はいつでも私の世界に歓迎するわよ。』
愛想笑いを浮かべて彼は「ありがとう、けれど僕には水中で長いこと息をする術がないからね。」と残念そうに私を見た。
『私はね、小さい頃陸の世界に憧れてたの。今はそんなことないけど、やっぱり心の奥底では少し今でも憧れがあるの。あなたはホグワーツを出たら好きなことができるんでしょ?いいなぁ。』
「よかったら、僕が君をその小さな世界から運び出してあげようか。いつだかのお礼に」
冗談でも嬉しかった。どのくらい広いか分からないこの世界を見せてあげると言われ私は舞い上がった。
『ありがとう!そうなることを待ってるわ。』
それからも彼はホグワーツから出ていくまで毎日のように顔を出して他愛のない話をしては戻っていった。あれから私を連れ出す話は一切なかったのでやっぱり冗談だったんだ。少し残念な気持ちになった。
結局彼はなまえもおしえてくれずにホグワーツを去ってしまった。正直言うとすごく寂しかった。あれだけ毎日話していれば情も映るし、そして私の会話相手がいなくなってしまったのが残念でならない。私は毎日しくしくと泣いてしまって、この湖の水かさが増えないか心配したぐらいだ。その瞬間私の周りに円を描くように光の柱が私を囲んだ。『え、え、え、』動揺してるのもあったし、光の円に囲まれて怖かったって言うのもあって身動きが取れずにいた。湖の水と共に私はどんどん空へと舞い上がり上昇していく。怖くてちゃぽんと水中へと潜ると地上が見えていて、私がいた水中は何事もなく帰ってくるなと言われているようだった。ゆっくりと顔を出すと、私は息を飲んだ。こんなに間近で星を見たことはあっただろうか。すごく綺麗だ。こんなに星は綺麗だったんだ…。
「すごく綺麗だろう。」
そう空に浮かんで私をにこにこ見ていたのはあの彼だった。
「約束したでしょ。あの狭いところから連れ出すって。待たせてしまったね」
『私、名前って言うの。』
彼は綺麗な名前だ。と言うとゆっくりと空中を進め始めた。これから彼はどこに連れて行ってくれるのだろう。わくわくする胸をぎゅっと抑えて私は彼の名前を聞いてみた。


20201111