×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




『あっ!…ごめんなさい』

私の肘によってインク瓶が床に速く落ちていった。それは床に黒い溜まりを作りどくどと拡大して行った。私はしゃがみ手が汚れることを気にすることなく拾い上げた。

『本当にごめんなさい。これ私のだけどよかったら使ってください。』

顔を見ることなく相手にインク瓶を押し付けると私は杖を振りインク溜まりを消すと、罪悪感からその場を立ち去った。真っ黒なインクは私の両手を染め、手の内側に侵入してきそうだ。水で落ちるかな?と小走りしながら廊下の角を曲がると角から少しだけ肩が見え、ぶつかる!と思う前に見事に私の体はぶつかったのだ。「大丈夫?」と手を差し出され私は『ごめんなさい』と言いながら手を取り立ち上がった。顔を見るとあのスリザリンで有名なトム・リドルだった。私はすぐさま手をひっこめ頭を下げた。その視界に私に差し出した彼の手が黒いインクで染まっていることに気づいた。
『あ、あの、その。インク…ごめんなさい。よく考えて手を取るべきでした。』
トム・リドルは自身の手を見つめ優しそうに「大丈夫だよ。」と呟いた。
「君は両手も真っ黒だね。」
恥ずかしくなり私は腰の後ろに両手を隠し、1歩後ろへと下がった。ハッフルパフとスリザリンが話していると好奇の目で見られるに決まっている。なによりこんなにホグワーツで有名な人と一緒にいると私の存在がゴミのように見えてその場からすぐに走り去りたかったがトム・リドルはそうはさせてくれなかった。
「インクは中々落ちないんだよ。」
『そう、ですか…。本当にごめんなさい。』
「君は謝ってばかりだね。」
ごめんなさい。またそう言いそうになり、私は口を噤んだ。トム・リドルは杖を取りだし自身の手に何かを呟くとあれだけ黒く染っていたインクは容易く消えてゆき、元通り綺麗な手に戻った。私もお願いします。とは言えず、『よかった。魔法でなんとかなるんですね。ご迷惑をおかけしました。』と彼の横を通り過ぎた。トム・リドルは何か言いたそうだったが、見て見ぬふりをして私は寮へと戻った。
気づけばもうインクはカピカピで少しだけ手が開きにくい。日常生活には支障はないが、黒は目立つからそれだけが困っていた。あまり友達がいない私はあのトム・リドルが使っていた呪文の事を誰にも聞けずに夜が更けていった。
朝起きてもやはり手のひらは黒いままだった。水で手が赤くなるまで何回も洗うがほんの少しだけ薄くなった気がした。トム・リドルにあの呪文の事を聞くのは腰が引けた。何故ならばよく噂を聞くからだ。トム・リドルに話しかければスリザリンの女子たちに袋叩きされる事を。蛇寮VS獅子寮ならまだしも…。あ、そうだ。梟に頼もう。手紙を出そう。私は生まれて初めてまだ自分の名前も教えていない人に手紙を出したのだ。ただ何日立っても返事すらない手紙にちゃんと私の少しだけ間抜けな梟はちゃんと彼に手紙を届けてくれたのだろうか。どんどん手のひらのインクが私の手に吸収される感じがしてもうこのインクは落ちないんではないかと不安に思うことが多くなった。もう一通。もう一通だけ。これで返事がなかったらもう諦めよう。全く減らない便箋の束から綺麗に1枚便箋を手に取ると羽根ペンを立てた。
『今度こそ、ちゃんとやるのよ。』
前回手紙の返事が来ないのはこの梟のせいにして心を軽くした数日は手紙が来ないことにまた不安を覚えたがやはり何日たっても手紙は来ない。もう諦めよう。うつむき加減に次の授業へと足を運んでいる最中大広間の入口付近にトム・リドルが本と向き合っていた。見る限り彼は1人の様で、私は今なら話しかけれるかもしれないと大広間に近づくと、後ろから走ってきた生徒に追い抜かれトム・リドルへと話しかけている。すぐさま方向転換をしてまた逃げるようにその場から去った。また次の日も同じ場所でトム・リドルは1人で本を読み耽っていた。今度こそと近づくが心臓が高鳴りまた私はくるりと後ろを向いてその場から立ち去った。ただ、ただあの呪文を聞くだけなのに、ただそれだけなのに何故私はトム・リドルに話しかけれないのだろう。ああ、神様。どうかトム・リドルに話しかけれる勇気をください。

20201111

「ねぇ、目に入る場所でわざわざ話しかけやすいように1人でいるのにいつ僕に話しかけてくるわけ?」

彼の目は笑っていなくて私は
喉をごくりと鳴らせた。