novel | ナノ

世界

世界は最初、闇しかなかった。

それが本当に世界なのか、世界として成立していたのかさえ危うい。
そんな世界は、闇から混沌へと変わった。混沌は闇を切り離し分離し、新たな空間を作った。
そしてその空間は物事が存在出来る空間となっていき、一番最初に太陽が出来た。

太陽は光となり、ただただそこで照らした。けれども世界には太陽しかなく、太陽はひとりだった。長い長い間、太陽は闇を照らしていた。そんなある時、太陽は叫ぶ。
「つまらない、つまらないつまらない、つまらなぁい!どうして誰もいないのだ!?誰かがいればその人を照らせるというのに!そうすれば、きっと楽しくなる!とっても素敵になるはずだ!」
ふと、太陽は気付いた。
「そうだ、私はきっとその誰かを照らす為にここにいる。なら、私はそのモノを精一杯輝かせよう!私の力によって照らされるそのモノは、きっと私の力になるだろう!そうだ、まだ始まっていないのだ!」
太陽は願った。世界の未来を、世界の始まりを。胸を踊らせ、心を晴れやかにして。
「そうだ、希望だ!希望が欲しい!私とともに世界を創造出来る、希望!この世界を導く、望み、望まれる存在だ!それは世界の礎となり、始まりの始まりに相応しいだろう!」
その太陽の願いは、届いた。

太陽が願った時、小さな光が太陽の前に現れた。とても不安定な、けれどもそこにいる事を主張する強い光。光はいずれ形を作り、生まれた。
「初めまして、太陽。沢山の祈りと、願いを有難う。僕は貴方が願った希望だよ。僕がいれば大丈夫。僕は、貴方の希望だ。一緒に世界を創ろう。僕は全力で貴方を支え、幸せにするよ。」
優し気な印象を受ける柔らかい笑みと共に太陽を見つめる。希望というモノの、太陽を真っ直ぐ見つめる目は、正しく希望で溢れている。
太陽は、暖かくなった。なんとも言い難い、今まで知らない暖かさだ。
太陽は確信した。世界は素晴らしいモノになると。予感でも、祈りでも、願いでも無い、強い強い、確信だ。
「初めましてだな、私の世界よ!新しい意志よ!私はお前をいつまでも、輝かせよう!」
太陽の笑顔は、眩しかった。

希望が現れた暫くもしない内、太陽には理想を叶えるチカラがあるのだと希望は悟っていた。太陽の希望から生まれた存在だからこそ分かった事だろう。
「太陽の理想が僕なら、僕は存在し続けなくちゃいけないね。太陽が輝く限り、世界は尊いんだから。そして、僕が僕として存在出来るんだから。太陽の輝きを、意志を、想いを僕は受け止めたいな。」
「お前はおかしな事を言うな!ならば、お前が希望を作り出す場所を作らねばいけない!」
太陽がそう言えば、青い球体が現れた。美しい深い青、重い重圧感、そして凄まじい程の存在感があった。希望はその球体に降り立ち、太陽を見る。中々太陽と距離はあるが、太陽の光は問題なく降り注いでおり「流石だな…。」と呟いた。そして、その降り立った周りを見渡す。広大な土地、青い青い、どこまでも続いていそうな水、そして鮮やかなまでの空。これが世界、これが太陽が望んだ、場所。
「ここは地球と言う。そして、お前が希望だ!」
いつの間にか隣にいた太陽が、眩しい程の笑顔で言った。
「太陽は凄いね、本当に世界を創るんだから。」
「何を言う。私はお前の話を聞き、それを具現化しただけだ。この世界を創ったのは紛れもない、お前だ!」
そう言い、希望の頭をぽんぽんと撫でる。希望はそれだけでも満たされた。太陽と共になら、いつでも希望を謳い続けられるだろうと心底思えたのだ。
「だがすまない…どうやらチカラの使い過ぎか、眠くなってきた。」
気付けば周りは薄暗くなっていた。
それ以降、太陽は眠りが必要になった。多くのチカラを使ったのだから、当たり前だろう。そして太陽が眠っている間は、光が全く入らず真っ暗になる。
太陽は、太陽が眠っている時を夜と、そして太陽が目覚め光が届く時を朝と呼んだ。
「……真っ暗だ…。」
大地と空の境界も分からないほどの真っ暗。太陽が眠っているのだから自分しかいない。音も光もない時。それは希望にとって相当堪えた。
「……太陽は、僕が生まれる前ずっとひとりだったんだよね…。」
希望の目から、自然と涙が流れた。
気付けば朝が来ており、太陽は目を覚ましていた。太陽は希望を見て驚く。希望の涙が収まらず、寧ろぼろぼろと大粒の涙となって零れ続けているからだ。太陽は困った様な笑みを浮かべながら一つ溜息を吐けば、希望の髪を乱雑に撫でた。
「一人にしないでと、私を責めないのか?」
「太陽が疲れるのは、僕のせいなんだから…言えないよ。」
「お前の為ではあるが、お前のせいでは無いだろう。」
「僕のせいだよ、僕のせいじゃないか。」
だんまりになった太陽に、希望はただただ自分の不甲斐なさを、そして自分を嘆いた。太陽は空を見上げれば、視線を落とす事無く一言零した。
「希望、お前は私の夢でもある。」
その言葉の意味を希望は分からない、けれども「大丈夫だ。」と言う暗示の様に聞こえ、不思議と胸が満ちてきた。ふと太陽は創った地球の地面をたんたん、と音を鳴らした。
「そろそろ起きたらどうなのだ、星よ。」
まるで悪戯っ子にそろそろ許してやれと言う様な声音だった。

「さて、私はもう眠るとしよう!」
早々な就寝を告げる太陽に、希望は焦った。
「待って、太陽!」
太陽を追おうと踏み出した希望の前に、ぱちんっと小さな火花の様な音を立てて太陽と似ているモノが現れた。膝を抱え、何かに守られている様に眠っていた。
それを希望は眺めていた。闇はすぐそこまで迫っていた。希望は残った少しばかりの理性によって、そのモノに手を伸ばす。闇が完全に包もうとした時、そのモノが目を覚ました。
瞬間、そのモノの頭上を中心に真っ暗な闇だと思われた空に数え切れない程の小さな光の粒が円を描く様に広がった。
太陽の様な大地を輝かせる様な雄大な光では無いが、その光は静かでもしっかりとした光を放ちている。一つ一つは小さいが、無数の光はとても美しく、明るい。光源の輝きや大きさは様々ではあるが、それがとても綺麗であった。
「……君、だぁれ?」
寝起きの呂律が回っていない口調で希望に向けられた言葉。その言葉に、希望は太陽の早々の就寝の理由、そしてこのモノが一人の自分を支える為の存在である事、この夜空に光る光の粒の原因であるという事が。そして太陽が呼んでいた星とは、このモノなのだと。
希望は再び希望を手に入れたのだ。それは勇気とも希望は呼んだ。
「有難う、星、君のおかげで夜も怖くなくなったよ!」
「え、あ、どーも…?」
まさに感無量な希望は星の手を取り、強く握った。状況を上手く理解出来ていない星は曖昧な返事しか出来なかった。ただ握られている手に気恥ずかしさがあるのか、肩をすくめて若干視線を逸らしている。
希望はこれからが楽しみでなかった。この生まれたてのモノに何を伝えよう、何を伝えられるだろう、暗闇の中星が生まれた事によって無数の光が生まれた瞬間の感動をどう伝えよう、この世界の劇的な誕生をなんと伝えよう!
陽の光の元に生まれた、夜を輝かす満点の星はただただ無表情に近い表情で希望を見つめていた。

さて、ここで問題と言うのだろうか、太陽が眠りが必要な様に、星にも眠りが必要だったのだ。星は夜空を輝かす無数の光だけでなく、この世界である地球も星であるのだ。それによって多くのチカラが必要であり、負荷もあった為に眠りが必要なのだ。さらに星は地球に太陽がどこも降り注ぐよう回り続けたのだ。それによって星は太陽に会えていない。
陽の光が注ぎ、朝が来ると太陽が目を覚ます。
「ねむい…。」
星はぽつりと呟いた。太陽の光を受けて輝けるが、やはり眩しいようで目が眩みそのまま眠る。
そんな2人に希望はせめて、と思い朝と夜、2人がそれぞれ起きるタイミングに合わせ活動していた。希望に眠りは必要でないからこそ出来た事だろう。
そんなある日。
「ねぇ、希望…太陽って、どんな人なの…?」
淡々と星は希望に問う。そしてその口調のまま続ける。
「ぼくは眩しすぎて近付けないし、ぼくが起きてる間は寝てるんでしょ…強さの中に、暖かさがあるのは分かるんだけど、分からないの…ぼくの声は、どうやっても届かないんだね…。」
そして夜空を見上げる。その星の顔はどこか寂し気で、希望も悲しくなった。自分が出来る事は何なのか、必死に頭を動かし考えた。そして希望は、星の傍にいる事を誓った。眩しさに眩んでも、自分は星の近くにいようと…。
「いや、それでは根本的な解決にはなっていないであろう。」
希望の決意は太陽に呆気なく言われた。確かにその通りなのだが、希望にはこれ以外どうすれば良いのか分からなかったのだ。そんな希望を見て太陽は一つ呟いた。
「希望、お前をもう一人というのはどうだ?」
意味が分からないと首を傾げる希望に、太陽は「私も上手くは言えぬ!」といつもの眩しい笑顔で言った。けれども希望は、新しい意志が増える。ただそれだけの事実にとても嬉しくなった。
夜が来ると早速星の元に行き、太陽と話した事を話す。
「……ぼくは、構わないよ…それが、太陽さんが言う事なら…。」
その言葉に嬉しくなり、希望は星を強く抱きしめた。

そんな会話をした翌日、と言っても星が眠り太陽がまだ少し目覚めていない間に希望の前に柔らかい光が現れた。
希望の願い、その願いをカタチに変える太陽のチカラ、そして触発された星の思いが交わった、希望から出来た新しい意志。この世界を素晴らしいモノにしたいという、強い強い願い、欲望だ。欲望は伏せていた目をゆっくり上げ、目の前の希望を見ると口を開く。
「オレは欲望だ。アンタらの良い願い、悪い願い、全部がオレだ。けど綺麗なモンだけ聞かせろ。オレはアンタらを幻滅したくねぇからな。」
睨みをきかせ荒い口調でとても可愛らしい事を言う。そんな欲望を前に、矢張り嬉しくなった希望は「初めまして、有難う!」と声を弾ませて言い、そして自分の希望の綺麗な欲望でいっぱいの世界の話をした。それは未来へと続く希望の布線だった。欲望は、希望の話を何も言う事なくただただ聞き続けた。

欲望が生まれた事で太陽と星の睡眠時間は短くなった。けれども、どちらのチカラもまだ完全では無い。希望や欲望といった概念である無形なモノは定期的な眠りが必要ない為、必然的に一人の時間は出来てしまう。大抵は太陽か星、どちらかの方にいれば一人ではないのだが、どうしても世界の未来についての話になる。希望は明るい、キラキラした事ばかりを考えるから構わないだろうが、欲望は違った。悪い事なども考えてしまい、どうしても太陽と星とのやり取りを苦手としていた。そして、同時期ぐらいから欲望はある事を思う事が多くなった。
「…傍にいてくれる存在が欲しいな…。」
普段の欲望らしい荒い口調では無く、ただ不意に零した独り言の様な声音。けれどもこれは確かに欲望の願いであった。
「オレが増えた事で太陽と星の睡眠時間が減ったんなら、また増えれば更に短くなるんだろ。」
それは余りにも単純で単調な考えだった。望むなら何モノにも左右されない意志。眠りを必要としないモノが良い。そんな事を考えながら、欲望は太陽の元へと行く。
「出来んだろ、もう4つもいるんだから。」
いつもの荒い口調。太陽は目を瞬かせた後、にっと笑えばかなり乗り気にこう言う。
「頑張ってみるか?」
そこからは早かった。太陽が真上に来た瞬間、同時に生まれたらしい。そして一本の光の線が真っ直ぐ、物凄い音と速さで欲望の前に落ちた。
「こんちはーっ!!あはは、皆サンの願いとチカラ、あざーっス!!仲良しこよしで良い事っスねー!!」
落ちたと認識した間髪入れず、目の前のモノは太陽とは違うも負けない程の眩しい笑顔と共に、元気という言葉では足りない程の大きさで挨拶してきた。
「お前が望んだ、いのちだ!」
硬直する欲望をよそに、太陽は眩しい笑顔で言う。欲望は未だ追いつけていないらしいが、新しい意志が出来たという事を何とか理解した。
ずいっ、と目の前に手を伸ばされる。その手の主は先程生まれたいのち、だ。
「初めましてでっス!欲望サン!!」
にぱっと笑いながらこれまた元気(では足りない)な声で躊躇無く欲望へと手を伸ばすいのちに若干気後れしながらも欲望は手を重ね、握る。その感覚はとても不思議なものだった。とても。

そして、いのちが生まれた事により星と太陽は定期的な眠りが必要無くなった。いつでも眠れ、存在を保てる様になった。その事により、星はやっと太陽に会う事が出来た。
「…初めまして、太陽さん……ぼくが、星…。」
まだ緊張気味な星に比べ、太陽は「私も会いたかったぞ!」と元気良く言い手で星の背中をバシバシと叩く。星は小さく「うるさい…。」と呟いたのは、欲望にしか聞こえなかった。

それから欲望はいのちと共にいる事が増えた。欲望にとっていのちの傍は居心地が良かったのだ。そうすれば自然と会話も増える。そんな時、欲望は「なぁ、」で始まり「アンタって何なんだ。」と気遣いもへったくれも無い変わらずの口調で問う。その問いかけにいのちはまぁるい目を更に丸くして答える。
「俺はいのちでっス!!」
「太陽もそう言っていた。でも漠然とし過ぎていて分かんねぇんだよ。」
「んー…つまりっスねぇー。」
表情は笑顔のまま、たどたどしく話し始めた。
難しいので要約すれば、欲望が望み生まれた新しい意志、いのちは命そのものだったのだ。欲望の願いと他のモノ達のチカラを少しずつ受けて生まれた意志、それがいのちらしい。故に他のモノ達の記憶が情報としてあるらしい。欲望はいつもの鋭い眼を珍しい程に丸くして、一瞬思考停止してしまう。
「……それは、大丈夫なのか…?」
やっと絞り出した言葉にいのちは表情を少し固くするも「んー…まぁ…。」と曖昧な返事をする。そして欲望は気付く。これは自分のせいなのだと。
自分の単純で単調な考えが生んだ結果がいのち。前に希望から聞いた暗闇と静寂の恐怖、太陽の長い孤独、星の不安な思いや寂しさ、それら全てをいのちは知っているのだ。命は命からでしか創り出せない、これが命の重さなのだ、命の代償なのだ。
ごめん、という言葉は出なかった。
「でもでも、星サンが生まれた時の空すっっっごく綺麗でした!!それに、太陽さんの暖かさや嬉しいーって気持ち、希望サンの勇気や思いの強さ、そんで」
いのちなりのフォローが痛々しかったと思った時、不意に欲望の方へくるっと回る。
「そんで、欲望サンのめちゃくちゃ優しい気持ち!!!すごいです!!」
何の曇もない、純粋な笑顔。心から思ってるからこそ、言えるのだろう。欲望は気付く、このモノは嘘を言わないのだと。ただ思った事を言う。真っ直ぐに伝えるのだ。

いのちは言うならばバランサー。他のモノ達から溢れているチカラをいのちを介して還す。不安定な存在を安定にしていき、土台を適切なモノにする。
ただいのちが他のモノと決定的に違うのは、意思ではなく無意識による事だという事。聞こえは良いかもしれないが、それはとても危険な事だった。第三者のエネルギーを必要とする、自給自足が出来ないいのちは文字通り他のモノ達がいなくなれば生きてはいけない。増える分には問題は対象が増えるというだけなのだが、その中で誰か1つでも消えてしまえばバランスを失い存在出来なくなり、消える。そして、それに合わせて新たな命が生まれ、いのちではないいのちが生まれるのだ。だから、このモノが最後の1つになるという事は、ならない。なれないのだ。
「俺は、皆サンの命の結晶なんです!!」
くるりと踊る様に周りながらいのちは言う。いつもの笑顔で。
「アンタは、すげぇのか?」
「さぁー?」
手を横に広げてくるくると周りながらあっけらかんと答えるいのち。数歩歩いた所で止まり、「でも、」と続ける。
「だからこそ俺は皆サンのチカラになりたかったんです。皆サンがいるからこそ生きていける俺だからこそ、皆サンのチカラになりたかったんです。」
欲望はいのちの背中を見つめる。その背中はとても小さく、哀しかった。そして欲望は気付く。
無意識によって誰かのチカラになっており、いるだけで良い存在で、それが逆にいのちを苦しめているのだ。希望を謳う希望とは違い、いのちは皆の為に何かをしたいという純粋な欲望。それが美しく、心地良かったのだ。欲望がいのちに対して感じていた心地良さはこれだったのだろう。

「正直に言おう。私はこれ以上新たな意志が生むのは迷っていた!」
「…いきなりのカミングアウトだな。声のボリューム落とせ、いのちが起きる。」
「すまないな!」
太陽の元に来て、いのちはすやすやと眠った時不意に太陽は言った。聞けば、意志が増えるという事は希望と同じく欲望も増える。眠りの解消と欲望の増加を天秤にかけた時、欲望のバランスを懸念を抱いていたらしい。
「けれども、どうやら私はお前を甘く見ていたようだ。」
そんなのは嘘の癖に、と内心思いながら欲望はふぅん、とだけ返した。そんな態度にどう言う訳もなく太陽は続ける。
「命というのは何モノにも左右されないが、様々な影響を受けやすいからな。守ってやらねばならない、けれども守り過ぎてもいけない。そういうモノなのだ、お前が望んだモノは。」
と言えばくるりと欲望の方へ顔を向け、「お前は出来るか?」と問う。その問いに「オレは…」と言葉を濁らせてから自分の膝の上ですやすやと眠っているいのちを見る。
「……どうだろーな…けど、やってみてぇ、かな…。」
曖昧だが強い気持ちのある声。それを聞き太陽は頬をほころばせて「良かったな!」と言う。欲望が間髪入れずに「何がだ。」と問えば、
「お前、嬉しそうだ!」
「………気のせいじゃねぇの…。」
そうかもね、という欲望の呟きは、眩しい空の中へと消えた。

「いのち、余り走ると転ぶぞ。」
「だっいじょーぶでっスー!!…ぶべっ!」
夜空に星が輝く日、星の元へ行き散歩をしていた。テンションの高いいのちはテテテッと早足で歩き、それを注意する欲望の声も虚しく盛大に転ぶ。
「あーあー、言わんこっちゃねぇ…。」
「……いのち、大丈夫…?」
「だいじょーぶいっ!!あっでも鼻血出たっぽいデス!地面に赤いのあります!」
「馬鹿。」
いのちのけらけらと笑って告げられた事に欲望はコツン、と本当に弱く小突いてからその血を拭う。
「……足場、やっぱり悪いね…夜だと暗いし……。」
「アンタ、もっと頑張れねぇの。」
「……無茶……これでも、いっぱいいっぱい…。」
まぁ仕方ないか、と言いかけた時いのちは口を開く。
「なら、夜でも大きく輝けるモノがいたら良いですね!!」
その言葉に欲望と星はいのちを見てから、互いに目をやる。
「……大丈夫、なの…?」
「平気だろ、もう5ついるんだし。」
「……なら、いのちが転んでも、痛くない様にしたい…。」
そんなこんなで、新しい意志は快諾された。希望も呼びどんな存在にするか考え、太陽の元へ行く。
「構わんぞ!しかし、意志も多くなった事だ、これで最後にするぞ!」
その条件の元、新たな意志を創り出された。太陽と星を繋ぐ存在、太陽の光を受け輝ける存在、決してひとりにはならない存在、この世界を巡り、導きを与える存在。
月は、太陽へと至る道標である。
「すごいですね……このモノは、皆サンの優しさによって生まれるんです…。」
祈る様に自分の手を握るいのちが、小さく呟く。
皆の優しさを受け、大きな光の中から舞い降りてきた月は皆の前へ着地するとゆっくりと目を開ける。
「はじめましてぇ、月だよー。良く分からないけど、とりあえずひとりにはしないでねー。」
開口一番がコレである。
いのちを除いた他4つは皆、最後に凄いのきた。と思った。
へらりへらりと笑いながら月は続ける。
「ボクね、誰かが傍にいないと嫌なんだー。甘えたいもん。でも、バランスは守って欲しいなぁ。構い過ぎは流石にーってね?まぁ、そんな感じかなー。」
そしてへらへらとした笑みを止めれば皆を見て、にこっと笑う。
「宜しくねー、みんな」

月の誕生。それはこの世界の最後の大仕事だった。
月が生まれて数日経った日…希望は星の元におり、なんとなく呟く。
「月は皆から産まれてくる事を望まれていた、こんなに素晴らしい事は無いだろうな。」
「……?ぼくたちは、一応、皆望まれていた生まれたんじゃないの…?」
その言葉に星は首を傾げながら聞く。
「……そうだな…そうだ。」
珍しく俯く希望に、星は何も言わなかった。太陽の願いの延長線上で生まれた希望は少し状況が違う、そう言いたいのだろう。しかし星にとってそれはどうでも良かった。
「……一人の時間、本格的に、無くなるね…。」
星はフォローも何も無く、思った事をそのまま言う。そして希望はまた少し間を置く。
「……そうだな。ひとりでいる時間は少ない方が良い。特に、光が無い時間は。」
「……そう…。」
星は、何も思う事無く雑談として返事をした。

月は甘えたいと豪語した通り、甘え上手であった。表情の変化も多く、愛され方を知っていた。そんな月だからこそ、月を世界を創造する1つのモノとしか思ってなかった。少なくとも、星は。
ある時、月は星に言った。
「ねぇ、星くん…なんでボクには、光が当たらないのかな…。」
星は月が何を言ってるのか分からなかった。
「……何、言ってるの…光、当たってるじゃん……。」
「当たってない、ボクには当たってないよ。もう一人のボクは太陽くんの光を受けて星くんに送ってるのに、なんでボクは暗いままなのかな………ボクは、何の為に生まれたのかな?」
その時の星は、「月には半分しか光が当たらないのが、嫌なのかな。」としか思わず、同時に「構って欲しいのか。」と解釈したのだ。星の存在理由は太陽の創る未来の礎の一つである事。暗闇に心と足を取られない様に道行く人、希望を導く星になる事だ。地球と呼ばれるこの場所も太陽の光がとどかぬ場所はあるもそこは星が照らす。案外自給自足が出来ているのだ。それを不安も不満も違和感も無かった。だから星は百パーセントの光の価値が分からず、自分で光を作れない月の初めての危うさを星は気付かない振りをしたのだ。
けれど星を中心に活動する月に、太陽の光が当たらない暗い範囲があった。それは徐々に増えていき、ある日月に全く太陽の光が当たらなくなった。それは本当に暗くなり、月が出来る前はこんなに暗かったのかと誰もが思った。
そして、月がいなくなっていた。
「……月…?どこ……寝たの……?暗いし……そういえば、月、寝てるの、見な……」
この時、星は気付く。月は、眠りを一度も必要としていなかった。うたた寝等の類は見た事はある。だが、星や太陽が避けてはいられなかったあの深い深い眠りにつく月を見た事が無いのだ。
眠らない。
生まれたばかりの月に、何故あの太陽でさえも必要とした要素が必要無いのか。星は改めて考えた。
月は昼夜問わず太陽の光を浴びる。月は太陽の強いチカラを受ける事でその身に淡い光放ち存在する。
ならば、太陽の光が届かない今は?
星の光を頼りに、なんて言われても無理がある。何故なら星は三番目に生まれたのだ。月の事を考慮してまで生まれていない。
では太陽の光だけで眠りがいらないほど、月は出来が良いのか?答えはこれもノー。これはいのちという存在があるからこそだ。これは太陽と星の2つによって証明されている。そのチカラは月にも影響しているだろう。そこまで考えた星は、ある一つの考えに至る。
月は、眠っていない。意識を保ったまま、誰もいない所で、この世界のどこかで、泣いている。と。
そこから星が地を蹴るまでの時間は無いに等しかった。
星は忘れていたのだ。月が、生まれたばかりだという事を。
「月…!月!どこ、どこにいるの!月!!」
夜が明ける手前まで、星は探し続けた。いつものおっとりとし、無表情な顔では無く、大きく手を振り目を見開き忙しなく顔をきょろきょろとして、普段のぽそぽそと小声では無い、喉が痛むのではないかという程の大声で名前を呼び、探す。
そして曙。月が一晩中流したのであろう涙の跡を見付け、それを追いかければ力無く透過した月を見付けた。
「……つき…?」
危うさなんて、とっくに通り越していたのだ。
「………ほ、し、……く……」
泣いていた、なんて可愛いものじゃない。
目を真っ赤に腫らし、声は枯れ、凄く疲労していた。そのまま死んでしまうのではないか、という程。
「……ごめん、月……ごめんね…。」
優しく、不器用ながらにも、強く抱きしめた。そのまま月は眠ってしまった。

そして朝が来た。
星は月を寝かすとすぐに太陽の元へと行った。丁度いたいのちも一緒に話をし、その事実に嘆いた。力を受け、過去については知らない事が無いいのちでも、未来までは分からないのだ。
「いのちの力、月にも届いてるよね……?」
「多分……でも、同じ様には出来ないので…。」
星達のチカラを強めたのはいのちの意志では無く、結果だ。そう言うと星は小声でごめん、と言う。いのちは「だいじょーぶいっス!」と笑っていうが、眉が下がってるのがバレバレである。星は申し訳なくなった。
「待つしかないであろう。」
それが、太陽の答えだった。
月が目が覚ましたのは、その後すぐだった。
「あ、星くーん。おはよー。」
いつものへらりとした表情で言うものだから、触れて欲しくないのかと身構えるも単純に月は覚えていなかった。
「見て、凄いでしょ。希望くんが作ってくれたんだよー。」
花冠を付けて幼さのある笑みを見れば、嘘ではないと分かる。
そう、覚えていないのだ。月は、全く。
そしてある日、月の姿全てに光を受け輝く美しい夜が来た。まん丸と、幽幻な美しさを静かに放っている。その時の月は幼い子供のようで、星はあの恐ろしい出来事を忘れそうになった。
しかし、それも長くは続かない。徐々にまた月に光が届かない日が来た。星が最も、恐れていた事だ。

辺りを見回すと、月がいなくなっていた。その事に気付いた星は誰に言うでもなくすぐに地を蹴り出し走っていた。
月は、存外早く見付かった。膝を抱え、ぼんやりもした表情で星空を見上げていた。
いのちのお陰で、安定してきたのか……そう思いながら、星は月に声をかける。
「……ここに、いたの…。」
その声に一つ肩を震わせると、ゆっくり星へと視線を移す。
「……あぁ、星くん。」
星の名前を呼び、月は笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
おかしい、そう直感で星は思った。そして汗が流れる。それを星は否定する。
違う、これは月に慣れたから、暗い夜が怖いだけだ。決して、決して月の底知れぬ闇に怯えているのではない。冷たい視線、感情が乗っていない話し方と、これは関係が無い。
「探しに来てくれたのー?」
「…そう…急に、いなくなるから……。」
「あはは、嬉しいなぁ。」
「……良く、言う…。」
「ホントの事だよー?にしても、月が無いと暗いねぇ。」
「……だね……。」
「星が綺麗だねぇ。」
「………そう…?」
「そうだよ。……ねぇ、星くん。」
「………なに……。」
「もっと、ボクの事見てよ。」
星は、恐かったのだ。
これは本当に月なのか。その疑念が恐怖心で煽られた星の頭の中をグルグルとかき回す。
早く朝になってよ、なんで、なにしてるの太陽さん。
そう思う程、錯乱していた。なんとか声には出さずに留まった。
「ねぇ、いつもみたいに笑ってよ。月に笑いかけてる笑顔を見せてよ。」
「……きみも、月、でしょ…。」
震える声でなんとか絞り出す。その言葉に、「そうだよ。」と繋いで膝に顔を埋める。
「ボクだって月なのに、なんで月ばっかり…ボクは、いっつも暗くて、寂しい……どうして…。」
そして、小声で呟かれる。
「…どうして、ボクは、生まれたんだろ…。」
訂正だ。
星は、何も分かっていなかったのだ。月とはどういうモノなのか、これっぽちも理解していなかったのだ。
そもそも、あのポジティブの塊かの様な希望でさえも、暗闇には敵わなかった。それ故に星が生まれたのだから。
つまりこの月は、涙を流して寂しさを訴えるこの月は、月であり月でない別の意志なのだ。
あの日、月の無い夜に震えていた月と、花冠を被って無邪気にはしゃぐ月との間に感じた違和感はこれだったのだ。
月は、知らないのだ。覚えていないのでは無く、触れて欲しくないのでもなく、ただただ知らないのだ。
このモノは、誰よりも自分を見せないモノだった。
星達から望まれ、欲望のままに言わば作られた月。助けを求める術を知らないのだ。盲点だったその悲しみは、誰も気付かない内に大きくなっていたのだ。
はいどうぞ、ここがキミの居場所だ。
だから大丈夫でしょう。
寂しくないでしょう。
安心して、愛されておいで。
そうやって押さえ付けていたのだ。寂しいと言わせる隙を与えなかったのだ。だから月は、その寂しさや辛さを別意志のして切り離した。けれども、そのもう1つも、耐えられなかったのだ。
星が受け流してしまった涙は、月の精一杯の訴えだったのだ。恐怖に怯え、泣いていたのだ。
星は、後悔した。生まれて初めての後悔だ。
そして強く、抱きしめた。
「ごめん、月…ごめんね…つき…。」
月は糸が切れた様に涙を流した。泣き続けた。
「ごめ、なさい…がまん、できな、て、ごめんなさい…。」
「良いよ、月…我慢、しないで……辛いなら、頼って…。」
「おねが、ほしく…っ、…わすれないで…ボクを、わすれないで…っ。」
「忘れないよ…遅くなっちゃって、ごめんね…。」
抱き締めて、月の頭を撫でればまた涙を流す。星はただ撫でて、抱き締めて、月が今まで我慢していた分、たくさん、たくさん涙を流した。
「……に、さ…っ。」
「うん、にぃさんだよ…月…ぼくの、おとうと…。」
「にぃさ、にーさ……ボクの、にぃ、さ…っ…。」
兄さん、弟なんて、兄弟なんて、て思うかもしれない…けれど、それがなんだかしっくり来たんだ。兄と呼ばれるのは、なんだか嬉しくあり、気恥ずかしさもあった。兄としてなら太陽や希望の方が似合うかもしれない…この状況でも、暖かい言葉や確信のある言葉をかけられるかもしれない。星はただ、当たり障りの無い事を言い、抱きしめるだけだった。
「大丈夫…ずっと、覚えてるよ、月。」
「っ、ほし、にぃさ…っ。」
ふと、月の腕の力が無くなった。そして一呼吸置くと、不思議そうにこちらを見上げる月。
「あ、れ……星くん…?あれ、なんでボク、泣いて…?え、なに、この状況?」
いつもの月だと、すぐに分かった。
がしがし、と乱雑に月の髪を掻きながら、「…夢でも、見てたんじゃないの…。」と言う。
太陽は既に登っており、今日も晴天だ。

後日、星は一人の暗闇を知る希望に相談がてら話をしてみた。月の葛藤、苦悩、そして結末を。
太陽に言うのも良かったのかもしれない、記憶を持ついのちでも良かったのかもしれない。が、希望なら、希望を持ち受け入れてくれると思ったのだ。
「……それにしても、なんで、ぼくだっのかな…。」
ぽつりと、呟いた。それに希望は「さぁ。」と言った後、続けた。
「お前が良かったんだろう。」
「……なんで…?」
「形がある親近感があるからか、たまたま近くにいたからか…まぁ、僕にも分からないけど……星が、兄だから、じゃないかな?」
その言葉に、以前月としたやり取りを思い出す。そう、星にとっては先に生まれたモノが2つ、後から生まれたモノが3つ。そして、月には先に生まれたモノが5つあるのだ。
「……今まで、そんなの無かったけどね…。」
「まぁね。でも、自然と感じてたんじゃないの?」
言葉が詰まる。図星だ。言葉にはしないだけで、星は、恐らく皆も自然と兄弟の様な意識は持っていただろう。今まで思っていながらも、言葉にすると矢張り気恥ずかしさはあり、若干星は口を尖らせる。
「……ありがと、希望、兄さん…。」
小声で呟く様に告げられた。希望は一瞬目を丸くすると、柔らかく微笑む。
「あぁ。」
その反応にまた恥ずかしくなり、肩をすくめる。若干赤くなった頬を隠し、「そういえばさ、」と話を変える。
「…提案、あるんだけど…。」
星の提案は、月の満ち欠けによって時間という概念を作り、暗闇の必要性を唱えた。世界の日の巡りを細分化出来る様にした。色々と観察すると、月と星の動きには規則性があり、またもたらす事が可能になり、出来る事が広がった。

それから暫くして、月はやっと皆に追い付き、月の無い夜でも落ち着いた様子で過ごせる様になった。星はタイミングかな、と思い月にもう1つの月の存在を話した。事実を事実とし、掻い摘んで。
そうして月は、もう1つの月の存在を知った。
「そう、なんだ…。」と呟き、一度目を逸らす。そして目を閉じ、暫くして戻すと、小さく微笑み言った。「なんとなく、そうなんじゃないかなぁって思ってた…。」と。
「ありがと、星兄さん。ボクの中のボク、星兄さんに凄く感謝してるよ。有難う、大好きだって。」
「そう……良かった…。」
救われた気がした、というのは月が望む事では無いのだろうから、星はほっと胸を撫で下ろす所までいけた。
「にしても、もう1つの月って言い難くないか?」
「あ、なら他の呼び名考える?」
「闇とかで良いんじゃねぇの。」
「やみー?やみーっ!!」
「希望兄さんナイスアイディア!そんで欲望兄さんは却下!可愛くない!」
「やみーーーっ!!」
「いのちお姉ちゃんお願いやめてっ!!」
「……まず、光の当らない月の方の呼び名、考えれば…?」
「ナイスアイディア!星ちゃん!」
「……太陽兄さん、星ちゃん、やめて…。」
わやわやと賑やかなやり取りだ。そうこうしてると光の当らない月を新月と呼び、もう1つの月を新と呼ぶ事にした。これに、皆納得し、そして満足した。
それは、希望の未来なのだ。
モノ達が生まれた理由であり、理屈であり、結果なのだ。
そうして、生まれ、育ち、出来たのがこの世界だ。



「……ね、ちゃ…ねえちゃ………命お姉ちゃん!」
「はいっ!みことでっス!」
床で転がっており、呼ばれて瞬時に飛び起きて笑顔を見せる少女の前で立っているのは少しばかり幼さが残った顔立ちの少年。
「もう、ずっと呼んでたんだよ?」
「さーせん!のえる!」
「ん、良し!……ん?なぁに?これ。」
少女は長女であり六人兄弟の五番目、命(みこと)。少年は末っ子の月(のえる)だった。
月は命が見ていたらしき開いている本を覗き込む。その時、頭上から声がかかる。
「命、月、何して……何してんの、ほんとに…。」
居間からエプロンをかけた状態のジト目の一見少女に見える少年が顔を出す。
「しゅーにー!!」
「本というよりは、ノートみたいな感じだけどねぇ。星兄さんも見てみる?意味分かんないよ。」
「意味分かんないの……ふぅん…?」
星(しゅう)と呼ばれた六人兄弟の三男は興味無さ気な声を出しながらも覗き込んでくる辺り、興味はあるらしい。軽く目を動かしてから「うわ、ほんとに意味分かんない…。」と言えば居間、正しくは台所へと戻った。今は昼前。丁度昼飯を作ってくれているのだろう。カチャ、とガスコンロのスイッチを入れる音が聞こえた。「ごっはーん!」とはしゃぐ命。
「?何してるんだ?二人とも。」
ひょこっと居間から顔を出す、目元が優しくも眉が凛々しい少年が星と入れ替わる様に顔を覗かせてきた。
「のぞむにぃー!」
「あ、希望兄さん。命お姉ちゃんが、何か見つけたっぽいんだ。」
「へぇ?どんなのだ?」
と言いその本を見る、六人兄弟の次男、希望(のぞむ)。暫し見つめると、「???」と?しか浮ばない顔になった。
「分かんないなら、わかんないで良いからねー?」
「い、いや、そんな事ないよ!?ちょっと、えっと、えと…。」
兄としての威厳か、どうしても思い出そうと頭を抱える。
「どけ。」
不意に背後から聞こえた声と共に、ドンッと押される。完全に不意打ちだった為押された希望は前へと倒れた。近くにいた月は咄嗟に避ける。ほぼ反射神経だったので希望を助ける余裕は無かった。
「あっ!希望兄さんごめんなさい…!」
「ん、んーん、大丈夫だよ…。」
と言うが鼻から血が垂れている。傍にあったティッシュを渡しながら、押してきた兄に向けキッと睨む。
「心兄さん、危ないよー。希望兄さん、鼻血出ちゃったし。」
「知るかよ。」
末弟の注意を一蹴しキツく睨む六人兄弟四男、心(こころ)。元から悪かった目付きは意識すれば人一人殺せるのではないかという程の眼力を持つ。そして心はそのまま何か喚く末弟を放り、命の元へ行く。
「こころにーさ!お帰りなさい!」
にぱっ、と花が咲く程の笑顔を見せ、心は癒される。「ただいま。」と言いながら恒例のハグをしようとしたら避けられた。
「……ぎゅー、してくんないの…?」
「のぞむにぃにごめんなさいしたら、する!」
その言葉に雷に打たれた程の衝撃を受けた心は、しばらく沈黙してから壊れた機械の様にギギ、と音を立てながら希望の方へ顔を向けると…。
「……ご、め、なさい…。」
ぽつぽつ、と聞こえるか聞こえないかという程の声の大きさで呟く。ちゃんと聞こえた希望はにこっと笑えば「せめて、命と月がいる時はやめてくれよ?」と言い優しく頭を撫でる。その感覚にいたたまれなくなり、心は手を振り払えば命に抱きついた。ぎゅううっと、強く。それを気にしない様子で「こころにぃさ、よしよしー!良く出来ました!」と頭を撫でながら褒める。それにまた強く抱きしめる。
「……希望兄さん…。」
台所から顔を出し、星が話しかける。そちらへ顔を向けながら「なんだ?」と返事をすれば「味見…。」と小さく言う。我が家の味見担当は希望だ。何故ならちゃんと意見をくれるから。几帳面な星にとっては、これはとても助かるらしくいつの間にか味見担当に認定されていた。
「あー、ずるーい。ボクも食べたい…良い?星兄さん…。」
「…可愛子ぶんなくても、ちゃんとあげるから……それ、やめて…。」
冷たく言い放つ、末弟にも容赦ない三男である。「ちぇー。」と少し悪態をつきながら台所へ向かう。
暫くするとガチャッと玄関の音がする。そしてバタバタと音を立てながら居間へ来る。心は嫌な予感を察し離れようと、
「ただいまなのだ!弟妹よ!私を慰めろ!!」
命を抱きしめるも既に遅く、パチンコか何か、とにかくギャンブルをしてスったのだろう。ご不機嫌な我らが長男が帰ってきた。面倒臭そうに顔を顰める。
「たいよーにぃ!お帰りなさーい!」
今すぐに逃げたい心とは裏腹にやっと兄弟全員揃ったのが嬉しいのか、元気良く挨拶すればまたにこーっと笑う命。その笑顔に癒された太陽は素早く心の腕の中から奪い、命を強く抱き締めて擦り寄る。
「みーこーとー!ただいまなのだー私は寂しいぞー!慰めろ!」
「おけ!たいよーにぃよしよし!良い子、良い子!」
長男であるはずの太陽の我儘にも嫌な顔一つせず、よしよしと頭を撫でる。それに甘えもっとと甘える長男、太陽。どっちが年上なのか疑わしくなる。と、ちらりと後ろを見れば不機嫌マックスな心。命が手招きすれば渋々と近寄る。近寄ってきた所でぽん、と撫でてやれば心はまだ不機嫌ではあるも幾分かはマシになったのか、目元が下がり気持ち良さそうに撫で受けている。「心ー、手伝ってくれー。」という希望の声に小さく舌打ちをし渋々と腰を上げ、命の頭を一回わしゃ、と撫でてから居間へと姿を消した。自分も行こうとするも太陽によってがっちり抱きつかれているので出来なかった。
「命、これはなんだ?」
ふと命をまだ抱き締めながら、近くにあったノートを拾う太陽。命はそれを見ると、「日記!」と元気良く答えた。
「ほう、日記か……どれ、見てみるか!」
というが早く、太陽は一切の遠慮無しにページを開く。そして静かに読み進めていく。ぱら、ぱらとページをめくる音が部屋に響く。
「……昔過ぎて、みんな覚えてないと思うよ。」
命の、珍しく静かで少し残念さが混じった声によって呟かれた。そんな命の頭を、太陽はわしゃわしゃと髪型が崩れるくらい撫でた。
「たいよーにぃー!もー、こころにぃさんに怒られるよー!」
「良いであろう!」
「えー?何がー?」
太陽はけらけらと笑う命の髪をもう一度わしゃわしゃと撫でる。そして柔らかく微笑んだ。
「今が楽しいのだから、良いであろう。」
その言葉にきょとんとするも、その後すぐにはにかみ、「そっか!」と笑った。
「命、飯。」
「!ごっはーん!」
いつの間にか戻ってきていた心によって知らされた昼飯の時間にぴょんっと嬉しそうに跳ねるとそのまま軽い足取りで居間へ命は姿を消した。その姿を目を細めながら見ていた太陽に、心は「来ねぇんなら、食うぞ。」と一言いい居間へと姿を消す。
「おぉ、私の分も残してくれよ!食べるぞ!」
慌てて太陽は立ち上がり、ノートを机の上に乗せて後を追う。

居間からは6人の賑やかな声が響いている。


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