novel | ナノ

擬宝珠


「暑い…。」
零れた呟きは誰にも拾われる事無く、落ちた。

上を見上げればこちらをギラギラと照り付ける太陽。容赦ない。山の上である為少しだけ涼しいのが救いか…いや、それでも暑いものは暑い。
帰省中、折角だからと家族で来てみた山。麓までという話だから付いてきたのに、ロープウェイを見つけた弟は大はしゃぎし、親は登ろうと提案した。全力で否定した努力も虚しく、ロープウェイで登り遊歩道を歩いている。現在歩き始めて1時間半過ぎです。1時間コースならまだしも3時間コースとか馬鹿なのか。インドアには辛いです。その癖弟はとっとと行くし親は写真撮りながらのせいで遅い。せめて行動を一緒にしてください。皆前にいればコース変えて自分だけ早く終われるのに、とか考えてませんよ。はい。ほんのちょっとしか考えてません。
なんて心の中で語るのも正直そろそろキツいです。この際もう無心で歩こうか。そうしようか。あ、ダメだ転ぶ。既に数回滑って転びかけてた。植物が全体的に低いせいでたまに頭に当たるし、てかさっき顔面直撃したんですが。痛かった。あとこんな所を歩く気が全く無かったから靴がサンダルだった。今思い出した。小枝とかが刺さって痛い。あと滑りやすい。
あれ、なんかもう馬鹿らしくなってきたぞ。でもUターンするには遅過ぎたもう既に半分近く歩いてる。なんだ、散々すぎるぞ。こんなになるなら山に登るのはまだしも遊歩道歩くのやめれば良かった。もっと否定して何がなんでも待つ事にすれば良かった。馬鹿。何が馬鹿ってもう自分に対してしか言えない。自分の馬鹿。
「うあっ!?」
自棄的になっていたらまた滑りかけた。なんとか踏みとどまって歩道からは外れなかったが、バランスを崩してしまい尻もちついた。あっ思ってたよりも割と痛いんだ、尻もちつくのって。
「あー、もう。散々だ…歩道濡れてなくて良かった…。」
なんて言いながら立ち上がると、ふと自分の足元のすぐ近くに紫色の花があるのに気付いた。
「あっぶなっ!え、踏んでないよね?よね!?」
慌てて足をどけてからしゃがみ、花を踏んでないか確認する。幸いにも踏んだ様な形跡は無かった事に安堵した。いや、花踏むって結構罪悪感感じません?あれ自分だけですかね?まぁ良いや。
「ごめんねー…でも、無事なら良かった…。」
確認を終えると花に話しかけてみる。花に話しかけるのって変ですかね。でも自棄的になってた自分にとってこの花は今の自分の唯一の癒しなんです。だって可愛いんですもん。紫色の、決して大きくはない、寧ろ小さい花。なんかそれだけでもう可愛いです。花って凄い。これだけで可愛いと思える。すごい。
「名前、なんていうんだろ…携帯使えないからなぁ…。」
生憎と山の上の為電波が入らず調べられない。現代っ子にとって電波無いのは辛い。というか携帯使えないの辛い。個人的な意見ですけど。
「てか花あったんだ…全然気付かなかったな…結構もったいない事したかも…。」
自分の世界に入って歩いていたので周りの景色は見ていなかった。太陽見ただけだ。花に気付いたのも今が初めて。折角来たのに…と残念な子を見る目で親に言われるのが物凄く容易に想像できます。だって仕方ないじゃないですか、暑かったんですから。そう思いながら顔を上げる。
まず自分の目に飛び込んできたのはギラギラと変わらず照り付ける太陽。その眩しさに目を細める。段々目が慣れてきた様なので開けていくと、夏らしい青の空と、まるで青い空の中自分を主張しているかの様な程に綺麗に映えている白い雲があった。ほんの少し視線を落とせば自分の周りに生い茂る低い植物の緑。陽の光が当たって反射しているのか眩しいその色に思わずまた目を細めた。そうして次に自分の先の道を見る。先の道は山の上にしては高めな木が覆うようになっていて、木々の隙間から日が漏れて、木漏れ日の道となっている。風が吹けばさわさわ、と静かに葉と葉が擦れあって音を立てる。その奥を見れば自分が今いる山を囲むように連なっている山々。どれも緑と一言で言っても、山の影がささって少し暗くなっている緑もあれば陽の光によって明るく黄緑に近い様な色、様々な緑が混ざりあっている。その光景全てが、普段住んでいる都会では味わえない景色であり、思わずはぁ、と一つ息を零した。絶景と言える程では無いにしろ、純粋に綺麗だと思った。
「………ほんとに、勿体無い事してた…。」
「なにが?」
「ふおあっはい!?」
誰に言うでもなく零した独り言に返しが入り、思わず奇声を上げた。やっちまった。申し訳なさで埋まりたくなりながら声のした方へ振り向けば、かなり後ろにいたと思った親がそこにいた。いつの間に。
「なに、変な声出して。」
「え、いや、吃驚しただけ…てか、ここ来るの結構早いね…。」
「いや、結構写真撮ってたよ。時間もかなり経ってるし…。」
「え、嘘、今何時間?」
「歩き始めて、2時間経ったくらい?」
「嘘だろ。」
あれここやっと半分くらいだよね?1時間半過ぎくらいには自分ここ来てたよね?て事は軽く15分くらいは確実にずっとここにいたって事?嘘だろ。
「さっきから花に向かって1人でブツブツ言ってたし、ほんとどうしたの。」
「えっ見てたの?」
「ばっちり。」
「どっから?」
「滑って尻もちついた所から。」
「話しかける前やん。話しかければ良かったじゃん。何してたの。」
「風景撮ってた。あ、尻もちついてた時もばっちり撮ったから。」
「今すぐ消して。」
「だが断る。」
「おい。」
わー、黒歴史がまた増えたー。なんて遠くを見つめる。空が眩しいぜ。後で隙を見て消そう。あっ携帯のパスワード知らんかった。
「このままじゃ夜ご飯遅くなるし、はよ行こ。」
「一番遅れてた人が何を。てか早い早い。」
「ほら早く。」
さっきとはうって変わってキビキビと歩く親の後ろを仕方なくついていく。もう半分は歩いたんだし、おとなしく全部歩こう。そうして一歩踏み出した時、一番最初に見つけた紫色の花を見る。周りの眩しい色を見たせいか、その花も最初見た時より鮮やかに見えた。緑の中の小さな紫は、とても綺麗だった。
「………ばいばい…。」
小声で呟き、花に向けてちょっとだけ手を振ってみる。当然反応がある訳でも無いのだが、何故か嬉しさが込み上げて、そのまま「早く早く。」と急かす親の後を追った。

遊歩道を歩き終え、既に待っていた弟に歩くの早過ぎ。と愚痴を零したら
「だって虫がぶんぶんうるさかったんだもん。だから早く終わらせた。」
まともに景色も見なかった弟の為に1時間コースをワンモア歩く事に。その途中に見つけた看板に、紫色の花の名前が書いてあった。

足取りは軽かった。



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