アミルに連れられ、寝泊まりする為の大きなテントの内のひとつに入るーーすると、そこには体格の良い男がいた。奥には立派な髭をたくわえた白髪の老人の姿も見える。
2人ともシーシャ(水煙草)を吸っていた。
「ベフラング隊長ー!話があるんだ!」
アミルが手を上げて呼び掛ける。
すると、「隊長」と呼ばれた男がアミルを見、
「どうした?アミル」
と答えた。
歳は、四十手前といったところだろうか。締まった筋肉質の躰。
よく日に焼けた肌に、淡黄色の長い髪。
表情こそ穏やかだが、紅い瞳の奥のぎらついた野心は隠せない。
動物に例えるならばまさしく獅子のようなーーそんな男だった。
「実は、この女の子なんだけど。キャラバンの仲間に入れて貰えないかな?」
アミルがサミアの両肩を掴んで、ベフラングの前へと軽く差しやる。
「誰だい?その子は」
煙草の煙をゆっくりと吐いて、ベフラングがサミアを見た。その迫力に押され、サミアはつい身を固くする。
「今さっき店の前で知り合ったんだけど、人探しをしてるんだって。その為にシャンデーヴァに行きたいらしいから、僕が誘ったんだ。キャラバンに来ないかって」
「人探しねえ。お嬢ちゃん、いくつだ?」
「じ、15歳です」
「あ!僕と一緒〜!」
アミルが嬉しそうな声を出す。
「名前は?親御さんの了承は得てるのかい?」
ベフラングは淡々と質問する。
「名前は…サミア。サミア・アザリーです。両親には何も言っていません。…その、家出をしたので」
「家出?」
ベフラングと、アミルとナスリーンが同時に声を出した。
「はは、大人しそうなお嬢ちゃんなのに、家出とはちょいと驚いたな。親御さんと仲違いでもしたのか?」
「……その、実は、」
サミアはこれまでの経緯についての説明を始めた。
領主の父親から疎まれ、離れ屋敷で暮らしていたこと。寂しい日々を送る中で出会ったセナイのこと。
そして、そのセナイを探すために家を飛び出したことーー。
その場にいた者達は、静かにサミアの話を聞いていた。
初めは怪訝そうに腕を組んでいたナスリーンの顔色が、サミアの話を聞くうちに段々と変わってゆく。
「…ひどい。あんたの父親。なんて奴!」
サミアの話をひととおり聞き終えたあと、ナスリーンはアミルの隣で怒りに震えていた。
「先程、アミルさんから、このキャラバンでは私と同じ年頃の子も働いてるとお聞きしました。ただで連れて行ってほしいだなんてもちろん言いません。雑用でも何でもやります。だからお願いします、大切な友人に会いたいのです。どうか私をキャラバンに入れてください!」
サミアがベフラングに向かって深々と頭を下げた。
アミルもナスリーンも、ベフラングを見つめる。
「……俺がキャラバンに入ったのも、あんたと同じ年頃だったよ。お嬢ちゃん。知ってるかい?キャラバンの移動は夜にする。星や月の位置を見て、方角を判断して進むのさ」
水煙草を吸う手を止め、ベフラングは座っていた椅子から立ち上がる。
頭を下げたままのサミアの肩をぽんぽんと軽く叩き、頭を上げるよう促した。
「星と月は暗闇の中で光る道標。お嬢ちゃんにとっては、そのセナイというダチが道標になっているわけだな。では俺たちが、一緒にその道標を探す手伝いをしよう。なに、探すのは得意だぜ」
「隊長〜!じゃあ…!」
「ああ。今日から仲間だ。シャンデーヴァへ行こうぜ、サミア」
ベフラングが笑顔を見せた。
その顔はまるで少年のようだ。
「あ、ありがとうございます…!」
「やったね!サミア!」
アミルとサミアが手を取り合って喜ぶ。
「だが」
喜ぶ2人の間に分け入り、ベフラングがサミアの頭を指でとんとんと軽く叩く。
「その、顔まで隠すチャードルはいただけない。俺達は今日から家族だ。隠し事はナシだぞ。そいつを取って顔を見せてくれ。宗教上の理由とかではないんだろ?」
「う…、」
サミアが少し躊躇う。
「そうだよサミア、僕も顔見せて欲しいな!もちろん無理強いはしないけど」
何も言わないがナスリーンも同意見のようだった。
セナイからも「隠すな」と言われたことを思い出す。
震える手で、そろりとサミアがチャードルを脱いだ。
その顔と、銀髪が顕になる。
皆暫く無言だった。
そこでようやく、ベフラングが口を開く。
「……いや、こいつは驚いたな」
その言葉に、サミアは自身の銀髪がやはり特異なものと捉えられたのだと感じ、思わずまた隠そうとしたのだがーー
「たまげた別嬪さんだのう」
奥にいた老人が一言呟く。
するとーー、テントの入口から、わあっと大勢のキャラバンのメンバーが入ってきた。
どうやら皆隠れて外から様子を伺っていたらしい。
「隊長!隊長!誰?この子!新入り?」
「すげぇ美人じゃん!名前何ていうの!?」
わいわいとサミアを取り囲む。
サミアがそれに気圧されていると、ベフラングが叫んだ。
「お前らっ!本当に目ざとい奴らだな!サミアが困ってるだろーが、散れ散れ!店番やれ!」
「えー、ケチ!」
「ずるいぞ!オッサン!」
「誰がオッサンだ!」
ベフラングは、そうして不満を垂れ流す一同をテントから押しやる。
「店番…そうだよサミア!あんた店番やってよ!そんだけきれいなら客が寄り付くこと間違いなし!売上げ上がるわ!さー行くよ!」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って…!」
興奮気味のナスリーンに連れられてサミアもテントを出る。それにアミルがついて行く。
ようやく静かになったテントで、老人ーーキャラバンの前隊長、オーランがひとつ息をつき水煙草をゆっくり吸い始めた。
そこへベフラングが戻ってくる。
「やれやれ全く、どうしようもねえ奴らだ」
「また賑やかになりそうじゃのう」
「いつまで経っても騒がしくて困る。悪ガキの集まりみてえなもんだな」
「おまえもその悪ガキのひとりじゃないのかい」
「おい。オーラン爺」
「それにしても、さっきの子だが」
「ん?サミアのことか?」
「ああ…15の子にしては、子供らしくないーーどこか陰のある雰囲気をしておった。アザリーと名乗っていたが、マヌジャニアの領主の娘と聞いて納得したよ。儂はあの子の父親に会っていた。この街に来た時に顔を合わせて少し話した程度じゃがな……なるほど冷酷そうな男だった」
「……」
「キャラバンで過ごすうち、子供らしい笑顔を見せるようになってくれたら良いのじゃがな。おまえもしっかり見ておいてやれ」
「ああ…」
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