「いつもあたしらは交代で店番やってんだ」
ナスリーンに連れられたサミアは、先程までアミルが売り子をしていた店先へと辿り着いた。
「旅費や食費を稼ぐためにこうしていろんな店開いて商売してんの。この店だと手作りのドライフルーツや焼き菓子を売ってるんだ。1週間くらい前からここの通りを借りてる。ほら、ずらっと露店が並んでるだろ?」
「は、はい!じゃあ、ここにいる皆さんはキャラバンの方なんですね」
サミアが辺りを見回す。威勢よく呼び込みをしている者や、店の奥で作業をしている者、客に品物の説明をしている者など、様々だ。
「そうだよ。日中は店番やったり、買い出ししたり、ご飯も作らなくちゃいけない。あとは子守りやら掃除やら、やる事は沢山あるよ。とりあえずあんたにはアミルと一緒に売り子やってもらおうかな」
「わ、私が…」
追いついてきたアミルが笑う。
「そんな固くならなくても大丈夫!お客さんが言ったものを袋に詰めて渡すだけさ。あ、勿論お金も貰ってね」
「金額はそれぞれの値札見て貰えりゃ分かると思うけど。…あんた、お金の計算とか出来るよね?」
「計算は出来ます。でも、お金を見たことがなくて…」
「そうなの?まー、ずっと外に出てなかったんだから当然か。まずはアミルに教わってよ。あたしはちょっと昼飯の用意しなきゃいけないから」
「はいっ」
その返事に、ナスリーンがため息をついた。
そしてサミアの肩に手を置く。
「…サミア。あんたさー…その敬語やめな?なんつーか、うん。むず痒い!あたしらは今日から家族だし、んな堅苦しくならなくて平気だから」
「家族…」
アミルがにっこりと笑う。
「そーそー!それ思ってた。もっとくだけた感じでOKだからさ!名前だって呼び捨てでいいし」
「うん…、アミル、ナスリーン」
「よーし!」
ナスリーンが嬉しそうな笑顔でサミアの頭を撫で回す。
「きゃっ」
サミアがたまらず小さな悲鳴を上げる。
それを聞いて2人が笑った。
「んじゃ、アミル。あとはよろしく。後であんた達の食い物持ってくるから」
「了解!」
ナスリーンがバタバタと走り去っていった。
アミルは、置いてあった袋の中から何種類かの硬貨とお札を取り出した。
それぞれを店の奥に置かれた机に並べてゆく。
そして、サミアを手招きする。
「アル・ブルーズで使われてるお金はこれ。ルピアだね。これが1番小さい単位の10ルピア。硬貨は左から順番に10、50、100、500。1000ルピアからはこのお札になるんだよ」
硬貨には数字に加え薔薇と獅子が彫られている。
1000ルピア札には五神官と神殿、その空に浮かぶ女神(イラハ)の絵。
「これがお金。初めて見た…。物を買う時に使うのよね」
サミアがアミルの説明に頷きながら、それぞれの硬貨やお札を手に取り呟く。
「ドライフルーツは1個10ルピアから、高いものでも30ルピア。バラ売りは勿論、お客さんの好きなものを組み合わせてもらって、…こうしてこの袋に詰めて売ったり。一番人気なのはやっぱデーツかな?美容にもいいし、栄養も抜群だからね」
「そういえば、さっきアミルから貰ったデーツ。ひとつ、頂いてもいいかしら?」
「ああ、勿論いいよ!食べてみて」
「うん、いただきます」
乾燥させることで濃褐色になった実。
一口齧ればしっかりとした食感。
デーツはナツメヤシの実である。砂漠でも育ち、また栄養価も高いためにアル・ブルーズでは栄養源としても重宝されている。
「美味しい!甘すぎなくて何個でも食べられそう」
「良かった。さっきあげたやつ全部食べちゃいなよ…あ、いらっしゃーい」
いつの間にか店の前に客が来ていた。
子連れの主婦のようである。
「ハーマンタッシェンを5個、あとドライフルーツとナッツの詰め合わせをひとつ頂戴。デーツ、リンゴ、バナナ、あとアプリコットも」
女性が指差したものを、アミルが手際よく袋へと詰めていく。
「はーい。サミア、お金受け取ってくれる?」
「あ、はい!」
「えっと、おつりが…」
「390ルピア」
「えっ。サミア、今の一瞬で計算したの?」
「う、うん…390ルピアをこの方にお返ししたらいいってことよね?」
「そうそう。すごいなー、サミア。物覚えがいいんだね。どのフルーツがいくらだってのも覚えちゃったんだ…」
袋詰めした品物をアミルがサミアに手渡した。
「え…?」
きょとん、とするサミア。
「これをお客さんに渡して、ありがとうございましたーって笑顔で。やってみて!」
「…うん。あ、ありがとうございました」
サミアのぎこちない微笑みにも、
「まー新入りさん?きれいな子。頑張ってね」
女性は笑顔で品物を受け取る。
連れていた子供が、サミアの顔をまじまじと見つめていた。
サミアは戸惑いつつ微笑みを返す。
やがて親子連れが居なくなると、サミアはアミルの服の端を持って声を潜めた。
「ね、ねえアミル…私、顔に何かついてるのかな?」
「へ?何もついてないけど…」
「でも、何だか皆が私の顔を見て笑ってるみたい。格好が変なのかしら。それともやっぱりこの髪が…」
確かに、サミアは道行く人々の視線を独り占めにしていた。
「いや、笑ってるっていうか…サミアが可愛いから皆デレデレしてるだけだよ。ほら、いらっしゃいって言って愛想振りまいてきてごらん」
「違うわ!わ、私やっぱり落ち着かない…」
「あ、またそれ被っちゃった…」
顔を赤くしたサミアは、チャードルをまた身に纏う。
「ごめんごめん、無理強いは出来ないよね。えーっと、とりあえず今日はデーツがよく売れそうだから多めに持ってこよう。あっちのテントについてきて」
「うん…お店はどうするの?誰もいなくなるわ」
「リリにお願いしよう。リリー!ごめん、お店見ててくれない!?」
「は!?なんでリリがー!?」
リリ、と呼ばれた少女が不機嫌そうに返す。
ふわふわとした長い黒髪を二つ結びにしている。
「あとでお菓子あげるから!ごめんねー。サミア、行こう」
「う、うん…」
「ちょっとぉー!アミル!」
リリの大きな声を背中で聞きながら、その場を後にした。
連れられたテントは、物品庫として使っているようで、所狭しと置かれた木箱にはさまざまな商品が詰め込まれていた。
「デーツと、あとはパイナップルも持って行きたいんだけど…何処に置いてたかな。サミア、そっちの方探しててくれない?僕ちょっと袋持ってくる」
「分かったわ…」
高く積まれた木箱の中身を、背伸びして覗き込む。
暫くごそごそと探し回り、ひとまずデーツを見つけた。両手いっぱいに掴み、アミルを待とうとしたところーー
「おい」
何者かにぐい、と物凄い力で頭を捕まれ、バランスを崩したサミアはそのまま尻餅をついた。
「?!」
「何者だ。何処から忍び込んだ?」
薄暗いテントの中、低い男の声が響く。
サミアの喉元に、ぎらりと光る「何か」が突き付けられる。
それはーーナイフの切っ先。
「き……、きゃあああああ!!?」
サミアの悲鳴がこだました。
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