04

しらじらと夜が明けていく。
「家出」決行の朝である。

いつものようにチャードルを身に纏う。露出を控えるため、出しているのは目の部分と手首から先のみ。
用意した荷物を持ち、そっと離れの扉を開ける。
周りには誰もいない。風に揺られた木々のそよぐ音と、鳥の囀りだけが遠くで聞こえる。

ドキドキと痛いほどの胸の高鳴りを抑えつつ…裏門まで早足で向かう。
落ちていた小枝を踏んだ。パキンーーと乾いた音が響いた。
思わず辺りを見回す。しかし人の気配はない。
ふう、と息をつき、たどり着いた裏門の少し錆びれた扉にそっと手を掛けた。

本邸の方を振り向き、「さようなら」と小さな声でサミアは呟く。
耳障りな金属音が鳴る扉を、ゆっくりと開ける。
そして、走り出す。
15年の歳月を経て、少女はようやくこうして自由を手に入れることが出来たのである。




やがて乳母がサミアの朝食を持って離れへとやって来た。
歳はそう若くなく、疲れた顔の目尻には皺が目立つ。
乳母とはいえサミアとは殆ど会話を交わしたことはない。この日もいつものように扉を叩き、出てきたサミアに朝食を手渡そうとしてーー、サミアが中々顔を出さないことに不信感を持った。
恐る恐る乳母は部屋に足を踏み入れる。
そこにサミアの姿はない。
部屋中を見回すと、テーブルの上に紙切れが置いてあることに気がついた。
書かれていたのは一言、「出ていきます」の文字。
乳母は口に手を当て、慌てて本邸へと駆け出した。

そして、そんな様子を見守る人物がひとりーー。

「おやおや。何が起きたんだ?」

背の高い、金髪の男だった。



一方のサミアは、といえばーー。

初めて見る街の景色に、立ち止まり辺りをきょろきょろと見回し、また歩き出してはいちいち立ち止まる。
まだ朝早く、人はそこまで歩いていないのだが、チャードルで身を隠しつつ異常な程に辺りを気にするサミアは中々に目立っていた。

いささか興奮気味で街を歩いていたサミアであったが、道行く人々にじろじろと見られていることに気付き、大人しくなった。

「おはよう!」

ふいに少年の声がした。
声のした方に目をやるとーー茶髪の長い髪をひとつ結びにした、サミアと同い年くらいの少年がいた。
にこやかにサミアに話しかける。

「早起きだねえ。きみ、何してるの?」

「えっ…わ、私?み、港に行くところです…」

ふーん、と少年が笑顔を向ける。

「船旅かい?良かったらこのドライフルーツやナッツの詰め合わせなんて朝ごはんにどう?安くしとくよ!」

よくよく見れば、その少年はそこで店を出しているらしい。
ずらりと並べられたナッツ類、乾燥させたデーツやリンゴなどのフルーツ、焼き菓子。
何も口にしていなかったサミアの食指が思わず動く。
しかし…

「あ、あの…とても美味しそうだけれど、お金を持ってないので買えません。ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げる。
そんなサミアを、きょとんとした顔で見つめる少年。

「じゃあ、これあげる。デーツ」

「え?」

「へへ、僕からほんのちょっとしたサービス。美味しかったらまたここにお金持って買いに来てよ」

5つほど、大きめのドライデーツを手渡される。

「これ…貰っていいんですか!?」

「うん、いいよ。でも内緒にしてね。バレたら一大事だから」

口元に指を当て、少年が悪戯っぽく片目を瞑る。
茶髪の少年は「アミル」と名乗った。

「きみ、チャードルで顔が全然見えないけど僕と同い年くらい?名前何ていうの?」

「あ、私は…、サミ、」

「ちょっと!アミル!」

突然2人の元に、空色のパンジャビスーツを着た黒髪の少女がつかつかと歩いてくる。
高い位置で結った髪が揺れ、勝気そうな瞳がまっすぐアミルのほうを向いていた。

「げ…、ナスリーン」

アミルは思わず身を竦める。

「げ、じゃないよ!あんたってば、またそうやって女の子に声掛けて!どうせその子にもタダで店の商品あげたんだろ?いい加減にしないと、隊長に言いつけてやるんだからね!」

「そ、それだけは勘弁して〜!」

早口でまくし立てる「ナスリーン」と呼ばれた少女。
慌てたサミアは、先程手渡されたデーツをナスリーンに差し出した。

「ご、ごめんなさい!こちらはお返しします。ですから、どうかその方を怒らないであげてください!」

「えっ…」

「その方は、私がお金を持っていないと聞いたら、親切にこうしてデーツを恵んでくださったんです」

「……ふーん。そう」

ナスリーンは頭をかいた。

「まあそういう事なら今回は目を瞑るわ。だけど…金が無いってマジ?あんた、身なりもきれいだし、言葉遣いも丁寧でいいとこのお嬢様っぽく見えるけどな」

「あ…ええと」

「…なーんか訳ありっぽいね」

「あの、私、実は人探しをしてて。ここからシャンデーヴァに行きたいんですけど…どうやったら…。それと働き口も探していて」

「シャンデーヴァに?だったら僕達のキャラバンに来ればいいじゃない?」

「え?」

「ちょっと、アミル!いきなり何言ってんの!」

ぱしん、とナスリーンがアミルの頭を叩く。
「痛い!」と頭を抑えるアミル。

「だって、どうせ僕達もシャンデーヴァの方に行く予定じゃんか〜」

「だからってホイホイ連れて行く訳にはいかないだろ!」

「…キャラバン?」

サミアが尋ねた。

「僕達のキャラバンでは、旅をしながら寄った街の先々でこうしてお店を出して稼いでるんだよ。ここら一帯のお店は全部そうさ」

キャラバンとは、ラクダや馬を荷物の運搬手段、また乗用手段として砂漠や草原地帯を移動する商人達(巡礼者、旅行者も含まれる)の団体であるーー。
アミルが指し示した方向を見やると、成程大勢の人間が店の準備に追われていた。
その中には、アミルやナスリーンのような少年、少女たちの姿も目立つ。

「僕もこっちのナスリーンも、キャラバンで働いてる。僕達ぐらいの年の子は結構居るし、きみが1人増えたところで問題ないよ」

「ほ…本当に!?」

サミアが目を輝かせる。が、ナスリーンが慌ててアミルを引き寄せた。

「アミル!あんたはまた無責任にそんな…。それにこの子めちゃくちゃ訳ありそうじゃないか。この暑いのにチャードルなんか着込んで顔を隠して…」

「だったら隊長に判断してもらおうよ。それなら文句なしでしょ?」

「……」

ナスリーンはそこで口篭る。

「隊長…って?」

サミアが尋ねる。

「ここのキャラバンを纒めるリーダーさ。その人に話を通して、君のことを正式に認めてもらおうって思って」

こっちだよ、とアミルがサミアを手招きする。
2人に付いていきながら、ナスリーンは警戒の視線を鋭くサミアに送っていた。

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