03

サミアはテーブルの上に地図を広げた。

この世界は「5」つの大陸に分けられるーー

「光」の「エドラム」
「闇」の「オスクリタ」
「火」の「イグニース」
「水」の「ヴォーダ」
「地」の「サルタス」ーー

気の遠くなるほどの遥か昔に、神に仕えた5人の神官の名を取って名付けられたのだという。

この五大陸の中で最も面積が広い「エドラム」。
人間だけではなく、魔界からやって来た魔物達が人に紛れて生活している。
また、特異な力を持つ者ーー「イェクタ(類希な)」と呼ばれる、所謂「魔法使い」ーーも、エドラムには数多く存在すると言われる。
一年を通じて気温が高く、短い雨季を除けば殆ど雨は降らない。数十年に一度雪が降るが、これはエドラムで魔物の悪戯(ジンニーシャッル)と言われている。


エドラム大陸はその面積の殆どをアル・ブルーズ王国が占めている。
アル・ブルーズには「美しき花々」の意味がある。
その名の通り至る所で色とりどりの花が咲き誇る。中でも薔薇は名産品で、国花としても指定されるほどだ。
スィン・アル・フィル家が居城を構える首都「シャンデーヴァ」はアル・ブルーズ王国のーーいや、「世界の中心地」と形容しても過言ではないだろう。
常に人や魔物たちが行き交う、眠らずの街だ。

サミアは先ずシャンデーヴァへ向かおうと決めたーー、しかし問題はその手段である。
サミアが住むマヌジャニアからシャンデーヴァは地続きだが、直線距離だけを見ても相当なものだ。

「…歩いて行くとして一体何日掛かるのかしら?」

距離感があまりにも掴めず、サミアは思わず苦笑した。
馬車で行くことを想定しても、途中には過酷な砂漠地帯が存在する。
シャンデーヴァは海に面していないため、回りくどいがもしもマヌジャニアから船で行くとなれば「ルシアカトル」という街を経由する必要がある。そのルシアカトルからシャンデーヴァは馬車を使えば二日と掛からない距離だ。

「(とにかく、港に行ってみればどうにかなるわよね?お金は無いけれど…)」

サミアの知識は全て本から得たもので、「働けばお金が貰える」ことは知っている。
船に乗るには運賃が必要なことも。
つまり、何かしらの労働をして、運賃を稼がなければならない訳である。

「(…私みたいな何にも出来ない子を働かせてくれる所なんて、あるかな。もし、何処にも雇ってもらえなかったら、こっそり船に乗り込むのもありかしら?…)」

幼い頃に読んだ冒険小説にそんな一場面があった。
宝物を求めて主人公の少年たちが、夜中に船にこっそりと忍び込み、翌朝にはまんまと目的地へと辿り着く。
途中、見回りの目を少年たちが上手くかいくぐる様子が面白おかしい文体で綴られていて、思わず幼いサミアは夢中になった。

「(でも、あんな風に上手く行くわけないわよね…)」

またしてもサミアは一人苦笑した。
ともあれ、目的は一つだ。

「家出」の決行は早朝ということにした。
夜は魔物が動き出すーーこれはこの世界に暮らす誰もが知る決まりごと。

その種を明かせば、昼間は魔力を使って人の姿に化けている魔物が、魔力の落ちる夜には本来の姿に戻るーーということなのだが。
基本的に魔物は人間に危害を加えることは無い。
その多くは人間との共存を望み、支え合いながら生きている。人間との間に子を成す魔物さえいる程である。
時には血生臭く、仄暗い、長い長い歴史の中で構築された人間と魔物の間の「ルール」ーー
互いの種族同士、決して傷付けあうことがあってはならない。
もしもそれを破る者が居れば、厳しい処罰の対象となる。

しかしーーほんの一部だけ。
その理を外れ、人間をひどく憎む者がいる。
快楽的に人間を殺す者もいる。
イェクタ達の間では、そんな魔物を討伐するための部隊も組まれているという話だ。

サミア自身はまだ一度も魔物を見たことが無い。
しかし、魔物に対する警戒の意味でも一人で夜中に外を出歩くことは避けておきたかった。

夕食に出されたパンは食べずに取っておく。
そのほか必要最低限のものーー地図や洋服、また、動物の皮革を縫い合わせて作られた水筒など。
例えば豪華な装飾品などがあれば売って金にも出来るだろうが、サミアが持っているものと言えばセナイから貰った金の腕輪だけ。
セナイを探すための大事な手掛かりでもあるので当然売る訳にはいかない。

「…お金は働いて手に入れるしかないわ」

そう改めて口にしたところで、翌日に備えて寝ることとした。

離れ屋敷で過ごす最後の夜。
目を閉じながら、今までの日々に思いを馳せた。

翌朝自分が居なくなったことを知ったら、両親たちはどんな顔をするのだろう。
今の今までずっと居ないもののように扱われてきたのだから、何の驚きも無いのかもしれない。
むしろ、居なくなって清々するのかもしれない。

そんな事を考えていても、もう悲しみはなかった。

それよりもずっと、外の世界への好奇心がサミアの心を躍らせていた。

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