「…ジュリスー。大丈夫?」
ライラはベッドに横たわっているジュリスを覗き込み、申し訳無さそうに声をかける。
常に行動を共にし、その仲の良さから今やテルア城の「名物コンビ」であるジュリスとライラ。
先日ライラが熱を出して寝込み、今度はそれを看病していたジュリスが見事に「貰って」しまったのである。
「ずっとライラの部屋に居たからだよね。移しちゃってごめんね…」
しょんぼりと気落ちするライラを、ジュリスは軽く撫でた。
「バーカ、そんなこと気にすんな。つーか、お前も病み上がりだろ?また熱がぶり返すかもしれねえから、自分の部屋に戻ってろって」
途中で咳き込みながら、ライラに退室を促す。
「うん」とライラは小さく頷いたものの、後ろ髪を引かれる思いであった。
ジュリスの部屋を出て、静かに扉を閉める。
「(そうだ、ギヴお兄ちゃんのお店のお薬を買いに行こう!)」
テルアの城から少し離れた街に薬屋を構えるギヴ。値段は張るものの彼の調合する薬は効果覿面だ。
「(ライラの熱もギヴお兄ちゃんのお薬で治ったし…、ジュリスのことも、すぐに治してくれるはず!)」
そう思い立ったライラはパタパタと廊下を駆けていく。
階段を下りて外に向かおうとする途中、アスカと鉢合わせした。
「アスカ様!こんにちは」
立ち止まってライラはぺこっと頭を下げた。
「どこへ行く?」
「ギヴお兄ちゃんのところです!あのっ、ジュリスが熱を出しちゃったから、お薬をもらいに…」
「お前が治ったと思えば今度は奴か。……それならば護衛をつける。子供一人であの辺りに行くのは危ない」
「えっ、あの、ライラ、何度も行ったことが…」
ライラの話は全く聞かず、アスカは近くに居た従者二人を呼び付け、ライラに同行するよう命じた。
「薬を買ったらすぐに戻るように」
「は、はあーい…」
「ああ、それと…」
「え?」
「おじゃましまーす」
薬屋の古びた木の扉を開けると、店中に所狭しと並んだ薬瓶、大量の本、おまけによく分からない動物を模した像が出迎える。
いつ見ても独特な雰囲気を醸し出している。
「ん?あれ〜、ライラじゃないかあ」
のんびりした声で出迎えてくれたのは店主のギヴ。
ライラのことを年の離れた妹のように可愛がっていて、ライラを見るなり笑顔になる。
「ギヴお兄ちゃん!あのねっ、今度はジュリスが熱出しちゃったの。ライラのかんびょうしてて、ライラのが移っちゃって…」
「へえ〜、そうなの?ジュリスみたいなのは風邪なんて引かないと思ってたけど」
「お兄ちゃんのお薬なら治るでしょ?ライラもすぐ治ったもん!だからね、今日はライラがジュリスのためのお薬買いに来たんだあ」
ごそごそとライラが小さな袋を取り出す。
どうやら薬代、らしい。
「おかねもちゃんと持ってきたよ!少ないけど、これで足りるかなぁ…?」
不安げに袋をギヴに差し出す。
ギヴは笑ってひらひらと手を振る。
「流石に君からお金は取れないなー。でも、その代わり今度僕にも何か作って持って来て。ジュリスに作ってたブレスレットみたいなの。それでチャラ」
「ほんとにいいの?」
「まあ、友情価格ってやつで。こんなのライラにだけ、特別だよ?この薬持って行きなよ」
「ありがとー!お兄ちゃん!」
ライラが満面の笑みを浮かべる。
「気を付けて帰りなよ。一人なんでしょ?」
「ううん。アスカ様がね、ライラだけじゃ危ないからって護衛の人つけてくれたから。あっ、アスカ様と言えば。ギヴお兄ちゃん、これ」
ライラが別の包みを取り出してギヴに手渡す。
「何これ」
「アスカ様からだよ!お兄ちゃん、どうせろくに食べてないだろうから、って持たせてくれたの。お魚のフライのサンドイッチ。おいしそうでしょ、中にフムスも塗ってあるのー」
「……。それはそれは」
しげしげとギヴはサンドイッチを眺める。中々のボリュームである。食の細いギヴには完食できるか怪しい。
「ちゃんと全部食べなきゃダメだよ!」
「はいはい、分かってるよ。君は僕の母親かい?じゃ、アスカ様とジュリスによろしくー」
ギヴはライラ達を見送り、ひらひらと手を振った。店内に戻り、置かれたサンドイッチを改めて見て頭をかいた。
「…僕の食生活を心配したり、ライラに護衛をつけたり…。あのアスカ様が、随分と過保護になったものだなぁ」
「…ジュリスー、入るね?」
城に戻ったライラは早速ジュリスの元を訪れた。
ちょうど目を覚ました所らしく、怠そうに頭を抱えていた。
「熱、まだあるね」
ライラはジュリスの額に触れる。
「ライラ。お前、自分の部屋に居ろって…」
「お薬もらってきたよ!ギヴお兄ちゃんが作ったやつ!」
「え…」
はい、と薬の入った小さな袋をジュリスに渡す。
「わざわざ買いに行ったのか?ギヴの所に」
「うん!ギヴお兄ちゃんのお薬ならすぐに治ると思ったから」
「…そうか。ありがとよ、ライラ」
ジュリスはぽんぽんとライラの頭を撫でた。ふにゃっ、とライラは笑顔になる。
「早く元気になってね。熱が下がったら、またいっぱい遊ぼーね?」
「おう。気合いで治すぜ」
声は多少枯れているが、いつもの調子でジュリスも笑顔をライラに向けた。
水と共に薬を飲み、ふうと息をつく。
「ライラが治癒魔法使えたら、すぐに病気治してあげられるのになあ」
「治癒魔法はお前の魔力の属性じゃ使えないんだろ?別に気にしなくていいって」
「でもー」
「お前はお前の出来ることをやれよ。それに、こうやってお前が傍に居てくれるだけでオレは十分だしな」
「ホントに?えへへっ」
「ああ…。ん、何だこれ。何かめちゃくちゃ眠くなって来た…」
倒れ込むようにジュリスが急に横になる。
驚いたライラがゆさゆさと身体を揺らすも、あっという間に熟睡してしまい反応がない。
「あれ、ジュリスー?…お薬が効いたのかな」
その時、窓の外からコツコツと音がした。
「あれ?ギヴお兄ちゃんのところの鳥さん?」
窓を開けると、1羽の鳥が手紙を持って入ってきた。
「あ、お手紙。ギヴお兄ちゃんからだ…。え、間違って睡眠薬を渡しちゃった!?」
『本当の薬はこの手紙に同封してある。もう飲んじゃってたらごめんねー。まあ、寝てても普通に治るだろうけど』…
「お、お兄ちゃんってばー!」
その翌々日、無事に熱も下がり、元気にギヴに抗議しに行くジュリスの姿があった…。