「ですから…どうぞご内密に」
アズラクが再度パリーへ向けて頭を下げた。
でも、とパリーが切り出す。
「でもアズラクさん…このままずっと秘密にするおつもりなんですか?確かに言いづらい事実でしょうけど、時間が経ってしまうとますます言い出しにくくなると思いますし…」
分かっている、と言うように、アズラクが目を閉じて頷いた。
「ええ。私としても、ずっと姉上に隠し事をすると言うのは心苦しいことなので…時が来れば、全て打ち明けるつもりではいますが、でも…」
もしそれで姉ーーファラフから城を追い出されるようなことになったら。
そんなことを想像しているのか、アズラクの顔はますます曇っていった。
「だ、大丈夫ですよ!確かに驚くかもですけどお姫様もきっと分かって下さいます、アズラクさんのこと…」
「…あなたも」
「えっ」
「あなたも驚いたでしょう?私の正体に、失望なさったのでは。あなたが友人として好いてくれていたのは、今のこの、衛兵としての私ーーですよね」
薄く笑みを浮かべたアズラクの問いに、パリーは思わず息を詰まらせた。
「それを咎めているのではないのです。ただ、申し訳なくて。…もう私とは会わない方がよろしいかと」
ふっと目を逸らし、そのままアズラクは城へと足を向けた。
だが、パリーは走り寄ってアズラクの腕にしがみついた。
「待って!待ってくださいアズラクさん!」
「パリー殿…」
「…たっ、確かにあたしは…あなたのことを見た目だけで判断してたかもしれません!ごめんなさい!アズラクさんにはアズラクさんの事情とか悩みがあってーー、そうして、おひとりで葛藤されていたんですよね」
パリーは続ける。
「アズラクさんはさっき、自分のことを理解してくれる人が傍に居ることが羨ましいと仰っていました。あの、役に立てないかもしれませんけどーーあたし、アズラクさんの相談相手になれませんか。あたしに本当のアズラクさんを見せてくれませんか?」
「えっ…」
「だって、自分のこと隠したまま過ごすのってしんどくありませんか?あたしには思いっきり素で接してくれて構わないです。大丈夫、嫌いになんかなりませんよ。あたし、むしろあなたのこともっと知りたいです」
にっこりとパリーは笑いかける。
パリーの笑顔を見て、強ばっていたアズラクの表情がほんの少し緩んだ。
「……いいん、ですか?本当に」
「はい!勿論、誰にも言いませんよ」
「……ありがとう」
アズラクの両手が、そっとパリーの手を包む。
優しい微笑みに、思わずパリーは赤面した。
「いやー、俺、ホンットにしんどかったんだよ!ここに来てから息苦しくってたまんなくて」
「あ、はあ、え?」
途端、アズラクが喋り出す。
パリーは目を白黒させた。
「パリーさんの言うとおり、自分を隠したままずっと過ごすのってマジ辛い…でも誰にもこんなこと相談出来ないし…かと言って姉上の傍は離れられないしで。それに衛兵って基本立ちっぱなしでしょ?正直割と暇なんだよね、ほら、この国平和だし。いや、それはいい事なんだけど…。ここに立ってるとさあ、ヒソヒソ噂されてるのが分かるんだよね〜」
堰を切ったように次々とーーしかも、先程までとは打って変わって、かなり軽い口調である。
パリーがぽかんとしていると、「あっ」と呟きアズラクが苦笑した。
「ごめんね、俺ってこういう感じなんだ」
やっぱり幻滅した?と聞いてくるアズラクに、いいえとパリーは首を横に振る。
「た…確かにビックリですけど、素のアズラクさん全然いいですよ!」
むしろこれで更に打ち解けられて嬉しい、とさえパリーは感じた。
「そう言えば…やっぱりカイスとは知り合いだったんですよね」
気になっていたことを再度問うてみる。
「…うん。実は、あいつがここの城に来たのはーー盗み目的じゃなくて俺と話をする為だったらしくて」
「えっ…」
「以前、あいつと俺は仕事…まあ、盗みのこと、だけど。よく組んでたんだ。歳も同じだし、確かに性格は割と乱暴なところがあるけどーーそんなに嫌な奴じゃないんだ。口には絶対出さないけど、俺の事も多少なりとも信頼してくれてたんじゃないかな。衛兵なんか辞めて盗賊団に戻るように言われたけど…俺は断った。他の仲間からは裏切り者だと言われた。…カイスもそう思っているだろうね」
その時のことを思い出しているのかーーアズラクの声は沈んでいた。
「俺はどうするのが正解だったのか。それは今でも分からないまま。だけどそうして全てを投げ打ってでも、ここに来ることを選んだ。だから、後悔はないよ」
ゆっくりとした、静かな口調。未だざわつく心を抑えようと、自分にそうして必死で言い聞かせているようにも思えた。
何故だかパリーの方が胸を痛めてしまう。
「姉上や他の衛兵の仲間に、俺の素性を言いふらして回ってやると脅されたことがあってね。それだけはやめて欲しいって、カイスたちを説得しに行くところだったんだ、パリーさんに初めて会った時は」
「そ、そうだったんですか」
「だけど、そんなことを本当にやるような奴らじゃない……と思ってる。きっと俺に戻ってきて欲しくてそんなことを言ってるだけ…俺がそう信じたいだけかもしれないけど」
カイスも含めてね、とアズラクは付け足した。
「こんな話を聞いて貰ってごめん。でも、一人で悩んでいるよりずっと楽になったよ、ありがとう」
それで、とアズラクが少し顔を赤くする。
「パリーさんさえ良ければーーだけど、またこうして遊びに来て欲しいんだ…」
「もちろんですよ!いつでも話し相手になりますから!」
パリーが笑顔でそう言うと、アズラクもほっと安心したのか胸を撫で下ろす。
「良かった!じゃあ今日のことは、俺たちだけの秘密ってことで」
「は、はい!」
二人だけのーー、その言葉を反芻すると、パリーの胸はときめいた。だが、やはり。
「でも…いつかはお姫様に打ち明けることが出来たらいいですよね」
「…うん」
「きっといい結果になりますよ」
ぽんぽんと、パリーがアズラクの肩を叩く。
アズラクは苦笑するも、しっかりと何度も頷いた。
「あ!あたし、そろそろ帰らなきゃ。ロフサーネさまに怒られちゃう」
「そっか、そうだよね、残念…本当にありがとうパリーさん。絶対またここに来てよ。俺、いつでも待ってるからさ」
「はい!約束ですよ」
短く指切りをして、アズラクと別れた。
笑顔でいつまでも手を振るアズラクを見ていると、今までとはまた違う胸の高鳴りや切なさをパリーは感じた。
何度も何度も「ありがとう」を言われたーー、こんな自分でも少しは役に立てたのだろうか、と。パリーは思いを巡らせる。
モフセン家の屋敷に帰りついた頃、ロフサーネはすっかり不機嫌になっていた。
「もう、パリーったら遅いのよお、一体あなたはどこまでお買い物に行っていたって言うの」
「申し訳ありません……」
「本当に反省してるのかしらぁ?」
ロフサーネはつんつんとパリーの背中をつつく。パリーがくすぐったそうに軽い悲鳴を上げて身を捩ると、楽しくなってきたのかロフサーネが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ニヤニヤしちゃって、なによ。何かいいことがあったのね」
「ひ、秘密です!秘密!」
「まあ!このわたしにも言えないっていうのお!」
むくれるロフサーネはパリーを無理矢理にでも白状させようとじりじり壁に追い詰める。
その隙をついてするりとパリーは逃げ出した。
「ちょっと!パリー!逃がさないわよ!」
「ぎゃー!勘弁してくださいー!」
ばたばたと走り回るパリーとロフサーネ。
パリーはすばしっこいのでロフサーネはすぐに疲れてしまい、ソファーに横たわる。
「ああ、もう…パリー、足が早すぎよ」
「すみません、ロフサーネさま、いつかご報告しますから」
「ふん、もういいわよ、パリーなんて知らないわ」
いじけるロフサーネに、すみません、ともう一度謝った。
そう、今はまだーー、二人だけの秘密。