「カイス…ですか?あの盗賊の?」
パリーからその名を聞いたアズラクが目を見張る。
「ええ。ずっと姿を見かけなかったんですけど、1週間ほど前にまたこちらに買い出しに来た時にそれらしき人を見ました。その時は人と一緒でした。頭にバンダナを巻いた、ピンク色の髪の男の人だったと思います」
「そ…、そうですか。街で何をしていたんでしょう?」
少し、アズラクの表情が固まったかのように思えた。
2人が口にする「カイス」という人物は、以前モフセン家に盗みに入った盗賊だ。
素性は分からないが、2人とそう年の変わらないであろう少年である。長いマフラーを首に巻き、燃えるような夕焼けを思わせる赤い髪が特徴的で、アズラクとはまるで正反対の粗暴な性格である。
パリーがいち早くカイスの侵入に気付き、大声をあげたお陰で何も盗むことなく立ち去った。
が、ロフサーネに危害を加えようとしたカイスをパリーはしつこく追いかけた。
そんな中で、アズラクと出会ったのである。
なんとカイスは大胆にもアル・ブルーズ城にも盗みに入った前科があるらしく、偶然にもカイスの姿を見つけたアズラクもカイスを捕まえようと躍起になっていた所らしかった。
すんでのところで逃げられてしまい、肩を落とす2人はそこで初めて言葉を交わしたのであった。
そして時々こうして会って世間話をする仲になり
、今に至る。
「何をしていたのかはわからないです…。早足であっという間に居なくなってしまいました。でも追いかけたら、アジトを突き止めることが出来たかもですね。今度見かけたらきっと、」
「いけませんよ!そんな事!」
「えっ!?」
アズラクが声を荒げた。
「パリー殿…女性がそんな危ない真似をしては駄目です。もしもですよ、逆に貴女が捕まってしまったらどうするんですか!?そんなの絶対にやめてください。もしパリー殿に何かあったら…」
「あ…アズラクさん」
「…急に大声出してすみません。あいつには、昔俺も苦労させられたから…」
「え?」
「え?…、」
パリーの反応にアズラクが青ざめた。
しかし、直ぐに何時もの彼の顔に戻る。
「いえ!ですから、その。危険な真似はどうかやめていただきたく思いますね」
「……はあ。あの、アズラクさん?今、俺…とおっしゃいましたか?それに、カイスとは昔からの知り合いのように聞こえましたが?」
「いいえ!そんなことは一切言っておりません。聞き違いです。パリー殿の」
「…はっきりとおっしゃいましたよ?昔、俺も苦労させられたからと」
「え…えっと、ですから、そうです!私は奴のことをパリー殿よりも前から知っています。昔から逃げられてばかりで。はい。情けない話です」
「だけど、アズラクさんは割と最近衛兵になられたのですよね?それよりも前からカイスを捕まえようとしていたということですか?ちなみに、衛兵になる前は何をなさってたのですか?」
「……そ、それは……別に、ただの一般市民です」
「はあ…」
どうにもかわされてるようにしか思えない。
疑問を拭えないパリーの、突き刺さるような視線に耐えかねたのか、急にアズラクが地面に手をついた。
「え!?ちょっ、何やってるんですかぁ!?」
「パリー殿!先程の私の失言はどうかこの場限りの秘密にしていただきたいのです!この通りです!誰にも言わないで…!」
「あ、アズラクさ…ちょっ、と、とりあえず顔を上げてください!あたしは別に誰かに言いふらそうだなんて思ってませんし!」
「お願いします!誰にも!誰にも言わないで!」
「言いません!言いませんから!」
…そうして、何とかアズラクを宥め、立ち上がらせた。
「アズラクさ…」
「…私は、今でこそこうして衛兵をやっておりますが、昔は盗賊の真似事をして生計を立てていました…」
俯いたままに、ぼそぼそと話し出した。
「カイスのことですが。奴が、今の盗賊団に入るまで、その…奴も含めた同じような境遇の子供と何人かで組んで盗みを働いていました。ただ、ある時母から、私の父はアル・ブルーズ王だと聞かされて……それで、素性は明かさないままに、こっそりと城へ行きました。そこで、姉上…ファラフ姫にお会いしました。」
「……!」
「姉上は本当に本当にお優しい方で、腹違いではありますが…血縁上の弟となる私に城で暮らすようにと勧めて来ました。ですが、私の母は…王の愛人です。愛人の息子が城に入るなど周りの者に何と言われるか分かったものではありません。ですから当然お断りしました…」
「そ…れで、どういう…流れで、アズラクさんは衛兵に?」
パリーが遠慮がちに尋ねる。
「姉上はそれでも私に城で暮らすようにと仰って下さいました。それならばせめて、姉上に迷惑の掛からないように、こうして、外から城をお守りしようと思ったんです。私の出生を知るものは極一部の人間のみでしたが…既に世間には広まっているでしょうね。たまに視線を感じますから」
「……」
そうなのだ。
あくまで噂話としてだが、パリーの耳にすらも届いている。
「私がやっている事は、ただの自己満足で。こうする事で逆に姉上に迷惑を掛けているのかもしれない…。そう思うと酷くいたたまれなくなる時があります。あのまま盗賊を続けているべきだったのかもしれない。だけど、私は姉上に出会ってしまった。あの方の海のように深い優しさに触れてしまった。私の全てを投げ打ってでも、誰よりも何よりも…お守りしたいのです」
アズラクは城を見上げる。
「姉上はね、先程も申し上げたとおり、なかなか外に出たがらないお方です。それこそ籠の中の鳥。あまり外の世界のことを知りません。……その、つまりですね、この国の人々は全て善良な心の持ち主だと、そう思っている節があります。何が言いたいかお分かりですか?」
「……」
「盗賊なんて、存在すら信じられないでしょう。もし私が元盗賊だったと姉上に知れたら。あの方は卒倒してしまいます」