二日もすると、テルアへ到着した。
イフラース王家の所有する、広大な土地と巨大な城にシャオリー達はただただ圧倒された。
形式的な歓迎は受けたものの、城を包むぴりぴりとした空気が感じられ、緊張は溶けない。
そんな時、不意に明るい声が響いた。
「これはこれは、ようこそお出で下さいました!姫君」
ぱたぱたと一人の男が駆け寄ってきた。
「えっ?」
「申し遅れました。俺が第二王子のエリヤ・イフラースです、どうぞよろしく!」
「あ…は、はい」
にこにこと笑う薄緑の髪色の青年には、この城の雰囲気にそぐわない「異質さ」を感じた。
目を丸くするシャオリーに、エリヤが不思議そうに尋ねる。
「どうしました?」
「ええと…王子様が、なんだか私の想像と違ったというか…」
「と、言いますと」
「ごめんなさい、もっと怖いお顔の人を思い浮かべていたの」
「ええ?そうなんですか?」
屈託なく笑うエリヤの様子に、張り詰めていた空気がふっと柔らかくなった。
「姫君…それは、俺も侵略計画に加担していると思っていたから?」
「え、違うの?」
「…ちょっと、俺の部屋でお話しましょうか」
案内されたエリヤの部屋は、豪勢な他の部屋の造りと違い多少小さめでシンプルなものだった。
「どうぞお座りください、大したもてなしも出来ませんけど…ルチル、お客様だ」
ルチル、と呼ばれた大人しそうな少女が、ぺこりと頭を下げた。人数分のお茶とお菓子を机に並べ、また頭を下げて部屋の奥へと戻っていった。
「んで、さっきの話の続きなんスけど…」
「ああ。そうでした。…俺がこうして一人隔離された部屋に居るのは、"危険人物"扱いされてるからです」
「どういうこと?」
「つまり、反乱分子…なんですよ。俺は兄貴達が言う計画には心底反対してます。人を傷つける事で自分達が得をするなんて考えは絶対におかしい。どうにか戦争を回避出来ないだろうかと、城の中でも仲間を募っているところなんですが、中々…」
相当苦労しているのだろう、エリヤがふうと溜息をつく。
「そんな中で、こうして姫君達が来てくれたことは、兄貴達にとっても驚きだったと思いますよ。だけど、結婚の相手がこの俺では、同盟を結ぶように持っていけるかどうか…正直、不安です。向こうは俺の話なんかてんで聞いてくれなくてね…」
その話は、兄妹仲の良いシャオリーには驚きだった。
「それじゃあ私が此処に来た意味が…」
「いや、それは…」
「仲間を集めるということであれば、ティニティアにも協力を求めれば良いのでは?」
ユエランが口を挟んだ。途端にルアンが不機嫌な顔で尋ねる。
「どーいうことスか?」
「シャンナムカ、ティニティアが力を合わせれば、もし戦争になったとしてもテルアに対抗出来るくらいの兵力にはなると思います。ティニティアもテルアに降れとの命令には渋っているようですが、この提案には乗って貰えるかも知れませんつまり…言い方は悪いですが、逆にテルア国王達を脅すんですよ」
「…なるほど…そうだな。そいつをやってみるのも有りかもしれない。早速ティニティアにこっそり使いを出すよ!良い案をありがとう」
「いえ」
その後、にこやかにユエランと談笑するエリヤを見ながら、ルアンは更に不機嫌になっていた。
「(それにしても結婚のお話はどこへ行ってしまったのかしら…)」
シャオリーが出されたお菓子を軽くつまんでいると、ふと視線を感じた。
当たりを見回すと、部屋の隅の深緑のカーテンの向こうから、先ほどのルチルという少女がシャオリーを羨ましそうに見ていた。
「(もしかして、お菓子が食べたいのかしら)」
「……」
「ええと、ルチルちゃんだったかしら?あなたもいらっしゃいよ、一緒に食べましょ?」
シャオリーがそう言って手招きすると、おずおずとルチルが近づいてきた。
「…いいの?」
「もちろん!私はシャオリー。仲良くしてね、ルチルちゃん」
「……ありがとう、シャオリー」
はにかんだ顔が愛らしい少女は、そのままシャオリーの隣にちょこんと腰かけた。
それを見たエリヤが、慌てて駆け寄る。
「こら!ルチル、お客様に失礼じゃないか」
「大丈夫よ王子様!こうして一緒に食べた方が美味しいもの。それに私、ルチルちゃんのこと好きになっちゃった」
「す、すみません姫君…」
そう言いつつも、エリヤの顔は嬉しそうだった。
「…シャオリー」
「なあに?」
つん、とルチルがシャオリーの膝をつついた。
「シャオリーはエリヤ様と結婚するの…?」
「え?…ええと、一応そのつもりでここに来たんだけど」
「……」
途端にルチルがしょんぼりと顔を曇らせた。
「どうしたのルチルちゃん…?」
「ルチルも、優しいシャオリーのこと、すきになったよ。でも、エリヤ様は取らないで…」
「る、ルチル!なに馬鹿なこと言ってるんだ」
それを聞いたシャオリーは、くすくす笑った。
「王子様、これってどういうこと?」
「い、いや、その、こいつはきっと特に意味を分かっていなくて…俺とは家族みたいに過ごしてきたから、それで…」
「やだ、王子様ってば女心が分かってないのね。ルチルちゃん安心して。最初から私の入り込む隙間なんて無いみたいだから」
「ひ、姫君…」
真っ赤になったエリヤが、居づらそうに頭をかく。
「それじゃあ結婚のお話はナシね。でも、さっきおっしゃった通り、ティニティアには使いを出すんでしょう?」
「ええ。それからシャンナムカにも改めて…。姫君、どうか力を貸してください」
「もちろんよ王子様!お父様たちにも伝えておきます」
「ありがとう」
お互いにしっかりと握手を交わし、話し合いは終了した。
皆がとんぼ帰りをしては不審に思われるからと、数名の兵士のみをシャンナムカへ帰還させ、今回の結果を報告するよう命じた。
夜、渡り廊下で景色を眺めていたシャオリーに、エリヤが近づき話し掛けた。
「姫君、今回のこと、本当に感謝してます」
「王子様。…堅苦しい話し方はよして?私、そういうの苦手なの」
「ですが」
「私の事、呼び捨てで良いわ。あなたともお友達になりたいから!」
そう言ってシャオリーが笑うと、初めは躊躇していたエリヤも、やがて笑った。
「分かったよ、シャオリー。俺のこともエリヤでいい」
「うん!」
「上手く行くといいな」
「きっと大丈夫よ」
「…その、結婚のことは…」
「やだ、まだ気にしてるの?確かにあなたのことはかっこよくって素敵な王子様だと思っていたけど…あんなに可愛いお嫁さん候補が居るんじゃ諦めるしかなくなったわ。あなたの方ははどうなの?ルチルちゃんのことどう思ってるの?」
「ルチルは…小さい時に城の近くでふらふら迷っていたのを俺が助けたんだ。それからずっと一緒に居る。周りの人間がどれだけ離れて行っても、あいつだけはずっと変わらずに俺の隣に居てくれたんだ。大切な子だよ」
「すきなの?」
「…好きだよ。ルチルが居るから俺は生きていられる」
「そういうのって素敵ね」
「…シャオリーにも、そういう人は居るかい?」
「私?」
その存在に一番近いのは、ルアンだろう。
でも。男女の「それ」なのかと聞かれると、良く分からない。
「ううん、私にはまだ…」
「あれ?君は」
エリヤの声に顔を上げると、ユエランが立っていた。
「…お話し中のところすみません。姫君が見当たらなかったので探していたんです」
「そうだったのか。シャオリーには話に付き合って貰ってた。心配させて悪かったな」
「いえ。別に心配はしていません。ただ、ふらふらうろついて迷子になり、そちらに迷惑を掛けてしまってはいけないと思って」
「な、何よ!子供じゃないんだから馬鹿にしないで頂戴!」
「そう言われても…説得力に欠けますね」
「もうっ、どうしてあなたってそう皮肉っぽいのかしらあ!」
暫く、その賑やかなシャオリーとユエランのやりとりを見ていたエリヤだったが、成程、と納得したように笑った。
「シャオリー、君はまだ気付いていないだけなのかもな…」