「その日」が、やって来た。
造花を多くあしらった可憐な婚礼衣装に身を包む。
前日の宴でかなりの涙を流したせいで、シャオリーの目はまだ少しだけ赤くなっていた。
テルアへと向かう大型の馬車の傍らに立つと、足が震えた。
「…そんなに辛いなら無理する必要は無いのに」
いつの間に後ろに立っていたのか、ユエランがぼそりと呟いた。
「…無理なんかしてない!」
「では早く乗れば宜しい。さあ」
「……っ、」
「やはり怖気付いたんですか?」
「ちょっとあんた。その言い方は無いんじゃないスかねえ?」
「ルアンちゃん」
ルアンがずいっと二人の間に入り、ユエランに詰め寄った。
「怖気付いただと?あんたもあの場に居たなら分かんだろ、この国を守るために何もかも押し殺してこの場に居るんスよ?この方は」
「ええ。ですから、覚悟してきたんでしょう?早くしてくださいよ。時間が無いので」
「何なんスかその言い草は!」
「る、ルアンちゃんっ!こんなとこで喧嘩しないでよ。私、ちゃんと行くから」
「シャオリー様……」
促されたルアンはまだ納得いかずに、チッ、と舌打ちをして馬車へと乗り込んだ。
「ったく、何なんスかねえあいつ。偉そうに」
「でも庇ってくれて嬉しかったわ。ありがとねルアンちゃん」
「礼とかいらねっスよ。俺がムカついただけなんで」
「口悪いわねルアンちゃん」
くすくす笑うと、少しだけ緊張がほぐれた。
幼い頃からずっと近くで過ごして来たルアンが、こうして共に来てくれることはやはり心強い。
昨夜は寝付けなかったせいか、今になって眠気がやって来た。
少し寝るとルアンに言い残し、目を閉じて眠りに就いた。
やがてふと目が覚めると、夜明けを迎えていた。
どこらへんを走っているのだろう?と辺りを見回す。
「…あ」
馬車は、兵が交代で馬を引いていた。道中野盗などに襲われてもすぐに応戦出来るようにと槍などの武器も積まれている。その武器の手入れをしているユエランと出くわした。
「…あなた早起きね」
「そちらこそ。ああ、乗った直後からぐうぐう寝ていたんでしたね」
「…っ、う、うるさいわねっ、前の日眠れなかったんだから仕方ないじゃないの」
「そうでしょうね」
ユエランは一度たりとも目を合わせようとせず、ただ淡々と己が使う槍を拭きあげていた。
「…あのね、あなたと私、昔お話したことがあるのよ」
「覚えていますよ」
「え?」
意外だった。彼の事だから、そんなものはあっさりと忘れてしまっているのかと思っていた。
「あれだけしつこく付き纏われれば嫌でも覚えています」
「……。あなた、私がどれだけ遊ぼうって誘っても全部冷たく一言、お断りだったわ。あなたは私のことが嫌いだったの?」
「…と言うよりは、貴女のことが理解出来ませんでした。何故あんなに僕に興味がおありだったんですか?」
「…何故、て…」
問い質されても、口篭るしかなかった。
理由を覚えていない訳ではない。
白銀の髪、左右で違う色の瞳。そして、冷たくどこか物悲しい雰囲気を携えた少年ーー。
正直に言えば、その全てに惹かれていたのだろう。
どうにかしてこの人の笑顔を見たい。
幼いシャオリーには、そんな思いがあったのだ。
「まあ、今更ですね」
「……」
そう。今更だ。
あの時からは時間が経ちすぎた。
第一、そんなことを伝えてどうなると言うのだろう。
もし伝えたとしたら。何か変わるのだろうか?
「…姫君」
「えっ?」
不意にユエランが立ち上がり、目の前へとやってきた。
そっと、頭に触れられ、思わずびくっと肩を竦めた。
「ずれていますよ、髪飾り」
「…あ…」
ゆるゆると見上げると、まともに目が合う。
紫と水色の両の瞳は、やはり変わらずに綺麗だ。
「どうされました?」
「な、なんでもない…!ありが、と」
ぱっと身を離し、風の当たる場所へと移動する。
何故だか、暫く顔が熱かった。