ルアンに引っ張られ、「月季の間」と呼ばれる大広間に入ると、他の兄妹達が既に揃って座っていた。
「リー、何処をうろついていたんだ。さっさとお前も座れ」
「ごめんなさい、フェイ兄さま」
鋭い眼光を向けるのは、第二皇子のシャオフェイ。
穏やかな雰囲気の長兄・ジンシャオとは反対に、冷たさの中に今にも噛み付こうとする凶暴さを秘めているような青年だ。
幼い頃に怪我をした左目には眼帯をしている。
「遅いわよー、あたし達、ずっと待っていたんだからね?」
そう言って立ち上がり、明るい笑顔でシャオリーの腕をとったのはシャオフェイの妻、麗月。
愛らしい顔立ちと白銀の髪。特に目立つのは狐のような耳と尻尾。魔物と人間のハーフである麗月は、普通の人間にはない身軽さを持ち合わせている。
「姉上様!どうぞ、こちらです」
「ありがとうメイちゃんっ!」
立ち上がり椅子を引いたのは第二皇女、シャオメイ。
長く伸びた髪が美しい、聡明な少女である。
武術や馬術に長け、凛々しくも美しい姫として知られる。
「さて、これで全員揃ったわね。お父様、どうぞ」
ぱしん、と扇子をたたみ、ジンシャオが促した。
玉座に腰掛けた、シャンナムカ皇帝陛下であるスー・シャオシェンが、一つ咳払いをして話を始める。ふと、シャオリーが見上げると、父の隣には先程まで話していたユエランが居た。目が合ったような気がして、思い切り顔を背ける。隣に居た麗月とシャオメイが不思議そうにしていた。
「隣国のテルアが何やら不穏な動きを初めているということは、皆知っているな」
「周辺国を侵略して勢力の拡大を企てているとかいないとか、ね。勿論このシャンナムカもその中の一つ」
ジンシャオが眉を顰めると、シャオフェイが腕を組み尋ねる。
「もうその動きがあるのか?」
「既にティニティアには脅しが来てるみたいよ。テルアに屈しなければ攻撃を仕掛けると」
「そんな!ではいつ戦争が起きてもおかしくないということですか?」
「落ち着いて、メイ。確かに一触即発ね…」
話に出て来た三カ国は、西からシャンナムカ、テルア、ティニティアと並ぶ。
ティニティアはテルアを挟んで向こう側に位置する、シャンナムカと同程度の国土、兵力を持った国だ。
「…ね、ルアンちゃん。テルアってそんなに強い国なの?」
ひそひそとシャオリーがルアンに尋ねた。その質問に、呆れ返った顔でルアンが答える。
「知らないんスか?アル・ブルーズ王国程ではないにしてもかなりの国土と兵力を持った国なんスよ、テルアは。そんな国が一斉に攻撃を仕掛けてくるとなると、こっちはもうおしまいスよ…だからこうしてヤバイって話をされてるんじゃねースか」
「じゃあどうなるの?大人しく降伏するの?」
「それは…」
ルアンが言い淀んでいると、暫く黙っていたシャオシェンがまた重苦しい口を開く。
「それも一つの道だ。しかし…かなりの圧力を掛けられ、国民の自由な生活もままならなくなる可能性は大きいだろう」
「とは言え、戦争ということになればなったで、こちらが勝つ可能性は限りなく低い…だからね、リー。テルアに嫁いで欲しいのよ」
「ふえ?」
急に話を向けられたシャオリーは呆気に取られた。
「テルアの第二王子、エリヤ・イフラース。この侵略行為を画策している当事者の一人だ」
「その人と結婚しろって言うの!?私が!?」
「上手く同盟を組めれば無闇にこちらに攻撃をする事も出来なくなるでしょ。戦争回避の為に今考えうる一番の苦肉の策なのよ、分かって頂戴」
「で、でも…!」
「ジン、俺は賛成しない。そんなのリーには危険すぎる。大体テルアにとってはメリットが全く無いだろう、あっちが話を受ける訳が無い」
「フェイ兄さま…」
シャオフェイの助け舟にシャオリーがほっと息をつく。
「アタシだってリーをあんな危ない所に渡したくはないわよ…だけど、そうも言ってられないでしょ…形振り構ってられないわよ」
「……」
暫く重苦しい沈黙の時が流れた。
シャオリーは皆の顔を見渡し、努めて明るい声を出した。
「分かったわ!私、テルアに行くわ」
「姉上様…!」
「リー、本気で言ってんのか」
「だって、それがシャンナムカを救う道なんでしょ?私、皆を守りたい。その為ならそれくらい平気よっ」
「……よく言ってくれた、シャオリー。時は一刻を争う。あちらがどう反応するか分からんが、早めに使いを出そう」
そこで、話は終わった。
心配する皆をよそに、シャオリーは最後まで明るく振舞っていた。
「ごめんね、リー。テルアに向かう道中は、近衛将軍のユエランって子に着いて行って貰うから安心して」
それぞれが自室に戻って行くなか、ジンシャオが発した言葉に、シャオリーが固まった。
「…ジン兄さま。今回のお話は喜んで受けるわ。だけど、それだけはやめて!ユエランとは一緒に居たくない!別の人は居ないの!?」
「ど、どうしたのいきなり〜。あの子相当腕が立つし適任よ?」
「そういう事じゃなくて、」
「あっ!そういえばシャオリー、さっきその人から目を逸らしていたわ!もしかして喧嘩でもしたの?」
麗月がシャオリーの顔を覗き込む。
「け、喧嘩はしてないけど…私、何ていうか、あの人のこと苦手だからぁ…」
「あーら。苦手だなんて嘘ついて。今思い出したけど、リーってばちっちゃい時はあの子にいつもひっついてたじゃない?アタシとフェイはすっごいヤキモチ妬いてたのよ〜。ねえ?フェイ」
「「そんなの覚えてない!」」
シャオリーとシャオフェイが同時に言うと、ジンシャオ達の間に笑いが起きる。そこでようやく皆の先程までの緊張はほぐれたようだった。
「とにかく、もう決まった事だから!ルアンちゃんも居るんだからいいでしょ?」
ばっさりと言われ、シャオリーは我慢するしかなくなってしまった。