ストーンキーパー | ナノ






「もう二度とオリバーとここには来ないわ」

「だから、ゴメンて」


両替してもらったばかりのお金をお財布にしまいながらそう呟く。私の悲痛な叫びも虚しく乗せられたトロッコは、とてもじゃないが楽しい旅とは言い難かった。思わずオリバーの服を掴んでしまい、抱きついた形になったことを覗けばだが。
シワになった服を楽しげに眺めて謝っているが、それがオリバーの本心ではないことが明らかだ。一体あんなののどこが楽しかったのか───。

もっとも、アレを楽しむ余裕があるからこそ、クィディッチの選手が務まるのだろう。


「さあ、最初の買い物はフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店だぞ。ナマエ」


デッカい買い物さ、と苦々しい表情で呟いたオリバーには、教科書リストを見たかどうか確認するまでもないようだ。私は小さく「そうね」と呟いた。


「右を見ても左を見てもロックハート……僕はアイツが嫌いだ」

「あら、そう?確かにロックハートの本は高いけれど、彼はとってもハンサムだわ」


私がそう言うと、オリバーは「悪趣味だな」とため息をついた。失礼な。性格の好き嫌いはあれど、彼を格好悪いなんて言う人はどこにもいない。実際、彼は週刊魔女のチャーミングスマイル賞を受賞しているほどだ。オリバーの意見が正しいとするならば、沢山の魔女達が悪趣味だということになってしまう。
今度は声に出して「失礼ね」と言えば、オリバーは呆れたように肩を竦めた。


フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は、グリンゴッツ銀行の近くにあるマダム・マルキン洋装店の隣に建っている。まるでホグワーツの図書室のように、本が天井までぎっしりと置いてある本屋だ。
しかし、今日は何故か本だけではなく人までもがぎっしりと集まっている。

背の高いオリバーが背伸びをしても中が見えないほどの人だかり。もちろん、オリバーより背の低い私が見えるはずもない。早々に諦めてただその人混みを眺めていると、突然オリバーが「ゲッ」と声をもらした。


「オリバー?どうしたの?」

「な、何でもない。ここは混んでいるみたいだから先に───」

「わあ!オリバー見て!」


私のその歓声に、オリバーが小さく舌打ちをした。


「ギルデロイ・ロックハートよ!」


ああ、そうだな。という気のない返事を無視して人混みの中へ入る。自分のどこからそんな力が出てくるのか不思議だったが、沢山の人をかき分けて一番前へと出た。
そこには雑誌などでよく見た、ハンサムなギルデロイ・ロックハートの姿。彼はキラキラと輝く笑顔で沢山のファンと握手していた。


(まさかこんなところで本物に会えるなんて!)


列に並んでいる魔女達の顔が、私のと同じように赤らんでいる。「彼、今年ホグワーツで教鞭を取るんですって!」その話し声に、あのリストの謎が解けた。今ばかりは彼を防衛術の担当として雇ってくれたダンブルドア校長に感謝しなければ。
よくよく店内を見回してみると、上の窓に『ギルデロイ・ロックハートサイン会』と書かれた横断幕が掛かっていた。


「ねえ、オリバー。私も………あら?」


しかし、私の後ろにいたのは見知らぬ魔女だった。
グルリと一周回ってみても、どこにもオリバーはいない。見知らぬ魔女は「迷子なの?」と私を笑った。


「オ、オリバー?どこにいるの?」


もと来た道を戻ろうとしたけれど人が多い。一体さっき、自分はどうやってここをくぐり抜けてきたのだろう。
サインどころではなくなってしまった。クスクス笑いをしている魔女に背を向けて、オリバーの名前を呼びながら入り口へ向かう。


「オリバ、」

「ここだ、ナマエ」


グイッと後ろから強い力で腕を引っ張られる。振り返ると、少しだけ息を切らせて呆れ顔のオリバーが「全く」と息を吐いた。


「お前のどこからこの人だかりをやっつける力が出てきたんだ?クィディッチのキーパーである僕でさえこのザマだ!」

「ご、ごめんなさい……ロックハートに会えると思ったらつい……」

「もういいよ。ナマエが奴にお熱だってことはよーく分かった」


少し肩を竦め、オリバーはローブのポケットに手を伸ばす。そして中から二冊の本を取り出した。


「これなーんだ?」

「…あ!」


深い緑色の表紙にくすんだ金色の文字。それにはデカデカと『トロールのとろい旅』と書かれている。今年、防衛術で新しく使うことになった教科書であり、ギルデロイ・ロックハートの著書でもある。
よく見ればそれだけではなく、オリバーはなんとサイン待ちの列にしっかりと並んでいた。


「有難う、オリバー!」

「何のこれしき!グリフィンドールの守り人たるもの、これくらいのことは出来ないと」


後ろに並んでいた中年の魔女達は、お喋りに夢中で私達が割り込んだことに気づいていない。

それを見てオリバーは、パチンと軽くウインクをした。






×
- ナノ -