資料室の片隅で
ヴィジュアルフロアの出口。
クラウドがカードリーダーにカードキーをかざせば、またナビゲートの音声が流れだした。
『おめでとうございます!これであなたも神羅マスター!神羅の素晴らしさを広める伝道師としてご活躍頂けます!それでは続きまして、神羅カンパニーが誇ります知識の中枢62階ライブラリフロアへとお進み―――』
でも、その音声は途中で乱れ始めた。
明らかに通常じゃない。誤作動。
えっ!?故障した!?
よりによって今!?
そんなわざわざあたしたちが来た時に壊れなくても!
ちょっと焦る。
でもそうしていると今度は突然、何もしていないのに扉が開いた。
「お待ちしておりました、アバランチの皆様」
開いた扉の向こうにはひとりの初老の男性が立っていた。
その人はあたしたちを見るなり丁寧に頭を下げてくる。
…今、この人アバランチって言った?
しかもお待ちしておりましたって…。
神羅ビルでそんな展開ありえない。
流石にちょっと身構える。
「わたくし、ハットと申します」
男性は変わらぬ丁寧な口調で自己紹介をしてきた。
物腰は柔らか。
この人の他に誰かの気配もないし、特に危険は無さそうだけど…。
とりあえず皆と顔を合わせてみる。
皆もあたしと思ってる事は変わらなそうだ。
「ドミノ市長のつかいで。お迎えに参りました」
そして男性…ハットさんはそう言った。
ドミノ…市長?
「市長って言うのはあの神羅の言いなりドミノのことか?」
「…はい。世界一の魔晄都市、ミッドガルの市長であられるドミノ様の事です」
バレットにそう答えたハットさん。
ドミノ市長…。
まあ、ミッドガルに住んでるし、あたしも名前くらいは知ってる。
本当に、あのドミノ市長?
「ヴィジュアルフロアにて異常なシステムエラーを感知しましたので、アバランチの皆さまがお困りになっているのではないかと」
「市長が俺たちに何の用だ」
「それは直接お聞きください」
皆が思っていた疑問をクラウドが尋ねたけど、ハットさんはそれをここで語る事無くどこかへと歩き出した。
これって、つまりついて来いって事なのかな。
直接聞けって事は、市長の所に案内してくれるとか?
相手はこちらをアバランチだと知っている。
その上でエラーで開かなくなった扉に手を貸してくれたのは事実だ。
ひとまず話を聞いてみる価値はあるだろう。
そう判断したあたしたちは大人しくハットさんについて行ってみることにした。
「わあ…凄い…」
エスカレーターを上がり、ついて行った先…。
そこはさっきのナビゲートで次の目的地だと言われていたライブラリフロアだった。
言うなれば、ちょっとおしゃれな図書館的な?
物凄い数の蔵書。
その光景はなかなか圧巻だ。
あたし、多分一生かかっても全部読み切れない気がする。
「ん〜?こんなとこに本当に市長がいるのかよ?」
バレットは怪訝な顔をした。
まあ見た感じは資料エリアだから、その気持ちはわかる。
ハットさんはそのままライブラリフロアを進み、あたしたちを案内する。
そうして連れてこられたのはひとつの何の変哲もない本棚の前だった。
何でここで止まったんだろうと思っていると、ハットさんはその本棚にあったひとつの分厚い本を静かに奥へと押し込んだ。
「え!わっ」
すると突然本棚が動きだし、隠し通路が出てきた。
ちょっとテンション上がる。
だってこーゆーの、漫画とかでよくあるやつ!
その隠し通路の奥にもまた蔵書は広がっていた。
あ…人生2回やっても読み切れないなこれ…。
そんな事を密かに思いつつまた歩き出したハットさんについて行くと、今度はひとつの扉が出てきた。
「こちらです」
ハットさんはその扉が市長の部屋だと言った。
こんな蔵書部屋の奥の奥にひっそりと市長の部屋があるなんて、ちょっと意外。
バレットが「罠だったらただじゃおかねえからな」と言っているのを聞きつつ、あたしたちは扉の中へ入った。
中は薄暗かった。
でもちゃんと周りが見えるくらいの明るさはある。
部屋の真正面には神羅のロゴ。
家具は高級感のあるものでまとめられている。
それなりの身分の人がいる部屋なのは間違いなさそうだ。
でも、その中で一番目を引いたのは…壁の一面を埋め尽くすほどに設置されていたモニターの数だった。
「え…、これ…」
なにこれ。
映ってるのは、神羅ビルの中?
…監視カメラの映像?
「うお〜、やっと来たか。遅かったの」
デスクの方で声がした。
デスクに置いてあった大きなPCのせいで見えなかったけど、人がいる。
目を向ければ、立ち上がったのはひとりのお爺さん。
あ、じゃあこの人が!
「わしがこの魔晄都市ミッドガルの市長ドミノである。随分と暴れてきたようだな」
やっぱり、その人が市長だった。
市長は名乗りながら、前にあったキーボードを叩く。
するとモニターに此処に来るまでのあたしたちの姿が映しだされた。
げっ…!?
やっぱりこれ監視カメラ?
めっちゃ映ってるじゃん…!
もしかしてバレバレだったかと冷や汗をかく。
いや今更かもしれないけどさ。
すると市長は杖を突きながらあたしたちの元へ歩み寄ってきた。
「誰が尻拭いしてやったと思っとる」
「どういうことだ」
「どもうもこうもないわい。お前らが警備に見つかる度に、カメラに映る度に、通報される度に、もみ消してやったんだ。感謝せえ」
クラウドが聞けば「フン」と言いながら髭を撫でる市長。
市長が、あたしたちの尻拭いをしてくれていた?
道理でスムーズに進めてたわけだとちょっと納得する。
でもなんだって市長がそんなことしてくれるの?
こちらがそう戸惑っていると、市長の方もなんだか意外そうな顔を見せた。
「なんだ、分派の連中は知らんのか。わしがアバランチと組んでおる事を」
「なに!?」
バレットが驚いた。
ということは本当に分派の皆は知らなかったらしい。
「ティファは?」
「全然知らなかった…」
あたしはティファにも聞いた。
でもティファも同様で初耳だと首を振っていた。
「驚くほどの事ではあるまい。このフロアを見てみい。市長とは名ばかりの実態はこの通り。資料室の一角に閉じ込められたただの老いぼれだ。この冷遇に怒りを覚えるのは至極当然な事と思うがの」
市長のその口調には本人も言った通りに怒りが滲んでた。
確かにあたしたちもこんなところに市長の部屋があるの?とは思った。
となれば勿論、市長自身もそう思っているわけで。
「だったら話は早え」
「うん。私達を研究施設に入れて」
「研究施設?なんだ、目的はプレジデントじゃないのか?」
バレットとティファが早速頼めば、市長は不思議そうな顔をする。
「捕われた仲間を救出したい」
「多分、研究施設に捕まってるはずなんです」
クラウドとあたしも付け加える様に説明した。
その後ろにバレットが「勿論、プレジデントの野郎もとっちめるけどよ」とか付け加えてたけど。
どうやらバレットとしてはプレジデントを放ってとは言いたくないらしい。
「まあ、神羅を引っ掻き回してくれるならなんでもええわい。64階までは何とかしてやる」
市長はあたしたちの目的自体には然程興味はないらしい。
というか、神羅にとって面白くないことなら何でもいいと。
まあ、こっちとしても協力してもらえるなら何でもいいんだけど。
でも…64階まで?
何故だかついた条件にあたしたちは首を傾げた。
「なんだよ、ケチくせえこと言うなよ」
「わしが出来るのはそこまでだ」
市長はそう言って背を向ける。
その背中はなんだかちょっと虚しそうだった。
でもつまり、したくないわけではなくて、出来ない?
「市長なのにか?」
「市長なのにだ!!!」
ビクゥッ!
クラウドの言葉に凄い勢いで振り返り、そう怒鳴った市長。
突然の勢いに思わず肩が跳ねる。
「ミッドガルの市長であるにも関わらず、わしの仕事と言えば資料の管理!重役会議にも呼ばれとらんわ!市長が毎日毎日資料の整理、紙をめくり過ぎて指は切り傷だらけじゃわい!この痛み、あの男は知るまい!悔しい、悔しい…!!」
しかもそれでスイッチが入っちゃったらしく、市長はかなりヒートアップしてしまった。
う、うわあ…これは…なかなか鬱憤溜まってるなあ…。
あたしはちょいちょいとクラウドを突いて耳打ちした。
「…クラウド。地雷踏んだみたいだよー…」
「…らしいな」
愚痴も混じってなんか色々やばい市長。
その勢いにはバレットも慰めモードに入ってた。
「あー…わかった、あんたの恨みは俺たちが晴らしてやるから…な、落ち着け。深呼吸だ、深呼吸」
いやマジで、バレットが慰めるって相当だぞこれ。
ていうかこっち全員ちょっと口挟むタイミング失ってたしね。
まあでも色々吐き出したことでひとまず落ち着きはしたらしい。
「ふん、カードキーを寄越せ」
市長はそう言って手を出してくる。
クラウドはポケットからカードキーを取り出すと、市長に渡した。
そして市長はカードキーの情報を更新してくれた。
「ほれ。これで63階のリフレッシュフロアまで行けるぞ」
「そっからはどうすんだよ」
「63階に協力者がおる。そいつから64階のカードキーを受け取れ。合言葉は…《市長》《最高》だ!!ミッドガルの市長は最高!!誰が何と言おうと最高!!!」
協力者との合言葉を言うのに、両手を挙げて高らかに叫びだす市長。
あ、ヤバイ…。
なんかまた変なスイッチはいっちゃったっぽい…。
「…相当きちゃってるのかも」
「…聞こえたら面倒だ。黙っておけ」
「…へーい」
ちょっと呆気にとられながらまたクラウドと小声で話す。
うん、まあまた余計なスイッチはいっちゃったら大変だもんね。
わざわざこっちから押す必要はなかろうよ、うん。
「お前が《市長》と言って《最高》と答えた者が協力者だ。わかったか」
あたしたちは頷く。
ひとまず、これで64階までの足掛かりは出来た。
そこまで行けばあと1階。なんとかなるだろう。
こうしてあたしたちは市長の部屋を後にし、協力者を探すべくまずは63階のリフレッシュフロアに向かったのだった。
To be continued
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