不吉な映像
非常階段から59階まで上がってきたあたしたちは扉を開き施設内に入った。
59階はスカイフロアと呼ばれるブースらしい。
そこは広くガラスが設けられており、展望台のようになっている場所だった。
「おい、見ろよ」
バレットはそう言いながらガラスの方に向かう。
あたしたちも後を追い、ガラスの先にある景色を見下ろした。
「わっ、綺麗!」
あたしは素直にそう口にした。
そこにあったのはミッドガルの夜景だった。
街の明かりが無数に広がっていて、思わず見惚れてしまう綺麗な光の景色だ。
「許せねえ…」
「え、なに」
すると突然、バレットはその夜景を前に怒りを露わにした。
何だと顔を見ればふるふると拳を震わせている。
「此処に来た奴らはこの夜景を見て、綺麗だ、絶景だ〜って喜ぶんだぜ?おう、今のおめえみたいによ!」
「えっ、あたし?!て、指差すな!」
ぴしっと指差されたからぺしっと跳ね返した。
でもバレットは跳ね返した手をまた握って震わせる。
「あのあかりのひとつひとつが星の血を、命を削って灯ってるんだってことに気づきもしねえでよ!俺も一瞬うっかり感動しちまった!」
ああ、そういうことか…。
拳を震せてた理由に納得した。
どうやらバレットも見惚れてたらしい。
それが悔しくて苛立つと。
まあでも、確かにアバランチの主張を考えるなら…この景色は考え物か。
すっごく綺麗だけどね。
バレットはフンッと顔を背けてガラスから離れていった。
それをなだめる様にティファが追いかけていく。
「あんたは好きそうだな、こういうの」
「うん、そうだね。好きかな。思う事は、まあ色々ありますが」
あたしはもう少しだけその景色を見ていて、クラウドもそれに付き合ってくれていた。
まあ嫌いとは言わない。
いくらでも見ていられそうだなあなんて、そんなことを思ったのは事実だ。
「星空とかも、好きそうだな」
「星?ああ、見てみたいかも!ミッドガル育ちだから、そういうのは縁無くてさ」
「そう言えば、そうか…。俺の故郷は、星が良く見えた」
「クラウドとティファの村?へえ〜!やっぱ綺麗?」
「まあな。あんたの反応を見るのは面白そうだ」
クラウドはそう言ってふっと笑った。
星空かあ。
確かに夜景とはまた違う感動がありそうだ。
でも星って街が明るいと見えにくいらしいから、ミッドガルだとあんまり見えないんだよね。
いつか、見られる日が来るかな。
そんな事を思いつつ、あたしとクラウドもガラスから離れた。
階段で乱れた息もだいぶ戻ってきた。
いつまでもここでぼんやりしてる場合でもないしね。
それに1階で調べた情報だと、このスカイフロアの受付で手続きをするって話だったはずだ。
あたしたちは、まずそのスカイフロアにある受付とやらを探してみた。
『見学ツアーのお客様ですね。見学ツアーのお客様は60階、61階、62階、63階と順番に進んで頂きます。各フロアの出口に更新機がございますので、そちらでカードキーを更新して頂きますと、次のフロアをご利用になれる仕組みとなっております。それでは皆様、見学ツアーを心ゆくまでお楽しみください』
見つけた受付にはカードリーダーが設置されていた。
そこにクラウドがカードをかざせば内容が更新されてホログラムで映し出されたお姉さんが機械的にそう説明してくれた。
「ったく、面倒くせえなあ!」
「ちょっと、変じゃなかった?」
「うまくいきすぎている」
「やっぱりそう思う、罠?」
「うーん…まあ確かにスイスイ行けてる気もするけど。目的地、確か65階だったもんね」
イライラしてるバレットに、妙にスムーズに行くことに不信感を抱いているティファとクラウド。
あたしも、不信感はそれなりに。
1階で調べた研究室は65階だった。
そうなるともう目前まで辿りつけちゃう感じだ。
神羅のセキュリティって、そんな甘々?
いやカードキーまみれだから、そう言う感じでもなさそうなんだけど。
でも、どんなに怪しくても進める道はそれだけだ。
とりあえず、なんとなく引っ掛かりは覚えながらも、あたしたちはその見学ツアーとやらのルートを辿ってみることにした。
「「うわあ…」」
見学ツアーのルート。
その扉に入った瞬間、あたしとバレットは一緒に引いてハモってた。
いや、でもこれはどう考えてもうわあってアレである。
部屋に入ってまず最初に目に飛び込んできたのは、プレジデント神羅の金ぴかで大きな像だった。
『神羅カンパニー本社ビル、見学ツアーへようこそ。こちら、メモリアルフロアではプレジデントのこれまでの歩みやわが社が展開する数々の事業について、また魔晄都市ミッドガルと魔晄エネルギーについて、それらを3つのブースに分け展示しております』
自動のナビゲートが流れる。
なるほど。
まさに見学ツアーって感じだ。
でも正直目の前にあるこの金ぴか像はあまり趣味の良いものとは言えない…。
しかもこのブースのプレジデントの歩みって、自分語りってことだもんね。
「胸やけしそう…」
「自分大好き野郎ってこったな」
「はー…自分の展示とかむず痒くならんのかねえ…」
ティファとバレットと一緒にプレジデントの展示を見てうげ〜っと顔をしかめた。
まあこんなもん興味もないし見たくも無いのでさっさと通り抜けるに限る。
あたしたちはちゃちゃっとそのフロアを通り過ぎた。
そうして次にブースに移れば、今度のメインは神羅の事業についてだった。
神羅の事業は大きく分けて5つ。
兵器開発部門、宇宙開発部門、科学部門、治安維持部門、都市開発部門。
それぞれの統括が事業内容についてホログラム映像で説明してくれるって感じだ。
「なんか、個性あふれるね…重役さん達」
「そうだな…」
「あ、でも都市開発の人…えと、リーブさん?この人はまともそうかも」
「ハッ、神羅の重役にまともな奴なんていねえよ」
ブースを見てクラウドに話してたらバレットにケッ…みたいな感じで言われた。
神羅の重役さん…その面々は、なんとなく変わり者そうというか…あんまりお近付きにはなりたくないかなぁなんて感じがした。
いやまあ実際がどうかなんてのは知らないけどさ。会った事無いし。
でも都市開発の統括さんだけ、なんとなく話し方とか真面目そうで、しっかりした印象を受けた。
ていうか他がコメント適当すぎたってのもあるけど。
用意されてない部門もあったし…。ツアーなのにいいのかそれで。
まあ、あと気になった人と言えば…やっぱり科学部門の宝条博士…かな。
エアリスはこの人の研究施設にいるんだって考えたら、ちょっとね。
でもこの人も大したコメントはしていなかったから、よくはわからない。
ただひとつ抱いた感想と言えば…研究にしか興味が無い。
他の事なんて二の次。そんな感じの印象だった。
「あ、これ、ミッドガルの…模型?」
そして次は最後のブース。
最後は魔晄エネルギーや魔晄炉、ミッドガルのこと。
進んだ先には1/10000スケールで作成されたミッドガルの模型が設置されていた。
「わ、なかなか精巧…」
1/10000とは言え、結構な大きさがある。
つい七番街はどこだろうなんて模型を見渡すと、またナビゲートの音声が流れてきた。
ミッドガルは市街地を取り巻くように8基の魔晄炉が設置されており、日夜魔晄を吸い上げている。
魔晄とは、地下に眠る無尽蔵の資源。それを神羅が採掘し、電力に変えて、または高性能の燃料として人々に届けている。
魔晄エネルギーの普及により、人々の生活は豊かになった。
明かりが途切れることは無くなり、ミッドガルは眠らない街として世界の中心となる大都市に成長した。
「嘘ばっかりじゃねえか」
「…魔晄で生活が豊かになるのは本当だ」
ナビゲートが止まると、バレットは気に食わなそうな顔をする。
そこにクラウドは冷静に言葉を返した。
そう。生活が豊かになるのは本当。
あたしは、それを当たり前にして生きてきた…。
でも、色々と考える機会はあった。
スラムに住んだこと、ティファやバレットに出会ったこと。
その豊かさは永遠では無く、星の命を削っている…か。
「豊かさってのは目を曇らせるんだよな。俺にもそんなことがあったぜ。だから、余計ムカつくんだ」
そう言ったバレットは、なんだかちょっといつもと違うように思えた。
バレットも、多分昔に神羅と何かあったんだと思う。
その詳細は…よく知らないけど。
神羅の言う豊かは甘い誘惑。
それに夢を見たことがバレットにもあって、そんな自分を許せない…。
ニュアンス的には、そんな風に取れた。
『おめでとうございます!これであなたも神羅博士!それでは続きまして、神羅の英知と最新テクノロジーを結集しました61階、ヴィジュアルフロアへとお進みください!』
フロアの出口でそんなナビが流れる。
模型のフロアは模型の展示だけで終わり。
次のフロアはなんだか大層そうだ。
でもヴィジュアルフロアって何だろう。
扉を出てエスカレーターを上がり、次についたのはなんだかちょっとしたホールのような場所だった。
「なんだろ、ここ」
踏み入れると、何もない。
でもしばらくすると、何やら装置が動き出す。
「へっ…」
思わず驚いて間抜けな声が出た。
でもその瞬間、体が浮かび上がる様な感覚と、光や風、音、匂いなど、五感が刺激された。
目の前に、自然豊かな景色が一気に広がっていく。
まるで、どこかにワープしたような…そんな映像技術。
そこにナビゲートが加わり、その光景についての説明が始まった。
『かつてこの星には、古代種と呼ばれる種族が住んでいました。彼らは星の開拓者と呼ばれ、我々が魔晄を発見する何千年も前から地中に眠るエネルギーの存在に気が付いていたと考えられています』
古代種…。その単語を聞いて、ハッとした。
それが、エアリスの事…。
古代種たちは、星の開拓者…。
エネルギーの存在に、遠い昔から気が付いていた。
そして魔晄を独自の技術で加工して活用していた。それがマテリア…。
『こんな言葉が残されています。我ら、星より生まれ、星と語り、星を開く。そして、約束の地に帰る。至上の幸福、星が与えし、定めの地…。しかし、そんな彼らも今はいません。約二千年前に星を襲った隕石により、滅びてしまったのです』
古代種の人々が笑っていた光景があった。
でもそれが消え、荒れ果てた大地が映る。
二千年前の隕石…。
それが原因で、今はその生き残りがエアリスだけってこと?
『はたして、彼らは約束の地に辿りつけたのでしょうか?それは、誰にもわかりません』
そして映像の空模様は流れ、時が経つ。
荒れた大地に、ミッドガルが出来上がっていく。
『月日は流れ…神羅カンパニーがまるで古代種の歩みをなぞるかのように魔晄をエネルギーとして活用する方法を編み出しました。穏やかな気候、豊かな自然、そして溢れんばかりの魔晄エネルギー。そんな土地が、この広い星のどこかで我々が来るのを待っています。神羅カンパニーは、古代種が夢見た約束の地を一日も早く皆様にお見せするべく、これからも日夜努力を続けてまいります』
そして、映像は終わる。
景色は元の何もないホールへと戻った。
「終わりか?」
「う、うん…そうっぽい?」
バレットが戸惑ったように言うから、あたしも多分と頷く。
神羅は古代種の歩みをなぞる…。
古代種たちが夢見た豊かな土地を探してる…か。
正直、詳しい事はわかってないあたしでも都合のいい話をしてるなって思った。
でも、それを口にする事は出来なかった。
何故なら、終わったと思ったのに、また景色がパッと切り替わったから。
「えっ…」
辺りを見渡す。そこは街だった。
神羅ビルもある。だから、ミッドガルの街並み。
でも、なんだか変だった。
空が赤い。
空を覆い尽くすくらいに大きな塊が迫って来ている。
隕石…?
そう思ったのは、さっき古代種たちが滅びた原因が隕石だったと聞いたからだろうか。
そして、逃げ惑う人々。
隕石から竜巻が起こる。
それは魔晄炉を、神羅ビルを、ミッドガルを、粉々に破壊していく。
まるで、地獄絵図。
「ナマエッ…」
「えっ…」
その時突然、腕をガシッと強く掴まれた。
名前も呼ばれて振り向けば、そこにいたのはクラウド。
「離れるな!俺から絶対に!」
「えっ…」
強く、握られる。
なんだか、尋常じゃないくらいに切羽詰まっているような。
クラウド…?
どうしてそんなに焦ってるの?
だってここは映像の中だよ。
迫る隕石。壊れていくミッドガル。
その状況に逃げ惑う人々。
でも、人々はあたしたちをすり抜けていく。
だからこれは、現実じゃない。
だけど、どう考えても普通じゃない光景なのは事実…。
この映像は…一体、何?
そうしてクラウドと辺りを見ていれば、フッ…と突然背後に冷たい気配を感じた。
そして…。
「…お前が、クラウドの弱点か」
「っ…」
そして、囁かれた…冷たい声。
思わず息を飲む。
何。何だろう。
でもなんだか振り返るのを躊躇ってしまう。
クラウドの…弱、点…?
なにが…?あたし…が?
聞こえた言葉は幻聴だろうか?
いや、…でも。
映像の中なのに、確かに感じた寒気があった。
その時、隣でクラウドがぽつりと呟いた。
「セフィロス…」
セフィ、ロス…?
神羅が誇る最高のソルジャー…英雄セフィロス。
クラウドが口にしたその名前。
どうして、セフィロス…?
そう思った時、目の前が暗転する。
戸惑うほどリアルな恐ろしい映像はそこで終わり、今度こそ元のホールの光景に落ち着いた。
「ちくしょう、まだ頭がクラクラすんぜ。とんでもねえ映像を流しやがって。子供が見たら泣いちまうだろ!」
「ただの映像じゃない…」
落ち着いたことで、バレットがまた文句を吐く。
それにクラウドは神妙な顔をする。
…のはいいんだけど。
あたしはちょっと、落ち着かない。
ていうか多分はたから見てもちょっと気になるであろうわけで。
気が付いたバレットがクラウドに指摘した。
「おい、クラウドよ。お前何ナマエの手掴んでんだ」
「え…あ、わ、悪いっ…」
「あ、ううん…」
掴んだことを忘れてたらしい。
クラウドは我に返ったように慌てて手を離す。
あたしは首を振った。
あ、ちょっと残念とかは黙っときます勿論。
でも、クラウドちょっと変だったな。
ていうよりそもそもさっきの映像が変だったけど。
バレットの言う通り、あんなの子供が見たら大号泣ものだ。
「あの隕石、なんだろう」
「だから、そういう映像だろ?」
ティファも不信そうに呟くけど、バレットの言う通りそういう映像としか言いようがないのは事実。
だって今、こうして普通に元の場所…いや、ここにいるのが映像である証拠だから。
でも、あの一瞬…背筋に走った寒気。
あれは、あの感覚は…本物だった気がする。
…だからこそ、クラウドも切羽詰まっていたのかもしれない。
「……。」
さっき握られた手首を見る。
まだ、感触が残ってるみたいだ。
普通じゃない何かを感じて、近くにいた手を掴んでくれた。
きっとたまたまだけど、気にかけて貰えるのは…やっぱり嬉しいと思う。
でも、セフィロスか…。
クラウドが呟いていた名前を思い出す。
そう言えば前にも、クラウドはセフィロスの事を口にしていた。
生きているのかもしれないって、そう言ってたっけ。
…クラウドの弱点…。
聞えた言葉は男の冷たい声。
あれが、セフィロスの声だとしたら…?
ううん…でもやっぱり、あたしの中ではセフィロスと今の何かしらが繋がる事はない。
え…なんか見落としてる?
あたしが馬鹿だから?
ううんと考えても、いや、やっぱり繋がらない。
「…先に進もう」
クラウドはカードを取り出し歩き出す。
映像が終わったなら、また先に進めるはず。
さあ次はどんなフロアなんだか。
あたしたちはまた進むべく、扉の方へと向かった。
To be continued
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