ふたりきりの内緒話



「すまねえ、本当にすまねえ。他に、宛てが無くてよお」

「怪我人を追い出すような薄情は出来ないよ」





七番街スラムから出たあたしたちは意識の無いウェッジを連れて再びエアリスの家へと戻ってきた。

全員七番街スラムに住んでいたあたしたちにはもう家が無い。
怪我人をゆっくりと看病させられる場所と言うともうエアリスの家しか思い浮かぶ場所が無かった。

エルミナさんはそんなあたしたちを快く迎えてくれた。

ああ、本当に…迷惑かけっぱなしだ。





「エルミナさん、申し訳ないです…」

「気にしなくていいって言ってるだろ?ほら、顔上げな」





あたしはエルミナさんに頭を下げた。
エルミナさんはあたしの肩に手を置いてくれる。





「エルミナ」





そうしているとクラウドがエルミナさんに声を掛けた。

振り向けば真剣な顔。
その顔を見たとき、あたしはクラウドが何を言わんとしているのか察しがついた。





「やはり、エアリスを取り戻すべきだ」

「またその話かい」





エルミナさんはうんざりとするようにクラウドから顔を背けた。
だけどクラウドは続ける。





「神羅の地下施設で人体実験のあとを見つけた。俺の方が神羅と言う組織を知っている。話を聞いただけで、エアリスを解放するとは思えない」





クラウドは言葉を濁すことなく結構直接的な言葉を選んでいたように思う。
でもそれは何としても説得しなければと思っていただからだろう。





「この世界でたったひとりの古代種となれば、科学部門が黙っていないはずだ。科学部門には、宝条という人を人とも思わない…」

「やめておくれ!」

「でも!」





クラウドは食い下がる。

でもそこまで話したところでティファがクラウドを止めた。
確かに今これ以上続けてもエルミナさんを追い詰めてしまうようにも思う。





「…少し、考えさせてくれないかい。あんたたちも疲れただろ。今日はもう休んだらいい」





エルミナさんはそう言ってあたしたちにも寝室を用意してくれた。

正直そう言って貰えるのは凄く助かった。
だって今のあたしたちは今日の宿にも困る様な状態だから。





「やっぱり、綺麗な景色」





用意して貰った部屋の窓から、あたしはエアリスの家の庭を見た。

沢山の花たちに溢れた、優しい景色。
それは夜だとまた少し神秘的にも見えて、ちょっと不思議だった。





「……。」





振り返ると、ティファが静かな寝息を立てて眠っていた。

ティファ、疲れただろうな。
きっとここまで、色々気も張ってたはずだし。

それにアバランチの事…。
七番街が崩れた時、私たちのせいだねって…そう言って真っ先に自分を責めていたから。





「外、ちょっと出てみようかな」





今日の風は緩やかだ。
それと柔らかな花の匂いを嗅ぐのは、なんだかちょっと気分が良さそう。

よし。じゃあ、思い立ったならば!

あたしはゆっくり音を立てないように部屋を出て、庭の方に向かった。






「はあ、風…きもちい…」





丘の上に立つと、ひんやりとした風が頬に触れた。

風ってちょっと冷たいくらいがちょうどよくて気持ちいいよね。
その場で腕を上げ、うーんと体を伸ばした。

そうすると、色々思い出した。

このお花たちに囲まれて、クラウドとエアリスと話をしたんだよね。
一緒に花摘んだり、花の声が聞こえるか、とか。





「ナマエ」

「ほわあ!?」





そうしてぼんやりしていると、後ろから声を掛けられた。
急な人の気配にあたしは素っ頓狂な声を上げて振り返った。





「そ、そんなに驚くとは思わなかった…」

「く、クラウド…」





そこにはあたしの声に驚いたのか目を丸くして立っているクラウドの姿があった。





「えっ…あ、あれ…クラウドこっそり近づいた?全然気配しなかったんだけど…はっ、ソルジャーって気配消せるの?消してた?」

「そんなわけないだろ。むしろ気づいてると思ってた」

「あれ…じゃああたしがぼーっとしてただけ?」





そんなにぼんやりしてただろうか。
うーん、でもぼーっとしてた自覚はあるから否定は出来ない。

まあクラウドが嘘をつく理由も無いだろうしこっそり近づいてくるのも意味わからないからそうなんだろう。

それなら突然大声あげてこっちの方がビックリさせたよね。





「ご、ごめん。でも、クラウドどうしたの?」

「…こっちの台詞だ」

「ん?」

「…たまたま、あんたが外に行くのが見えたから」

「え、もしかして見に来てくれたの?」

「…まあ」





クラウドは控え目に頷いた。

あたしが歩いていく姿が見えたから…。
…それで、わざわざ見に来てくれたのか…。

胸が、ちょっときゅっとした。





「眠れないか?」

「うーん、いや、眠れるとは思う。やっぱ流石に疲れたし」

「…なら寝ておけ」

「あはは、ごもっともー。でもね、なんだか外が気持ちよさそうだったから」

「……。」

「風、気持ちいね。お花も良い匂い」

「…ああ」





あたしはただ、風に当たりたかっただけだと答えた。
いやていうか本当にそれが理由だし。

すうっ…と息を吸えば、冷たい空気と花の匂いがする。

うん、やっぱりなんだかちょっと気分もすっきりするような感覚だ。





「ここ、綺麗で爽快で、なんかいいよね。クラウドとエアリスと話してた時から思ってた」

「まあ…な」

「まだ全然、あれから時間経ってないんだよね。でもなんか凄く懐かしく感じる気がする。あの時はまだエアリスがいて、七番街もあって…って、そんなの当たり前だけど」

「…ナマエ」





落ち着けると、やっぱり色々と考える。

ここまでに起きた事…目まぐるしくて、なんか夢みたいだ。
でも夢じゃない。すべて現実だとちゃんとわかってる。





「…ナマエ、平気か?」

「ん?うん。あたしは平気だよ。こうやって、ちゃんと立ててる」

「……。」

「…ティファとバレットの方が、結構参ってるし…。これからあたしに出来ることって、なんだろう。色々考えてるけど、やっぱり難しいね」




適した言葉、出来ること…そういうのを探すのは、結構難しい。

さっきも部屋の中で少しティファと話したけど、大したことは言えていない…。
また出来ること、少しずつ探していこうって…そんなありきたりな言葉だけ。





「…どっちの方がなんて、ないだろ」

「え?」





クラウドはそう言った。
それは予想外の言葉で、あたしは多分目を丸くした。





「ナマエだって、辛いに決まってるだろ。…どうして、抑えてる?」

「……。」

「…言っていい。俺に。俺でよければ、聞く…」





少し、視線を逸らしながら。
不器用に紡がれる、優しい言葉…。

あたしも、辛いに…決まってる。

家、無くなった…。
仲良くしていた人も、無事なのかわからない…。
プレートの上…子供の頃に過ごした場所も、もう…瓦礫の中。

エアリスも…攫われちゃって…。

苦しかった。考えると…。
でも、あたしはこうして立っていて…何かをする力、残ってた。

気…やっぱり、張ってたのかなあ…。

立っていること自体は、難しくなかった。

でも、どうしてだろう。
優しくされると、気が緩む…。

目の奥、熱くなって…胸の中がじわじわする。

あたしはすとん…と、その場にしゃがみこんだ。





「なんでクラウドは…そんなに優しいのかな…」

「別に…俺は…」

「クラウドは、優しいよ…。何度も言ってるよ」

「……。」

「うーん…あたし、痛みにはわりと強い方だと思うんだけど…。駄目だね…優しくされちゃうと…駄目だ…」





膝を抱えて、丸まった。

あたし、痛みは結構我慢できるタイプだと思う。
小さい頃からね、転んでもわりと泣かない子だった。

でも…偉いねって、優しくされると駄目だった。

するとふっと…すぐ傍に人の気配が落ちる。
ゆっくりと顔を上げれば、視線を合わせる様にクラウドもしゃがんでくれていた。

そして、戸惑ったような声で聞かれた。





「どうしてやれば…いい」

「え?」

「ナマエ…、…俺は、あんたにどうしてやればいい…。こういう時…」

「…大丈夫…。なにも、してくれなくていいよ…。クラウドがそんな風に考えてくれるだけで…十分…」

「……。」





あたしはゆっくり首を横に振った。

どうしたらいいか…なんて。

クラウドが、あたしの事を考えて…そんな風に言ってくれる。
そんなの…なんて贅沢な話だろうと。

うん…それ以上なんて無いよ。十分すぎるくらいだ。





「ありがとう…」





あたしはそう言って、膝に少し顔をうずめた。
その間、ずっとクラウドは傍にいてくれて…なんだか凄く、ホッとした。

ああ…ほら、優しくて…こんなにもこの人はあたたかい。

うん…やっぱり、大好きだ…。
心の中に、また溢れた。





「うん、…なんか、元気出た」

「え…?」

「やっぱ、ちょっと抑えてた。でも、今それに気が付いたから、少し整理出来た気がする」

「そう、か…?」

「うん!」





しばらくして、あたしはそう言って顔を上げた。
自然と笑みがこぼれて、クラウドに大きく頷く。
するとクラウドもどこかホッとしたように表情を緩ませてくれた。





「…それなら、良かった」





優しい声。優しい表情。
ああ…そんな風に優しさをくれると、なんだかくらくらする…。

今は、ちょっと心が弱ってて…だからかな。

枯渇を潤すみたいに…。
なんだか、いっぱいいっぱいになって…。





「……今、そんな、あんまり優しくされると…ちょっと」

「え?」

「うう…」

「ナマエ?」

「…っ、な、なんでもないよぉ…!」

「えっ…」





がばっとまた膝に顔を埋めた。
埋めたから顔は見えなくなったけど、クラウドがちょっと困惑してる様子はわかった。

だって…クラウドが気に掛けてくれて、心配してくれて…。

沁みていく。滲んで、溢れて。
嬉しくて、苦しくて。

すがりつきたくなってしまう。

好き、っていう気持ちが…じわりじわりと。

あたしはゆっくりと少し顔を上げた。





「ごめん…。なんか、…嬉しかったから」

「嬉しい?」

「うん…あたし、クラウドのそう言う優しいところ、とっても好きだよ」

「えっ…」





好き、という言葉を口にした。

その瞬間、ハッとした。

クラウドは目を丸くした。
あたしは…ぶわっ、と身体中に熱を帯びた。





「あ!へ、変な意味じゃなくてね!」





慌てて訂正。いや、付け加えた。

馬鹿だね!?本当馬鹿だねあたし!?

あまりのおマヌケっぷりにちょっと自分を殴りたくなった。

や、意味的には…間違ってない。
ていうか変な意味でも好きだけど!ってそうじゃなくて!

…いや、ただ、気に入ってるとか、良いと思うとか、そういう感じで言いたかったわけで。

ちょっと…ああ、好きだ好きだって思いすぎてポロっと…。

完全に言葉のチョイス間違えたなと…。





「そんなに力いっぱい言わなくても…わかってる」

「え…あ、うん…」





クラウドは言われなくても…というように頷いた。
少し、ため息交じり。

う…うん…まあ、そうなら…いいんだけど。

…でも、あれ…なんかちょっとショック…そう?

そんなに力いっぱい…だったかな。
だとしたらちょっと失礼だっただろうか…。

でも…だってあたしは、手を伸ばす勇気…ないんだ。
それは凄く無謀に思えて。

気持ちを伝える勇気なんて、これっぽっちもない。

壊れゆくスラムに呆然とするティファに、真っ先に駆け寄った。
攫われたエアリスを助けに行くと真っ先に行動しようとした。

…いや、何考えてるのかって話なんだけど。

でもね、そういう姿…見てると、やっぱり。
手が届く可能性なんて…欠片ほどもあるかわからないから。





「でも、…最近」

「え?」




その時、クラウドが静かに口を開いた。





「優しいって…あんたにそう思われるのは、悪くない気がしてる…」

「へ…」





言われたのは欠片も予想しなかった言葉。

一瞬、言葉の理解に遅れた。

あんたにって…あたしに?
あたしに優しいって思われるの、悪く…ない?

クラウドはいつも、自分は別に優しくないって言うけれど…。





「……。」

「……。」





お互い黙った。

あたしは…言葉が、なんて言ったらいいのか…わからなくなって。

だって、なんだか都合よく捉えそうで…。

でも、そんなわけない…。
そんな都合のいい話、あるわけがないもの。

だけど…。

あたしは、この人にとって気を許せる相手にはなれているのかなと。
それは、そこは…自惚れても良いんだろうか。





「…ね、クラウド。なんか最近、ずっとクラウドと一緒にいた気がする。色んなこと、一緒にやったよね」

「…そうだな。七番街に来てから、俺が一番長く時間を過ごしたのは…きっとナマエだ」

「えっ…そうなの?」

「ああ」





ここ最近の事を思い返せば、たくさんのシーンにクラウドがいる。

確かにそう考えれば、クラウドが一番長い時間を過ごしたのはあたしになるのかもしれない。

変なの。そんなことが、なんだか凄く嬉しい。

なんか…欲張りになる。
嬉しくて、もっと…なんて、そんなこと…思ってしまう。





「…あのね、もっとクラウドに教えてあげたいなって思ってた七番街スラムの美味しいお店、いっぱいあったんだ。どういうの好きかなって考えるの結構楽しくて…。もう、叶わなくなっちゃったけど…」

「それは…俺も残念だな」

「…ほんと?」

「ああ。あんたのオススメは期待して良さそうだしな」

「えっ、んふふ、そう?そう言って貰えるのは光栄だね」





クラウドは、そう言ってくれる。

前に七番街スラムの食堂を案内した時、あの時も美味しかったって言ってくれたけど、やっぱりこう言って貰えるのは嬉しい。

こんな風に、好意的に返してくれると…なんだかもう少し、伝えたくなる。

だから、もう少しだけ…素直に。





「あたし、クラウドと会ってから…なんかちょっと、楽しいんだ。うん、クラウドと一緒にいるの、凄く楽しい」





もう少しだけ、吐き出した。

素直な言葉、もう少しだけ。
それは自分でも、ちょっと噛みしめるみたいに。

うん、あたし、クラウドと一緒にいるのが凄く楽しい。





「…俺も、」

「え…?」

「…俺も、ナマエといるのは…嫌いじゃない」

「クラウド…」





するとクラウドはそう、同じように返してくれた。

嫌いじゃない。
ちょっと、照れてるみたいに。

でも、同じだってわかったよ。

クラウドが、あたしといる時間を…よく思ってくれている。
それを聞けたら、自然と表情が緩んだ。





「えへへ…、そっかあ…」





照れ笑い。

ああ…どうしよう。
嬉しくて、嬉しくてたまらない…。

想いはどうであれ、悪くは思われていないって、それだけで…凄く。

…別に、多くは求めない。
だけど、ただ…少しだけ、なんでもいいから、少し。

意味なんて何でもいい。
だたちらりと、この人に必要にしてもらえたらなあ…なんて、そんな淡い気持ちを抱く。

ねえ、これから先…この先の時間も、もう少し一緒に…いられるだろうか。





「クラウド…あたし、なんでも屋さん…これからも手伝いたいな」

「ああ…」

「手伝わせて、くれる?」

「そうしてくれると、助かる」

「うん」





クラウドの役に立てる。望んでもらえる。

あたしは、クラウドにとって傍にいてもいい人間なんだなって。
お互い、気を許してるような、そんな気持ちがわかった気がして。

誰かを必要だと口にするのは、凄く勇気がるけれど…。
でも誰かをそう思えるのは、きっと幸せな事で。

必要としてもらえることに、これ以上にない喜びを感じる。

胸に滲みる。
満たされていくような…何とも言えない感覚だ。





「…ねえ、また明日、エルミナさんに話してみようか。次はあたしも頼んでみる。助けに行きたいって」

「ああ…。俺より、ナマエが言った方がエルミナも納得する気がする。あんたの方が、きっと気持ちを汲んだ言葉を選べる」

「うーん、どうかなあ。でも、あたしも助けに行きたい。それにエアリスが帰ってきたら、きっと…また少し皆で笑える気がするんだ。エアリス自身も、ね」

「…そうだな。迎えに、行くか。…一緒に」

「…うん、そうだね、エアリスのこと、迎えに行こう」





迎えに行く。
クラウドが言ったその言葉は、なんだか凄く胸に落ちた。

ああ、そうだ、きっと、それがしたいことなんだって。

それに、一緒にと言ってくれたこと。
それが、とても嬉しい。





「神羅の本社…ひとりなら流石に臆するかもしれないけど、クラウドと一緒なら、きっと大丈夫って思える」

「…ナマエ」

「……うん、信頼してる、クラウドのこと…」





自分でも確かめる様に、言う。

うん…、あたし、クラウドのことをきっととても信頼してる。

優しくて…あたたかくて。
この人のこと、信頼していいって、とても気を許してる。





「ああ…俺も、信頼してるよ」





するとクラウドも、そう答えてくれた。

ああ…何より嬉しい。

互いにそう言えば、ふたりで思わず笑みを零す。

なんだか、ふたりでしゃがんで、内緒話でもしてるみたいだね。

状況は、すごく不安で、足元も覚束無い。
だけど今、この瞬間は…なんだかあたたかくて、ほっとする。

微笑む。
心がもう一歩、近づけた様な…そんな気がした。



To be continued


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