地下施設の闇
七番街スラムの様子を見に来た俺たちは、そこでウェッジが飼っていた猫の姿を見つけた。
猫を追いかけた先にあったのはひとつの大穴。
そこは何やら不気味な地下施設へと続いており、少し進むとウェッジが倒れ込んでいた。
俺達はひとまずウェッジを救助しようとした。
だがその時、立っているのが困難になるほどの大きな揺れに襲われた。
足場…まずいな。
そう気が付いた瞬間、俺たちが立っていた金網の足場は抜けて、見えない下に落ちてしまった。
「くっ…」
俺は揺れで体勢を崩しながらも、目の端に映ったナマエの腕に手を伸ばした。
情けない事に余裕はなかった。
ただ、ナマエへの負担が少なくなるように…ただそれだけを考えて、その身体を手繰り寄せて抱きしめて、闇の中へと落ちていった。
「う…」
目を覚ますと、俺は仰向けに倒れていた。
そして、上に何かあたたかな重みを感じる。
「ナマエ…」
視線をやれば、俺の上にナマエが気を失い倒れていた。
…恐らく、頭を打たないようにしてやるくらいは出来ただろう。
いや、そうするだけしか出来なかったが…。
だが、生きてはいる。
聞こえた心音に、俺はほっと息をついた。
「……。」
心音がする。
それは、体がくっついているからゆえだ。
ナマエの頬は、俺の胸にうずまっている。
俺の手は、ナマエの頭と肩に触れていて…。
「っ…」
意識すると、熱が上がった。
だけど…手は、触れたまま。
…離したくなくて。
むしろ、少しだけ力を込めた。
ぎゅ…と、そのぬくもりを確かめる様に。
…独り占めでもするかのように。
そんな場合では無いのに。
でも、…もう少しだけ、と…甘えた思考が頭に巡った。
《クラウド!》
俺を呼ぶ声を思い出す。
姿を見つけると、パッと笑顔になって駆け寄ってくる。
それはまるで、当たり前のように。
…純粋な、思慕。
好感は持たれているとわかる。
それは、心地が良いものだと思った。
あんたはよく笑う。
自分の周りにいる、大切にしている、誰か…色んな奴と。
だから…別に、俺だけが特別じゃない。
そんなことはわかっている。
…馬鹿げてる。
特別じゃないからどうした。
そんなことばかり、考えている気がする。
出会ったばかりの頃から、なんとなく気になる女だとは思った。
どうして気になったのか…それはやっぱり、今もよくわからない。
本当に、どうしてだろう。
ただ、初めて会った時…《ありがとう》と笑ってくれた顔が、妙に頭に残ってる。
ナマエの笑う顔は、嫌いじゃない…。
俺は、ナマエを気に入っている…と思う。
大切で、大事だと、そう思う。
いや…。
ああ、知ってるさ。
自分の気持ちくらい。
逸らせなくなっている心。
…俺は、ナマエのことが好きだと。
心で呟けば、堰を無くしたように…溢れていく。
「う、ううん…」
その時、腕の中にいるナマエが小さく身じろいだ。
俺は慌てて手の力を緩める。
そしてナマエに声を掛けた。
「…ナマエ、大丈夫か…?」
ナマエがゆっくりと瞼を開く。
するとその状態に気が付いたナマエはガバッと起き上がった。
「く、クラウド!?!?」
目を丸くして驚いたように声を上げる。
そして後ずさる様にズザッと、物凄い勢いで距離を取られた。
…そ、そんな物凄い勢いで離れなくても良くないか…。
流石にちょっとショックを受ける。
そんななんとも言えない気持ちになりながらも俺もゆっくり体を起こした。
「う、あ…ちょ、クラウド、ご、ごめん!大丈夫!?」
「…ああ、平気だ。あんたこそ、何ともないか?」
「う、うん、あたしは何も」
「そうか、ならいい」
とりあえず俺たちは互いの無事を確認した。
ふたりとも問題なく動ける。
ナマエに大事が無いなら良かった。
ティファやバレット、それにウェッジも気になる。
俺たちは立ち上がり、この地下施設をふたりで歩いていくことにした。
「ティファー!バレットー!…うーん、やっぱ近くにはいないかな」
「らしいな。もしかしたら向こうで合流してるかもしれない」
「だと良いけど…。はー…モンスターもいるし、ホントここ何なんだか…」
「神羅のボックスがある。神羅の地下施設か…。七番街スラムの地下だが、なにか聞いたことはないのか?」
「うーん…あたしは無いかな。ていうかそんなのあったら、バレット達も放っておかないと思うんだよね」
「確かにな」
進んでいくと大量に積み重なった神羅のロゴ入りのボックスを見つけた。
それに神羅の軍用モンスターもうろついている。
どうやらこの施設は神羅に関連のある何かということで間違いは無さそうだった。
ただ、ナマエを含め七番街スラムに住んでいてもその存在には気が付かなかったと。
もしそんなものが存在していると気が付いていたら、バレットたちアバランチが問題視しないはずがないだろう。
「おい、ナマエ、見てみろ」
「ん?なに?って…コレ、銃で撃った痕?」
しばらく歩いていると壁やボックスに銃で乱射したような痕を見つけた。
この痕跡、俺たちには見覚えがあった。
「こんなことする人…」
「ああ、ひとりしか思い当たらないな」
「じゃあこの痕を追って行けば!」
「そういうことだ」
俺とナマエの頭には共通してバレットが思い浮かんだはずだ。
大方、銃で無理矢理壁を壊して進んでいるのだろう。
おかげで合流の手立ては掴めたが。
こうして俺たちは銃の痕を追いながら道を進んでいった。
「神羅の施設だからかな。箱とかも片っ端から壊してあるし…流石バレット」
銃の痕跡を探してそんなことを零すナマエの様子は比較的いつもと同じように見えた。
いや、でも…絶対にショックを受けているはずだ。
七番街スラムが崩壊して、ナマエだって…絶対に。
《あたしは何ともないよ》
柱の上から脱出した後、平気かと尋ねればナマエはそう答えた。
それは身体の事であり、同時に…心の答えでもあった気がした。
思い返してみて、ナマエはコルネオの話を聞いた時からわりと気丈に立っていた。
いや、ショックは受けていた。
ティファと一緒に顔を青くして、耐えているのは分かった。
だけど、不安を数えず、前向きであろうと…しっかりと地に足をつけて立っていた。
それは…柱が崩れた今も。
《ナマエ…?》
《ん?ううん、何でも無いよ》
倒壊したセブンスヘブンを見に行った時、ナマエはあったはずの道の先を見ていた。
それは、アパートへと続く道。
その背中に声を掛ければ、ナマエは振り返りまた何でもないと首を横に振った。
そして呆然とするティファの元に駆け寄り、傍に優しく寄り添っていた。
「なあ、ナマエ」
「うん?」
声を掛ければ、振り返る。
…けど、何をどう聞くつもりなんだ。
辛くないのかって?違う。辛いに決まっている。
…ただ、少し…気になるのだ。
いつもは感情豊かに表情を変えるのに。
嬉しいも楽しいだけじゃない。
嫌も辛いも、口にする。
だけど今は、それを表に出していない気がするから…。
「クラウド?どうかしたの?」
「ああ、その、疲れてないかと思っただけだ」
「ん?うん、別に平気。クラウド、疲れた?」
「いや」
適した言葉が分からない。
こういう時に何と言えばいいのか、そんな言葉に慣れない。
…何かしてやれたらと、そう願うのに。
結局何も言えぬまま、銃の痕跡を追い続けた。
「はあッ!バレット!」
「おう!喰らいやがれ!!」
戦いの音と声が近づく。
どれくらい歩いたか、俺たちはようやく探し物を見つけることが出来た。
「あ!クラウド!バレットいたよ!ティファもいる!」
「ああ。向こうも合流してたか」
バレットとティファは何やら奇妙な生物と戦っていた。
人の様な手足を持っているが、巨大で触手も生えている黒いモノ。
途中、音を頼りに進んだからか、ふたりが戦っている場所より高い場所に出てしまった。
この距離なら回り道するより、飛び降りれるか…。
「ナマエ、飛ぶぞ。行けるか」
「うん!」
確認すればナマエは頷いた。
よし、なら…行くぞ。
俺は背中の剣を構え、ナマエは魔法の詠唱を始めた。
そしてふたりでタンッ…とその場を飛び降りる。
「ファイガ!」
「ハッ…!」
ナマエが放った高出力の炎。
その熱を浴びた場所を目掛けて、俺は剣を振りかぶる。
そして落下の重力も乗せて、その生物に重い一撃を喰らわせた。
「クラウド!ナマエ!」
「おせえぞ!」
着地した俺たちを見て声を上げるティファとバレット。
ナマエが「おまたせ〜」と軽く手を振る中、俺はゆっくりと下がってバレットにトドメを刺せと顎で示した。
「出番だ」
「遅れてきて指図してんじゃねえ!」
文句を言いながらもバレットはギミックアームにパワーを溜める。
そして最高出力でトドメの一撃を放った。
「いよっしゃあ!!よくここがわかったな」
倒れた敵を見ながらガッツポーズをしたバレットは、そのまま俺とナマエにこの場所に辿りつけた経緯を聞いてきた。
俺はナマエと顔を合わせる。
「銃撃の痕を辿ったんだよ!ね、クラウド!」
「ああ。あんなことをするのはあんただけだ」
俺たちがそう答えればバレットは何故か得意げに「へへ」と笑った。
…別に褒めてなんかいないんだがな。
まあ、合流出来たならひとまずは安堵する。
だがそうしている時、俺たちは先ほどの生物がぶつかった衝撃で出来たらしい壁に亀裂を見つけた。
どうやら奥に何か空間…部屋があるようだ。
バレットが銃で亀裂を撃てば、壁は簡単に崩れて4人で覗き込めるくらいの穴が開く。
「えっ…これ」
「これ…なに?」
「人か?」
覗き込んだ先にあったのは、怪しげな研究ポッドだった。
中にはぐったりと…いや、生きているかもわからない…人のような姿が見えた。
「これが、神羅の裏の顔だ」
戸惑う3人に俺は静かにそう告げる。
そう…神羅は人を人とも思わない実験を、裏で繰り返している。
俺はじっとポッドの中身を見つめた。
するとその時、突然…カチッと頭に光が走った。
そしてポッドの中に…自分の姿が見えた。
ぐったりと…中で座り込んでいる自分。
いや、それだけじゃなくて…さっき倒した生物…それと、今ポッドにいる人のようなモノ…それと自分が、重なって…。
「っ…!」
動機がした。息を飲んだ。
な、なんだ…これ…。
息苦しくなって、俺は一歩穴から離れる。
「クラウド?」
「クラウド、大丈夫?」
ティファとナマエの声がした。
でも次の瞬間、穴の奥から何かが大量に迫ってくるのが見えた。
それは、今まで気まぐれに現れては消える…あの、得体の知れない幽霊のようなもの。
奴らは束になり、洪水のように俺たちに襲い掛かって体を何処かへ押し流した。
抵抗する間もない。
気が付けば俺たちは、ウェッジの家の場所…猫を追って見つけたあの穴の外へと押し出されていた。
「く…なんだってんだ…」
「うう…、あっ!ウェッジ!」
「安全な場所に移そう!」
押し出されて体を起こすとウェッジも一緒に穴の外へ出されている事に気が付き、ナマエとティファが急いで駆け寄った。
どうやら大事は無いらしく、まずはウェッジをどこかで休ませることが賢明だと言う話になった。
「他の事はその後」
「おお、そうだな」
バレットがウェッジを担ぎ上げる。
さっきの穴…正直、あの施設の事は気に掛かるが、ティファの言う通りそれを詮索するにしても後にした方がいいだろう。
こうして俺たちはウェッジを七番街スラムから運び出すべく元来た道を戻って行った。
「ウェッジのこと、任せていいか」
しかしその途中、バレットがそう言って足を止めた。
「俺はここで仲間を待つ。ウェッジが生きてたんだ。可能性はゼロじゃない」
ウェッジの生存によって、希望を見るバレット。
だがその言葉に俺たちは頷けない。
俺もナマエもティファも…目を伏せた。
俺たちは、柱を上っている時にビッグスとジェシーと会っている。
その状況を考えれば…。
だが、ナマエもティファもそれをあまり言葉にしたくはないだろう。
ふたりもそう信じたい気持ちはあるはずだ。
だけど、己の目で肯定出来ない状況を知ってしまっている…。
「あ、の…バレット…」
その時、ナマエがゆっくり口を開いた。
でも俺はそんなナマエの肩を叩く。
そうして振り返ったナマエに、俺はあんたが言わなくていいと頷いた。
そしてそれに代わる様にバレットに見たことを説明した。
「俺は支柱の上でジェシーとビッグスと話した。だからふたりの状況は知っている。帰ってくる可能性は…」
「…でもよ、」
「…星に、帰ったんだよ」
諦めたくなくて、どうにか可能性を探すバレットにティファがそっと告げた。
星に帰った。
それは古代種の…生命学の考え方、か。
「…帰る場所、間違えやがって」
バレットは受け入れた。
否定したい感情を抑えて、悲しい現実を。
「立ち止まってたら、あいつらに笑われちまうな」
こうして俺たちは、七番街スラムを後にしたのだった。
To be continued
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