零れ落ちないように
「ついたよ、バレット」
「あの家だ」
あたしとクラウドは伍番街スラムのエアリスの家までバレットとティファを案内した。
花に囲まれた一軒家。だけど今は、そんな花々に意識を向ける余裕が無い。
バレットはマリンの名前を叫びながら、エアリスの家の扉を開いた。
「マリンは!マリンはどこにいる!?」
中に入ると、バレットはリビングにいたエルミナさんに詰め寄った。
突然入ってきた男にエルミナさんは驚いて席を立ちあがる。
「ちょ、ちょっと!」
「バレット!」
あたしとクラウドはそんなバレットに声を掛けて落ち着くように止めた。
マリンの事が心配なのはわかるけど、いきなり入ってそれは失礼だって…。
声を掛けたことでバレットも我に返る。
そしてあたしとクラウドの姿を見た事でエルミナさんもバレットがあたしたちの知り合いだと察してくれたようだった。
「すまねえ…俺はバレット。マリンの父親だ。マリンはおかっぱ頭で、天使みたいに可愛らしい顔をしてる…、服は…ああ、ピンク!今日はピンク!」
バレットの説明は焦りが混じっててなんだかよくわからない事になっていた。
いやマリンは確かに可愛らしいけれども。
そしてそんな力いっぱいピンク…。
「2階で眠ってるよ」
だけどエルミナさんはそれでまたも色々と察してくれて、マリンが此処にいることを教えてくれた。
それを聞いたバレットはホッとした顔をし、早く娘の顔を見ようと階段を駆け上がっていく。
エルミナさんの「眠ってるからね!」という声で少しだけ落ち着きを戻してはいたけど、ああ…なんだかバタバタと申し訳ない…。
「エルミナさん、すみません…。急に押掛けて、色々と…」
あたしは頭を下げた。
いや、だってこれは本当に申し訳ないし…。
するとエルミナさんはそっとあたしの肩に手を置いて頭を上げる様に言ってくれた。
「いや、いいさ…。心配してるのは痛い程わかったからね」
「エルミナさん…」
「あんたたちも、2階へ行っておやり。でも、騒いで起こすんじゃないよ」
そう言われ、あたしはクラウドとティファに振り返った。
そしてじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかと3人で頷く。
ティファも「マリンの顔を見て安心したい」と言った。
あたしも、マリンの顔は見たい。
こうしてバレットに続き、あたしたちも少しだけ2階に上がらせてもらう事にした。
「マリン…よかった、無事で」
2階に上がると、前にお世話になったエアリスの部屋の方でマリンはすやすやと眠っていた。
その寝顔に寄り添い、バレットはホッと息をついている。
あたしとクラウドとティファはその様子を扉の外から静かに眺めていた。
本当に、無事でよかった。
マリンが無事だったことは、息苦しかった気持ちに少しだけ安堵をもたらしてくれた。
それからしばらくし、あたしたちは1階のリビングに集まった。
整理しなきゃならない事、謝らなきゃならない事…色々とあったから。
「エアリスは神羅に行ったよ」
「すまない…」
「すみません…」
エルミナさんもエアリスが神羅にいることは知っていた。
クラウドとあたしは謝った。
もう関わらないようにと言われていた。
その切っ掛けを作る事になってしまった。
ボディーガードなのに守りきれなかった。
その時のあたしの頭には色々な思いが渦巻いていた。
「エアリスにマリンのことを頼んだのは、私です。知り合ったばかりなのに、とてもよくしてくれて…だから、甘えてしまいました」
そしてティファも前に出て、そう謝罪した。
多分ティファは自分が頼んだからだとずっと気にしていたのだろう。
そんなあたしたちの顔を見たエルミナさんはゆっくりと首を横に振った。
「あんたらのせいじゃない。遅かれ早かれ、こうなる運命だったのさ」
「古代種だから…だな?」
エルミナさんの言葉にクラウドはストレートに尋ねた。
古代種…。
その単語を聞くと、エルミナさんは悲しそうに目を伏せた。
「あの子から聞いたのかい?よほど信頼されてたんだね…」
エルミナさんはそう言いながら椅子に座った。
「そう。エアリスは古代種。古代種の生き残りらしい。私は違うよ。あの子は、実の娘じゃないんだ」
そう言われた時、あたしはエアリスと初めて会った時のことを思い出した。
そう言えばエアリスはあの時、頭のリボンに触れながら言っていた。
自分もマテリアを持っているけど、何の役にも立たない。
だけど、それでもいい。それはお母さんが残してくれたもので、身に着けていると安心できる…と。
あの時は、なんとなく深くは聞かなかった。
でも今のエルミナさんの話で、ちょっと腑に落ちた気がした。
「15年前のことだ…」
そこから、エルミナさんはエアリスとのこれまでの事を話してくれた。
15年前のこと…。
エルミナさんの旦那さんは最前線に配属された兵士だった。
ある日、その旦那さんから休暇で帰るという手紙を貰い、エルミナさんは駅まで迎えに行ったらしい。
だけど、約束の日…旦那さんは帰ってこなかった。
何かあったのだろうか、いや、休暇が取り消しになっただけかもしれない。
その日からエルミナさんは、毎日祈る様に駅に迎えに行ったという。
「そこで、あの子と会ったのさ」
エアリスと出会ったのは、そんな毎日でのこと。
エアリスの実母はホームの壁に寄り掛かり、ぐったりとしていたらしい。
その傍で泣きそうな顔をしていた幼い日のエアリス。
ウォール・マーケットから逃げてきたのか、プレートにいられなくなったのか…。
それはたまに見かける光景で、エルミナさんはふたりに駆け寄り声を掛けた。
エアリスを安全な所へ。
エアリスの実母はエルミナさんにそう言い残したのを最後にその場で息を引き取ったのだという。
夫も帰らず、エルミナさんも寂しかった。
だからエルミナさんは泣きじゃくるエアリスに寄り添い、連れて帰る事にした。
「私たちはすぐに仲良くなれたよ。よく喋る子でねえ」
そう話すエルミナさんの顔は柔らかだった。
その顔を見るだけでわかる気がする。
エルミナさんがエアリスと過ごした日々は、きっととても幸せだったのだろうと。
「色々話してくれたよ。どこかの施設から母親と逃げ出したこと。お母さんは星に帰っただけだから、寂しくなんかないってこと」
でも共に過ごすうちに、エルミナさんは少しずつエアリスが不思議な子供だと気が付き始める。
バレット曰く、星に帰ると言うのは生命学の考え方らしい。
だけど興味が無ければ、生命学の知識なんて普通は無いだろう。
それはエルミナさんも然り。
そしてある日、エアリスは言った。
《お母さん、泣かないでね。お母さんの大切な人が死んじゃったよ。心だけ、お母さんに会いに来たけど…でも、やっぱり星に帰ってしまったの》
エルミナさんは信じなかった。
でも、それから何日か後に…旦那さんの戦死を知らせる手紙が届いた。
聞いていても、とても不思議な話だ。
そんな風に色々なことはあったけれど、エルミナさんはそんな日々を幸せだったと言った。
だけどそんなある日、神羅のタークスがうちを訪ねてきた。
その時初めて、エルミナさんは古代種という単語を聞いたと言う。
そして…タークスは言った。
《古代種は至上の幸福が約束された土地へ、我々を導いてくれるのです》
神羅はエアリスの協力を得たいと言った。
エアリスは嫌がった。
神羅が言う不思議な力についても《そんなことない》と否定した。
でも、エルミナさんにも思い当たる事が色々とあったから…きっとその話は本当なのだろうと思ったという。
「居場所を知っているのに誘拐もせず待つなんて、タークスらしくないな」
「エアリスの自発的な協力が必要なんだとさ。だから、神羅に連れて行かれたと言っても…お客として扱って貰えるはずだ。用が済んだら…すぐに帰してくれるだろうよ」
こんなにも長い間誘拐されなかったことに疑問を感じたクラウドにエルミナさんはそんな風に答えた。
だけど、それは希望的観測のようにも思えた。
きっとそうだろう、そうであって欲しいと願っているかのような。
「どうかな」
するとクラウドはそう冷めたように言った。
そしてそのまま扉に向かって歩き出す。
それを見たエルミナさんは慌てて立ち上がった。
「何をしようってんだい!?事を荒立てないでおくれ!エアリスまで失う事になったら…私はもう……、頼むよ…」
「エルミナさん…っ」
エルミナさんはよろける様にまた椅子に座り込んだ。
あたしは思わずエルミナさんに駆け寄り、その肩に触れた。
「クラウド…お母さんの言う通り、用が済めば帰ってくるかもしれない。だから、もう少しだけ待ってみない?」
「………。」
ティファはクラウドを諭した。
それを聞いたクラウドはあまり納得はしていなさそうだった。
でも憔悴したエルミナさんを見れば、流石にそれを無視するようなことはない。
「七番街スラムに戻らねえか?やること、色々あんだろ。セブンスヘブンも確認しておきてえ」
その時、そんな空気を見たバレットがそう提案をした。
確かに一度、七番街スラムの状態は見ておきたい…。
ティファは頷く。
あたしも頷き、そっとエルミナさんの肩から手を離した。
「……わかった」
視線が集まれば、クラウドも頷いた。
マリンはエルミナさんが見ていてくれると言う。
こうしてあたしたちは一度、瓦礫に埋もれてしまった七番街を見に行くことになった。
「…ねえ、クラウド。クラウドは、神羅がエアリスを帰してくれるとは全然思ってないってこと?」
エアリスの家を出てから、あたしはクラウドに聞いた。
クラウドは最後までやっぱり納得していなさそうだったから。
「…ああ。神羅がそんなに甘いとは思えない」
「…そっか」
神羅は甘くない。
それを聞いて、確かにと思った。
だってついさっき、七番街が崩れるのを…見たばっかりだから。
「ねえ、クラウド。もし、もしね、エアリスを助けに行くことになったら…あたしも一緒に行く」
あたしはじっとクラウドを見た。
クラウドは、ちょっと目を丸くしてた。
…本音を言うのなら、あたしも…エアリスを助けに行きたいと思った。
でも、エルミナさんの気持ちもわかるから。
だけどもし、そうなったら…あたしも行きたい。
「エアリス、…さっきの話からすると、きっと前にも一度、本当のお母さんと神羅から逃げたってことだよね。逃げ出そうって思った理由があった。それで今までもずっと、拒否し続けた」
「……。」
「友達が苦しんでるなら、助けたい。自分がしてあげられることがあるなら…してあげたいって思う」
「ナマエ…」
事を荒立てなくて済むのなら、確かにそれが一番だろう。
その選択肢は危険な事に違いないから。
でも、帰してもらえる保証も無い。
むしろ、可能性は低い。
それに一秒でも一刻でも早く。
そう言う意味では、間違っていないはずだ。
そこはエアリスにとって、望まない場所なのだから。
「…神羅の本社に乗り込むって事だぞ。…覚悟が必要だ」
「…わかってるよ。そこまで馬鹿じゃない」
真っ直ぐ、強く意志を持って言えた。
それは、神羅に逆らうってこと。
あたしはアバランチでもないし、そこまで神羅に反抗するって事…今までなかった。
でもね、今は…友達を救うためなら、牙、剥くよ。
「だから、もしその時が来たら…手伝わせてね」
きゅっと手を握る。
手からひとつひとつ、何か零れ落ちていくみたいだ。
これ以上何も零したくなくて、必死で手を握る。
今は、そうすることで一杯だったのかもしれない。
To be continued
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