大丈夫な心
「ナマエ」
「ナマエ…ナマエ」
声がした。ふたつの声。
優しくあたしを呼ぶ、よく聞きなれたふたつの声だ。
「…う、うん…」
ゆっくり瞼を開く。
すると映ったのはキラキラとした金髪とつややかな黒髪。
「クラウド…ティファ…」
あたしの顔を覗きこむふたりの顔。
ゆっくり体を起こす。
ちょっとだけ鈍い痛みがあった。
多分軽くぶつけたのだろう。
でも然程問題は無さそうだった。
「ナマエ…っ」
「わっ…」
上半身を起こしたら、ティファに抱き着かれた。
ビックリした。
でもそこで、すぐに気が付いた。
ティファの手が、ちょっと震えてたこと…。
「良かった…起きてくれて…。ナマエ、なかなか目覚まさなかったから…私…」
あたしはティファの背にそっと触れた。
あたたかかった。そこにあるのは人の体温だ。
その時すんっ…と、鼻に焦げたようなにおいを感じた。
そして辺りに目を向ければ、そこにあるのは壊れたプレートの…瓦礫の残骸。
そう…あたしたち、柱の上で戦って…崩壊を防げなくて、脱出したんだ。
「…ナマエ、平気か?」
「うん。ワイヤーから投げ出された時ちょっと打ったかもだけど、それだけ。平気だよ。あたしは何ともないよ」
クラウドが気遣ってくれたから、ティファにも伝えるようにあたしはそう答えた。
うん、平気。
そう、あたしは…大丈夫だ。
でも…。
そうしていたその時、どこからかバレットの声が聞こえた。
「おーい!誰かいねえのかー!」
一緒に脱出した中で、ひとり姿が見えなかったバレット。
声の感じからすると助けてほしいって感じじゃないから、多分バレット自身は無事なのだろう。
ひとりだけあたしたちとは少し離れて投げ出されたのか…。
あたしたちは立ち上がり、声を頼りにバレットを探すことにした。
「この先から聞こえる」
「いくぞ」
「うん」
バレットの声がするのは瓦礫で出来た壁の向こう。
あたしたちは3人でその瓦礫の壁を押した。
ゆっくりと開けば、そこにはバレットの背中があった。
立ち尽くしているのは…七番街へと繋がるゲートの前。
ゲートは、もうその役割を果たしていない。
中から瓦礫が溢れ、埋まってしまっていた。
「マリン…」
火の手も上がるゲート。
その前でバレットは立ちつくし、そして…はち切れそうなほどに叫んでいた。
「マリン!マリン!マリーン!!!ビッグス!ウェッジ!ジェシー!!ちくしょう!ふざけんな!おらぁ!!」
叫んで、ギミックアームでない方の…生身の拳でゲートの瓦礫を殴りつける。
何度も何度も、何度も何度も…。
その姿は痛々しく、あたしは…掛ける言葉が見つからなかった。
「…私たちの、せいだね」
そんな中、バレットに歩み寄ったのはティファだった。
ティファはバレットの背中にそっと手を触れてそう小さく呟く。
その言葉を聞いたバレットは首を横に振った。
「ちがう、ちがうぜ、ティファ。何もかも神羅の奴がやったことじゃねえか。そうだろ!」
「……うん」
バレットが振り返った時、ティファのその手は震えていた。
拳を握りしめて、何かを耐える様に…。
バレットはそんなティファの手を優しく握った。
「この怒りは絶対忘れねえ。いいな?」
そしてバレットはその胸にティファの体を抱き寄せた。
慰める様に、ただ…そっと。
…壊したのは神羅だ。
ティファやバレットは、必死に七番街を守ろうと戦った。
だけど…自分たちを潰す事を目的に、七番街が消えた。
その事実は重く、その肩にズンとのしかかってしまう…。
「……。」
「…ナマエ」
「…うん?」
その時、隣にいたクラウドが声を掛けてくれた。
あたしは小首を傾げる。
それは多分、気遣いの声だった。
あたしはゆるやかに首を振る。
あたしは大丈夫だよ、とまたそう伝える様に。
それよりも、バレットに早く教えてあげたい事がある。
だからあたしはクラウドにそれを促した。
「ねえ、クラウド。マリンはきっと…」
「ああ…」
クラウドは頷いた。
きっと、クラウドの頭にもずっと…ちらついていただろう。
あのモニターの中、エアリスが言っていたこと。
…マリンは大丈夫だから。
あたしとクラウドも、ふたりにゆっくりと歩み寄った。
「ねえ、バレット。マリンの事なんだけど」
「バレット。マリンは無事だ」
「え?」
ふたりでそう伝えれば、バレットは目を丸くした。
「エアリスが言ってた」
「…うん、さっき、エアリスが大丈夫だからって言ってたから。マリンは大丈夫だと思うんだ」
「エアリス?あの捕まってた女か?」
そう聞かれればティファも「…うん、言ってた」と頷いた。
そしてティファはエアリスにマリンを助けてと頼んだことをバレットに話した。
もし不確かだったなら、エアリスはああまではっきりと大丈夫だとは言わないだろう。
だからきっと、マリンは今、安全なところにいるはず。
「信じるぞ、いいか?」
バレットはクラウドにそう詰め寄った。
するとクラウドは歩き出す。
その行先は…あそこだね。
察しがついたあたしはすぐにクラウドを追いかける。
そんなあたしたちを見たバレットも「おい、お前らどこ行くんだよ!」と言いながら慌ててついてきた。ティファも、少し遅れて駆け出した。
「おい、クラウド、ナマエ、どこに向かってるんだ?」
「…エアリスの家、でしょ?クラウド」
「…ああ。伍番街スラムにある」
予想。
恐らくマリンがいるのはエアリスの家だろう。
あたしやクラウドが思いつくとそれば、そこくらいしかなかった。
でも多分、外れてはいない…とは思う。
「マリンはそこなんだな?」
「他に宛てはない」
「いるって言えよ!希望持たせろよ!いなくても、お前を責めたりしねえ!…いやそりゃちっとは文句言うだろうけどよ」
あ、文句は言うんだ。
どこか曖昧なクラウドの言葉に突っかかるバレット。
でもそこにはなんとなく優しさみたいなモノがあるようにも感じた。
ほんの少しだけでも、元気が出たのかな…。
もし活力を見出せたのなら、それは良かったと思った。
「ナマエ、ティファ、古代種って知ってるか?」
逸る気持ちのままに前に出たバレットの背を見ていると、クラウドがそう尋ねてきた。
古代種…って、さっきモニターでエアリスの傍にいた男が言ってた言葉だ。
「うーん…何か、片隅に…聞いた事あるような、無いような…。ティファわかる?」
「聞いた事は、あるけど…」
あたしやティファの答えはぼんやりとしていた。
いずれにしても単語は聞いたことがあるようなレベル。
するとバレットが振り返った。
「生命学の本を読めば出てくるぜ。大昔、星を開拓したって一族だ。星と語るとか、そう言うのだろ?」
生命学。
流石、バレットはその辺りの事には詳しい。
でも、星と語る…。
それを聞いた時、あたしはふと花に語りかけていたエアリスの姿を思い出した。
モニターの男も我々に古代種をもたらした、とか言ってた。
ストレートに考えれば、それは多分エアリスの事なんだろう。
つまり…。
「ねえ、クラウド…もしかしたら」
「ああ…。それがタークスに狙われていた理由か」
そこでやっと、しっくりきた。
エアリスがレノやルード、タークスに追われていた理由。
それは多分、エアリスが古代種であるから…か。
「うっ…!」
「クラウド?」
突然、クラウドが頭を抑えて顔を歪めた。
え、また頭痛…!?
本当に凄い頻度の様な…。
あたしはクラウドの顔を覗きこんだ。
「クラウド、大丈夫?」
「あ…、あ…」
「クラウド…?」
覗き込んだ、けど…クラウドはあたしを見ていない。
見ているのは…どこ?
クラウドの視線の先は、前。
でもそれは先を歩いてるバレットやティファを見ているわけじゃない。
クラウドは、目の前の何かを見て、その何かに怯えていた。
何も無いのに。
「クラウド!クラウド!しっかりして!」
「っ…ナマエ」
あたしはクラウドの肩に触れて呼びかけた。
するとクラウドがハッとした様にこちらを見る。
やっと、ちゃんと目が合った。
「ん?」
「どうしたの?」
何か様子がおかしい事に気が付いたバレットやティファも振り返ってくれる。
でもクラウドは「なんでもない、急ごう」と首を横に振っただけだった。
確かにもう視線もはっきりしてる。
頭痛も治まったらしい。
もう、大丈夫そうには見える。
…だけど本当に、何でも無いのかな。
頻繁な頭痛。
それと、今までも何度かあった、何かに過剰に怯えるような反応。
それってやっぱり普通の事では無い気がするんだけど…。
「……。」
なんとなく、自分の掌を見つめる。
それはとてもちっぽけで、小さくて。
多分聞いても、何でも無いって言うんだろうなあ…。
いや、話してくれたところで…それをどうにか出来るかなんて、わからないんだけど。
…今だって、どうしたらいいか、その手の小ささを思い知った気がして。
「ジェシーは支柱にいたんだよな」
「うん、ビッグスもね…。ふたりとも、怪我で動けなかった。でも、ウェッジは下にいたよ」
「そうか」
歩きながら、バレットとティファはアバランチの皆の事を話していた。
ビッグス…ジェシー…。
ふたりとも支柱の中で会って、言葉は交わしたけど…怪我が酷くて…。
「あいつら、探しに行かないと」
「え…」
「俺が探してやらねえと」
「うん…」
バレットは言う。
自分が探して、見つけると。
バレットのこういうところは、きっと良いリーダーだ。
「クラウド、後で付き合え」
「ああ」
クラウドは頷いた。
二つ返事。
そこには此処までで積み重なった信頼と、クラウドの優しさを感じた。
「バレット。あたしも手伝いたい」
「おう…悪いな、ナマエ」
あたしも手を上げてそう申し出た。
バレットは頷いてくれた。
…出来ること、しなきゃならないこと。
きっと、色々ある。それは、わかる。
あたしは大丈夫。
だから、何からするか…ちゃんと考えないと。
心に鉛があるみたい。
あたしはそれを壊そうとして、そっと…息をついた。
To be continued
prev next top