セブンスヘブン
《あー!それ!あたしの財布!》
《これか?…って、うわあ!?》
《あっ》
街灯によじ登って、家主不在の鳥の巣に手を突っ込んだひとりの神羅兵。
巣の中にあったのはあたしの財布。
兵士さんはそれを巣から引っ張り出すと、街灯を掴んでいた手を滑らせてしまってそのままドスンと尻餅をついた。
《だ、だいじょーぶですか?》
《あ、ああ…なんとか。…これ》
《あ…》
落っこちた兵士さんに慌てて駆け寄れば、兵士さんはあたしに引っ張り出した財布を渡してくれた。
ひとりで散々探して、見つからなかった財布。
それを体を張って見つけてくれた。
見つかった嬉しさと、見つけてくれた有り難さと、その時あたしの心にはパッとした明るい気持ちが溢れてた。
あたしは兵士さんにお礼を言おうとした。
でもその時、兵士さんが「ふうっ…」と言いながらあの神羅のマスクを取った。
その瞬間、はじめて見えた。
キラキラとした金色の髪。優しそうな色の瞳。
とても不思議な感覚。
それは幼いあたしの目に強く焼き付いた。
心奪われる…って、言うのかな。
焼き付いて、心に沁み込んでいく。
本当に、そんな感覚を覚えたのだ。
《あ、あの、ありがとうございました!》
《いや…まあ、ぶつかったお詫び。見付かって良かったな》
《はいっ!》
ただ、街でぶつかって、一緒に財布を探してくれた。
たったそれだけの話。
ヒーローだ英雄だって、騒げば騒ぐほど周りには大袈裟だって笑われた。
でもそれはあたしにとって、掛けがえの無い大切な思い出だった。
「もう、皆帰ってきた頃かな…」
あの頃の思い出に浸りながら、無事に戻ってきた財布で買い物を済ませることが出来たあたしは、ふと店内にあった時計に目を止めた。
テレビやラジオからはガンガン魔晄炉爆破のニュースが流れている。
壱番魔晄炉の爆破。
近隣の住宅街にも被害が出て、かなりの大騒ぎ。
此処、七番街スラムには全然被害は出てないけど…。
こうして普通に買い物できるくらいには、ね…。
でも、ということは、まあ…作戦自体は終わったって事なんだよね。
ふむ…と小さな息をつく。
あたしは、今日作戦が決行されることと同時に、この一連の騒ぎの犯人も知っていた。
財布を落として慌てたけど、その事も勿論、頭の中でずっと気になってた。
「…ちょっと、顔出すか」
どうせ帰り道。
家に帰る前の、ちょっとした寄り道だ。
そう思い立ったあたしはショップを出て目的地に歩き出した。
目指すは友達の経営する酒場、セブンスヘブン。
皆、怪我とかしてなきゃいいけど。
そんなことを考えながら歩けば、あっという間に辿りつく。
SEVENTH HEAVENと看板の掲げられたお店。
入り口前の階段を軽くトントンと上がって、カチャッ…と扉を開ける。
開くと同時にティファ〜なんて、その友達の名前を呼ぼうとした。
でもそれが声になる前に、突然、中から怒声が聞こえてきた。
「てめえ!マリンに何しやがった!?」
ビクッ。
ドアを半分くらいまで開けたところで、あたしは思わずその手を止めてしまった。
ていうかビックリして止まった。
ええ…、なんかタイミング悪い…!?
いや別にあたしが怒鳴られたわけじゃないけどさ。
声の主はわかってる。この声はバレットだ。
んでもってマリンはバレットの娘。ちっさくてかっわいー女の子。
マリンがどうかした?
まあここで固まっててもしゃーない。
あたしは半分開けた扉からひょこっと顔を覗かせた。
「あのー…お取込み中?」
「あ、ナマエ」
「ナマエ!」
声を掛けるとカウンターの奥にいた友人ティファと、何故か物陰に隠れてるマリンがあたしの名前を呼んでくれた。
マリンの方はあたしを見つけるなり物陰を飛び出してこちらに駆け寄って来てくれる。
あーん!かわいいー!!
あたしは店の中に入り、駆け寄ってくるマリンに手を広げてそのまま抱っこした。
いやホント、強面でうっさいバレットの娘とは思えないこの可愛らしさ!!
まあとりあえず何事かと。
あたしは抱っこしたマリンを見ながらさっきの怒声について尋ねた。
「マリン?どうかしたの?」
「しらない人とはしゃべっちゃ駄目って…」
「…知らない人???」
?????
おずっと説明してくれたマリンだけど、正直よくわからない。
そうあたしが首を傾げていると、強面をデレデレとさせたバレットがこちらに近づいてきた。
「えらいぞ〜、マリン!父ちゃんとの約束忘れなかったなぁ!」
「えへへっ」
褒められて嬉しそうにするマリンは近づいてきた父親に手を伸ばす。
あたしもそっとマリンを放し、バレットの腕に彼女を預けた。
そうしてマリンを抱えたバレットはそのままあたしに目を向けてきた。
「おう、ナマエ。どうした」
「いやどうしたはこっちの台詞だけど。バレットうるさいよー…扉開けた瞬間に怒鳴り声とか何事かと思ったじゃん」
「へっ、悪いな」
「あとは…まあ、大丈夫だったかなーって思って寄っただけ」
「おう、そうか。何事もなかったぜ」
「…そっか」
マリンの前だったから、ちょっと言葉を濁しつつ。
バレットは今日の作戦に出ていたはず。
そのバレットが無事でこう言うのだから、本当に無事に作戦は成功したのだろう。
カウンターの方にいるティファにも目を向ければ、ティファも微笑んで頷いてくれた。
皆、無事に帰って来たよ。
ティファの笑みは、多分そういう意味だろう。
此処、セブンスヘブンは七番街スラムの憩いの酒場。
でも裏の顔は、反神羅組織アバランチのアジト。
そしてそのアバランチは今宵…壱番魔晄炉の爆破ミッションを行った。
アバランチの事を知っている人はこのスラムでもそういない。
ただあたしはその少ないうちのひとりだから、だからちょっと気になってこうして覗きに来たんだけど。
まあ、無事に帰って来たなら何よりだ。
「えらい、えらいぞ〜。じゃ、おやすみの時間も守らないとな」
「いや〜。父ちゃんとおはなしする〜」
「ん〜特別だぞぉ〜?」
バレットはマリンにデレデレしながらカウンターの方に戻っていく。
バレットは身体がでっかいから、なんか目の前が拓けた感じだ。
すると視界の端に、何やら見慣れない金髪の人がいるのに気が付いた。
ん?とそちらに目を向ける。
すると向こうもあたしの方を見ていた、…て。
「あ」
「ああっ!!」
目が合った。
その瞬間、あたしとその人が声を発したのはほぼ同時だった。
ていうか、ええ?!なんで?!
「お兄さん!さっきぶり!!」
「あ、ああ…」
視界の端に見えた人。
それはさっき、落とした財布を一緒に探してくれたお兄さんだった。
なぜここに!?でもまた会えた!!!
正直凄くビックリした。
でも会えて、すっごく嬉しい!!
感動したあたしはついまた大きな声でお兄さんに詰め寄ってしまった。
おかげで「おめーもうるせえよ!」ってバレットに怒られた。不覚…。
だけどこのテンションはどうにも抑えられそうにない。
多分あたしはキラキラした目でお兄さんを見ていたことだろう。
するとそれを見たティファが声を掛けてくれた。
「あれ?ナマエとクラウド…知り合いなの?」
「いや…たださっき、ちょっとな」
「うん!さっき財布一緒に探してくれたの!」
「え、財布?」
「そうそう!うっかり落としちゃってさー!ていうかあのね、あたしプレートの上住んでた時も財布落としちゃった事あるんだけど、その時も一緒に探してくれたお兄さんがいてね!このお兄さん、そのお兄さんにめっちゃくちゃそっくりなの!だからすっごいビックリしてさ!」
「う、うん…?」
「おい…」
低い声と共にがしっと肩を掴まれた。
掴んだのはお兄さんだ。
ハッ…!
目の前のティファは困惑顔。
あ、うん。
あたし今なんかむっちゃくちゃどうでもいい事喋った気がするぞ。
「今いらない情報多すぎだろ…」
「あ、あははー…やっぱいらない?」
「確実にな」
「いやー…はは、つい興奮して…」
お兄さんに突っ込まれる。
ああうん、確かにそうだよね…。
そりゃごもっともなことで…。
なんかテンション上がってて色々おかしいわ。
やっぱあのお兄さんの出来事って自分の中でなんかちょっと特別なんだなあと実感したような。
いやうん、でもダメだ、うん。
一回落ち着け、あたし。
「ティファごめん。一回落ち着くね」
「うん、是非そうして」
とりあえずティファに謝った。
落ち着くと言えば彼女も間髪入れず頷く。
うん、これは満場一致で落ち着けと。
一先ず深呼吸した。
そしてひとつ咳払いし、改めてティファにちゃんとさっきの出来事の説明した。
「おほん。えーっと…じゃあ改めて。さっきあたしさ、財布落としちゃったんだよね。で、見つからなくて途方に暮れてたらさ、このお兄さんが探すの手伝ってくれたの。ね」
「ああ」
「そうなんだ。でも財布って、大丈夫?見つかったの?」
「うん、ばっちり!」
「そっか。なら良かった。で、ナマエが昔会ったお兄さんにクラウドが似てたと」
「あー…あはは…。そう。前にも財布落とした時、見つけてくれたカッコイイお兄さん…。まあそこはスルーでいいよ…ゴメン」
「ああ。それは俺じゃない。別人だしな」
「ふーん…ふふふ、クラウドだったら凄い偶然だったのにね。でも、それならちょうど良かった!私ね、ふたりのこと会わせて紹介しようって思ってたから」
ティファはさっきのあたしの興奮気味の話をうまく拾いつつ、そう言って笑ってくれた。
ティファは優しいね…ありがとよう…。
でも、あたしとお兄さんを会わせようとしてた?
そんなティファの言葉にあたしとお兄さんはきょとんと顔を合わせる。
するとティファはくすっと笑い、改めて互いのことを紹介してくれた。
「じゃあこっちも改めて、紹介するね。彼はクラウド。私の幼馴染みなんだ。で、クラウド。この子はナマエ。私の大の仲良しなの!ねー!」
「お!うん、仲良し仲良し!ていうか親友!」
「ふふっ!うん、親友!」
ティファはあたしの両肩に手を置いて笑ってくれたから、あたしも一緒に笑った。
いやでも仲良しなの本当だし!
このスラムで一番の仲良しは間違いなくティファだ。
あたしティファ大好きだもんー!!
だからふたりで親友親友とじゃれあってた。
そりゃもうキャッキャキャッキャと。
でも、お兄さんはティファの幼馴染みだったのか…。
世の中狭いなあ。
ていうか縁とは不思議なもんだなあと、そんなことを思った。
「お兄さん、クラウドって言うんだね。あたしはナマエって言います!以後お見知りおきを!」
「あ、ああ…」
「ふふ、クラウドは元ソルジャーでね、だからクラウドに今日の作戦、手伝って貰ったんだよ」
「えっ!あ、そうなんだ!?あ、うん、元ソルジャーってのはさっき聞いたけど…」
ティファの説明を聞いて、あたしはまじっとクラウドを見た。
そっか。確かに元ソルジャーなら、凄腕だろうな…。
彼も今日の作戦に参加したのか…。
ふーん…と思っていると、クラウドの方はティファがそれを普通にあたしに話している事が気になったらしい。
「…あんたもアバランチだったのか?」
「え?あ、ううん!あたしはアバランチじゃないよ」
「うん。ナマエは違うの。でも、たまに相談とか乗って貰ったりしてて」
「そうか」
「ふふ、口は堅いからまっかせといて!」
唇に人差し指を立てて軽く笑った。
あたしはアバランチじゃない。
勧誘とかはされたことあるけどね。
…まあ、入る気はないんだけど。
だけど、メンバー以外で一番アバランチに近いところにいるんだろうなとは思う。
「あ、そうだ。クラウド、ごはん食べる?ナマエも、何か入れるよ?」
「え、ほんと?」
とりあえず紹介が一段落したところでティファはあたしたちをそう気を遣ってくれた。
ちょうど喉乾いてた!!
あたしはわーいと素直に喜んだ。
でも一方で、クラウドは首を横に振っていた。
「いや、俺はいい。それより、報酬の話がしたい」
「あ、そうだよね」
ティファはあたしにフルーツジュースを注いでくれた。
果肉のドロッとした美味しいやつ。すぐさま飛びついて、あたしは笑顔でストローに口をつけた。
ティファはそれを見るとクスッと笑い、そしてカウンターを出てクラウドに駆け寄った。
「あのね、クラウド。ちょっと、外で話そう?」
ティファはクラウドにちょっと外に出るように促した。
ふーん、何か重要な話でもするのかなー。
あたしはそう頭の片隅で思いつつ特に気にせずジュースを楽しんでた。
けど、ティファは一度振り向き、何故かあたしを呼んだ。
「ナマエも、ちょっと来て!」
「ええ!?ジュース飲んでるよ!?」
「だからカップとストローにしたんでしょ!ほら、早く早く!」
「ええ…」
言われてみればお持ち帰り出来る感じの蓋つきカップのストロー付だ。
いやでも何故クラウドの報酬の話にあたしがいるの。
でも早くと手招きされてしまったから仕方ない。
クラウドもよくわからなそうな顔をしていたけど、とりあえずふたりでティファを追い駆けあたしたちはセブンスヘブンの外に出たのだった。
To be continued
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