はじまりの夜



壱番魔晄炉が爆破された。

今、ミッドガルはプレートの上からスラムまで、そんな話題で持ちきりだった。

魔晄炉近くの街にも被害が出ている。
テレビやラジオから引っ切り無しに流れてくる緊急速報。

被害の及んでいない街は、そう変わらずいつも通りではある。
だけどきっと、ニュースに落ち着かない、どこかそわそわとするような気持ちは誰もが持っているだろう。

あたしも例外ではなかった。

…でも、あたしはその時もうひとつ…。
その事件とは別の意味でも、ちょっと落ち着きを失っていた。





「ないっ…ないっ…ないっ!!」





パンパンと何度も手で叩く。
いくら触ってもぺしゃんこなポケット。

来た道を行ったり来たりする。
進んでは戻るを繰り返す。

そうして辺りを見渡すたび、焦りが募って血の気が引く。





「〜〜〜っ!!!」





あたしの財布は一体どこへ!!!?
あたしは今、どこぞへ消えた財布を求め…七番街スラムを必死に走り回っていた。





「うう…なんでこんなことに…」





心当たりをとにかく回った。
でもどこを探してもちっとも見つからない。

絶望して、途方に暮れて、ズーン…と肩を落とした。

事の始まりは、気まぐれに街に出てみたことだった。
家にいても落ち着かないから、外の空気でも吸おうと思って。

落ち着かなかった理由…。
それは、今夜ミッドガルが揺れるであろうことをあたしは知っていたから。

詳細は知らない。
でも、大きな事件が起こる…その決行の日だと言うことは知っていた。

思う事は色々あって、ドキドキしていた。





「でもまさかこんな余計なドキドキが追加されるとは微塵も思わんだろ…」





ぼそりと落ち込み声で呟く。

ああもう本当…心臓が痛い。
財布を落としたの、人生で2回目だ…。

なんだか泣きそうになりながら、あたしはふと、遠い昔の事を思い出していた。

あれは、5年前のこと。
それはあたしにとって、ちょっとした特別な思い出の話。

忘れもしない。
あたしはあの時、ヒーローに出会った。

あの時、ポケットを触ったらぺったんこで、今と同じように青ざめた。
今みたいに必死に探して、でもその時、下ばかり見ていたのが仇になって、ガンッと額が何かにぶつかった。





ガンッ





「いっ…!!!?」





思い出していたその時、鈍い音と共に額に激痛が走った。

そうそう。あの時もこんな風に…。
って、いや本当こんな風にだな!!?

ていうか額いってえ!!!
なに!?何にぶつかった?!

物凄い既視感。
やだ、ちょっと懐かしい…!

でも別に痛みは思い出したくなかったんですけど…!





「なに…」





一体何にぶつかったんだ。
額を押えながら、自分が何にぶつかったのかを見ようとした。





「え…」





確かめて目の前にあった、その、ぶつかったモノ…いや、人。

つんつんとした特徴的な金髪。
どちらかと言うと中性的な、整った顔立ちの男の人。

互いの視線がぶつかる。
その瞬間、あたしは遠い昔の記憶と今の光景がぴったりと重なる様な、不思議な感覚を覚えた。

ぶわっと胸に熱い何かが溢れ出す。
そうしたら、思わずたまらず叫んでた。





「ああああっ!!!マイヒーロー!!!」

「はッ…!?」





指さして突然叫んだ。
お兄さんはビクッとした。

でも止まらない。
あたしは感情に突き動かされるまま、ずいずいっとお兄さんに詰め寄っていた。

なぜって、なんかもう色々ぶっ飛ぶくらいにあたしの中では感動が勝っていたから。

5年前、財布を落とした時、一緒に探してくれたお兄さんがいた。
その時のお兄さんも金髪で、そして同じようなつんつんした特徴的な髪型をしていた。

というかまさにこの人!!間違いない!!
あたしの第六感がそう言っている!!

ちょっと、大袈裟な話。
でもね、あたしはそのお兄さんに凄く凄く感謝して、あの日の出来事は鮮明に覚えている。

不思議なくらい。
とても、キラキラとした思い出。

きっと、あれはあたしの初恋なのだろう。





「ま、マイヒーローってなんだ…っ」





ずいずいと目を輝かせて近づいたあたしに対し、お兄さんはずるずると後ずさりしていた。なんで!!

…いやでも確かにこれはだいぶ変質者な気もするような…。

そこでちょっと我に返った。
興奮は冷めやらないけど。

とりあえず一旦は落ち着こうか…。
あたしは「ふうっ」と息をつき、お兄さんに一言謝った。





「あ、ごめんなさい!ちょっと…あまりに懐かしかったから」

「…懐かしい?」

「はいっ!あははっ、あの時もこんな風にぶつかったなあって」

「は…?」

「5年前、一緒に財布探してくれたの、覚えてませんか?鳥が持ち去ってて、お兄さんが巣に手を突っ込んでくれたんです。あ、マイヒーローってのはあたしがお兄さんの事、ずっとそう呼んでたんですけど。名前、知らなかったし。でもすっごく感謝したから、英雄だ〜!なんて自分の中で盛り上がっちゃって」





まずい。またちょっとヒートアップしてぺらぺらぺらぺら。

でも財布探しにしてはなかなか色濃い出来事だったと思うんだよね。

あの日、あたしは財布を落とした。
探していたら、神羅兵のお兄さんにぶつかった。

財布のことを話すと、お兄さんは最近不届きな鳥が巣にモノを持ち帰ってしまうという噂があることを教えてくれた。
そしてそのまま財布探し付き合ってくれて、鳥の巣にまで手を突っ込んで、財布を見つけ出してくれた。

覚えてないかなあ…?
そう思ってお兄さんを見ていると、お兄さんは首を横に振った。





「人違いだな。そんな記憶、俺にはない」

「ええ!?まあ確かに5年も前だけど…。お兄さん、神羅兵じゃなかったですか?」

「…確定だな。確かに元神羅だが、俺は兵士じゃない。ソルジャーだ」

「ソル、ジャー…」





そう言われた時、あたしはお兄さんの瞳に目がいった。

いや、ずっと見て話していたけれど、気になったのはその色。
それは綺麗な綺麗な、空の様な色をしていた。

一度見たら、とても印象に残る空色。

…確かに、あの時のお兄さんの瞳は空色じゃなかったと思う。

そう気が付いて、でもそれとほぼ同時。
あたしは今の今、自分が何をしていたのか思い出し、またもハッと血の気が引いた。





「ああっ!!財布!!!」

「財布…?」





またつい声大きなを上げてしまった。
お兄さんは驚いていたけど、あたしの血の気が引いたからか聞き返してくれた。

余裕の無くなったあたしはコクッと頷く。

そして再びきょろきょろしながらお兄さんに尋ねた。





「お兄さん!ここいらで財布見ませんでした?あたし落としちゃったみたいで!」

「…さっき前も落としたって言ってなかったか」

「ええ!人生で2回目ですよ!!」

「…そこまでは聞いてない」

「えへへ!まあ、その反応だと見て無さそうですね」

「ああ、悪いが見てないな」

「そっかあ…」





進展なし。
うう…これであたしは一文無し…?

ずーん…と再び気持ちが重くなる。





「あ」

「…?」





その時、お兄さんが短く声を上げた。
え、なに…と思ってその顔を見れば、お兄さんはどこか…あたしの後ろの方を見ていた。

その視線を追うように、あたしも振り返る。

するとそこには何やら見覚えのあるものを咥えた一匹の猫ちゃんがいた、…ってえ!!!





「ああ!!あれ!あたしの財布!って、ちょ!!どこいくのー!!」





猫が咥えていたのはまさかの探し求めていたあたしの財布だった。
でもその猫ちゃん、あろうことか咥えたままタッタカと走って行ってしまう。

そうして入っていったのは、大人一人潜れるくらいの瓦礫で出来たトンネルの中だった。

わざわざそんな狭いとこ入らなくても…。

でも、あのトンネル、抜けた先はちょっとした空地で行き止まりだ。
それなら取り戻すチャンスはあるかも…!





「あれか?」

「うん!あれ!…て、あ、お兄さん!?」





追い掛けなきゃ、と思ったその時、あたしより先に走り出したのはお兄さんだった。

お兄さんは猫の後を追い、狭いトンネルを潜っていく。

え、もしかして…手伝ってくれるの?

あたしも慌てて追いかける。
そうしてあたしがトンネルを抜けると、お兄さんは静止を掛けてきた。




「あんたはそこにいろ」

「え?」

「出口。塞いでおけ。俺が追いかけるから」

「あ、了解です!」





なるほど、これで挟み撃ちに!

あたしは言われた通り、出口を塞ぐように立った。
それを確認するとお兄さんは財布を咥えた猫を探し、ゆっくりと近づいて行った。

辺りからはニャーニャーと至る所から鳴き声がする。

この空地、猫のたまり場になってたんだなあ…。
こんなとこまず入らないから知らなかった。





「行ったぞ!」

「うん!こーら!!」





程なくお兄さんが上手い具合に猫を誘導し、猫の前後を抑えることに成功した。

そうなれば、猫的には逃げるのが最優先だろう。
逃げるのに邪魔だと判断したらしく、口を開き、いとも簡単に財布を落とした。

ていうかなんで財布なんて咥えてんのさって話だけど。





「ほら」

「あ…」





トサッ…と落ちた財布。
お兄さんはそれを拾い上げてあたしに渡してくれた。





「間違いないか?」

「うん、間違いない!あたしの財布!中身も…あ、ちゃんと入ってる!良かった…!お兄さんありがとう!」

「いや、まあ…良かったな。それよりあんた、頭、大丈夫か?」

「え?」





無事に財布が戻ってきた。
中身も確認して全部無事。

やったー!と喜んでいると、お兄さんはそう少し心配そうに聞いてきた。

頭…頭…って。





「ええと…まあ、いい方ではないと思いますが…。ええ…そんなおバカオーラ大放出してました?」

「…違う。さっき、ぶつけただろ。ぶつけたの、この剣だ。だから」

「あ!」





ビックリした!
てっきり、突然お前は馬鹿なのかと聞かれたのかと!

いや冷静に考えればんなわけねえだろとは思うけども。

そうだ。あたしさっきお兄さんにぶつかって、頭ゴンッとやらかしたんだよね。

鈍い音がした。
それはどうやら、お兄さんが背負っている大きな剣にぶつけた音だったらしい。

本当に大きな剣だなあ…。
今、まじまじ見てみて凄く思う。

そういえば元ソルジャーって言ってたし、この剣で戦うのかな…。
ちょっと見てみたいかも、なんて少し興味が覗いた。

でも、一緒に財布探してくれて、わざわざそんな心配もしてくれて。
このお兄さん、優しいなあ。





「ううん、大丈夫!ぶつけた時結構痛かったけど、もうすっかり吹っ飛んだよ」

「…そうか。まあ怪我がないなら良い」

「うん。平気平気!本当にありがとう、お兄さん!」

「いや…。ちょっと、バングルにはめたマテリアを見てたんだ。道で立ち止まっていた俺にも非がある。だから、まあ…その詫びだな」

「そんな!前見てなくて頭突きかましたのあたしだし!うーん、でもいやあ、あたしの中のヒーローがまたひとり増えちゃったよ〜。ていうか本当、実はあの時のお兄さんなんじゃないの?」

「くどいぞ」

「えへへ」





へらっと笑った。怒られちゃったーなんて。

でも、見れば見るほどあの記憶と重なっていくような感覚。
そういえばあの時のお兄さんも、ぶつかったお詫びって言ってたっけ。

ああ、なんだか凄く凄く懐かしいなあ。





「…じゃあ、俺はそろそろ。行くところがあるんだ」

「あ、うん。本当、わざわざありがとう!」

「ああ、もう落とすなよ」

「がってん!もう大丈夫!三度目の正直!」

「二度あることは三度ある、にならないようにな」

「あ、ひっどーい」





お兄さんはそう言ってふっと小さく笑うと、先に瓦礫のトンネルを出て行った。

あ、笑った顔、なんだかいい感じ。

わりとクールそうな印象。ぶっきらぼうと言うか。
でも、きっと凄く優しい。じんわりと、そんな感じがした。

うーん、だけどこの辺りじゃ見ない人だったな。
あんなにあの時のお兄さんにそっくりだったら、絶対気がつくと思うし。





「名前とか、聞いておけばよかったかな」





ちょっとだけ、そんなことを思う。

やっぱりなんだか懐かしい気持ちになって。

魔晄炉が爆破された。
今日は大変な夜。

だけどまた少し特別な、忘れられない夜になるのだった。



To be continued


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