君でいっぱいの心
ナマエとエアリスを残し手揉み屋を後にした俺はマムに言われた通りにサムの元を訪れた。
一体何をするのか。
そう問えば、サムからはこの街での問題事が書かれた依頼メモを渡された。
要は依頼者から話を聞いてその問題を解決しろと、なんでも屋の仕事をこなすのと同じような話だった。
依頼内容は様々。
ジムでのスクワット対決、闘技場でのスペシャルマッチ。
服屋の息子から呑み屋で飲んだくれている親父を連れ戻して欲しいなんてものもあった。
内容的にそう厄介なものはなかったが、親父を連れ戻す依頼は正直回りくどくて面倒くさかったかな。
なぜ回りくどがったのかと言えば、ウォールマーケットの街中を歩き回る羽目になったからだ。
服屋の親父は賭け事で蜜蜂の館のVIP会員証を取られたと言って落ち込んでいた。
会員証を取り戻すことにはなったものの、それは知り合いから知り合いの手へとどんどん回っており、おかげであちこち行かされた。
しかもその回りくどさに加え、サムに話を聞いたというジョニーが道案内をすると言い出して…これがまた騒がしかった。
ああ、なかなか骨が折れたかもな。
だが、隣にいる奴が違ったからだろうか。
そうして街を歩いている時、俺は何気なくナマエの事を思い出していた。
《ね、クラウド!じゃあまずはあっち、探してみよっか!》
探し物の依頼も何度かこなしたことはある。
そういう時、ナマエは先を指差して、俺に振り返ってそう笑うのだ。
…そういえば、アバランチの依頼を抜かしてナマエ無しでなんでも屋の仕事をこなすのは初めてだな。
そこまで思った時、少し我に返る。
…また、ナマエの事を考えている自分。
気が付くとよく考えている…。
ふとした瞬間、なにげない瞬間、ナマエの事を。
「…はあ」
俺はそっと息をつき、頭の中を振り払った。
ともかく、サムから受けた依頼は全て片付けた。
サムからもそろそろ準備が終わった頃じゃないかと言われたし、店に戻ろう。
俺は手揉み屋へと戻った。
しかし中に入ろうと扉に手を掛けたその時、服屋で別れたはずのジョニーが慌てた様子でやってきた。
「うおおおお〜!クラウドさん!ここでしたか!ティファが、その、ティファが!俺じゃもう…っ」
「落ち着け。ティファがどうした?」
「もうすぐコルネオのオーディションが始まるって聞いて、このままだとティファが…。でも俺じゃあどうしようもないから…」
慌てるジョニーに訳を聞けば、どうやらティファのオーディションの時間が迫りつつあるらしい。
俺は店に戻る前に一度コルネオに屋敷に行ってみることにした。
走り出せば「お供します!」とジョニーもついてきた。
「クラウドさん、兄貴って呼んでいいですか」
「…ダメだ」
「俺、兄貴にならティファを任せても良いかもって」
先ほどの依頼をこなしている間に妙に懐かれたようだ。
人の話を聞かず、人を兄貴と勝手に呼んでくるジョニー。
ウェッジといいどいつもこいつも何なんだ…。
ナマエも、ボスって言うの…あれはどうなんだ。
完全にノリで楽しくなってるだけだろう、あれ。
そこでまたナマエのことを考えているのに気が付く。
「あっ、それとももしや、まさか兄貴はナマエとですか!?」
「…っ」
タイミングよくジョニーにナマエの事を聞かれ、思わずぎくりとした。
いや、ジョニーの方は俺がナマエの事を考えていたなんて知らないだろうが。
ただなんとなく悟られたくなくて、俺は否定を口にしようとした。
「…別に、俺は…」
「まあナマエの奴はお転婆が過ぎると言うか、やかましい部分もありますが、あれでいて結構可愛いところありますからね」
「……。」
「わりと周りに人が寄ってきやすいと言うか、そういうタチではあるんですよね。けど、妙に俺に当たり強くてあいつ!」
聞いてもいないのにぺらぺらとナマエについて話し出すジョニー。
あいつはああでこうで、あの時もこうだったああだった。
…何故だろう。
なんとなく、俺よりナマエを知っている感が気に食わない…。
ナマエの方もジョニーには遠慮が無いように見えた。
ズバズバとモノを言って、どこか気兼ね無さそうで。
いや、それにしたって、ちょっとナマエに馴れ馴れしくないか?
って…何を考えているんだ、俺…。
気に食わないとか、馴れ馴れしいってなんだ。
ナマエのことに詳しいのも、付き合いが長い分俺より知っていて当たり前だろう。
…やっぱり気には食わないが。
…ダメだ。少し、頭を落ち着かせよう。
だけど、胸にもやもやした何かが溜まっていくのを感じていた。
「じゃあ、俺はここで。足手まといになるといけないんで…」
「…マムの店に戻って、ナマエとエアリスが出て来たら俺が戻るまで待つよう伝えてくれ」
「了解です!」
コルネオの屋敷の前まで来るとジョニーとはそこで別れた。
伝言だけ頼めばジョニーはすぐに走って行く。
今ここで解決出来ればそれに越したことはないだろう。
エアリスを巻き込むこともないし、ナマエも…。
そんな風に考えつつ、俺は再びコルネオの屋敷の敷地に入った。
「お前か…」
扉の前には変わらず手下が3人いた。
その中のうちのひとり、レズリーと呼ばれていた男は俺を見るとまた来たのかとでも言うように顔をしかめる。
俺はレズリーの方に向かって行った。
「推薦状は手に入れた」
「あれは女限定だ」
「ナマエとエアリスが選ばれた」
「ああ…、一緒にいた女達か。気の毒に」
レズリーは舌打ちをする。
どうもこの男はコルネオの手下のわりに、こちらに同情するような物言いをする。
だからと言ってその真意はわからないし、知る気も無い。
重要なのはこの中にティファがいて、救い出さなければならないと言う事だけだ。
「でもな、どっちにしても男は入れない」
「許可は求めていない」
「やめておけ。コルネオさんは恐ろしい人だ。あんたがここで暴れると、誰かが責任を取らされる。それはお前が助け出したい人間かもしれないし、あるいはまったく関係の無い人間かもしれない。わかるか。ここはそういう世界だ」
背中の剣に手を伸ばした俺を諭すようにレズリーは説明してきた。
誰かが責任を取らされる…。
自然と頭に浮かぶのはナマエやエアリス、ティファのこと。
少なくとも、3人に余計な被害が及ぶのは絶対に避けなくてはならない。
「オーディションが始まるまでまだもう少し時間がある。もし本当に推薦状があるならその女たちを連れてこい。俺は、勧めないけどな」
恐らくまだ時間があるというのは事実なのだろう。
俺は一度、屋敷を引き返すことにした。
残してきたナマエやエアリスの事も気になる。
それに、本当にふたりをこの屋敷の中に放り込んでいいのかという懸念も強くなった。
レズリーは勧めないと言った。確かにロクなものでは無いのだろう。
ああ、そんなことはわかりきっていることだ。
オーディションの内容がわからないのも不安要素でしかない。
俺はマムの店に戻ろうと屋敷の前の橋を渡ろうとした。
しかしその時、目の前が何やら賑わっている事に気が付いた。
「ん…?」
橋の向こうに見える人だかり。
何が起きている…?
目を凝らせば沸き立つ人々と歓声が聞こえる。
「おい、退けって!見世物じゃねえぞ、散れ散れ!」
そしてその人だかりを押しのけ、何かに近づけさせまいとしているジョニーが見えた。
なんだ?
その後ろを見れば、ゆらりと揺れた赤いドレスと見覚えのある茶色い髪が見えた。
そこに立っていたのは、鮮やかなドレスに身を包んだひとりの女だった。
何処から持ってきたのか、ジョニーは彼女の前から橋に赤い絨毯を敷いた。
そして「どうぞ」と声を掛ければ、彼女は絨毯の上を歩いて俺の元に歩み寄ってくる。
「お待たせ」
「エアリスなのか?」
「うん」
髪の色。声でわかる。
そこにいたのはエアリスだった。
正直、驚いて戸惑った。
あまりにいつもと雰囲気が変わっていて。
「コルネオはこういうのが好きなんだって。なんか、あちこち盛られて、不愉快」
「そ、そうか」
言葉に悩んだ俺は「すまない」と口にしつつ、気掛かりを覚えた。
エアリスが此処にいるなら、ナマエは…。
あいつも、着替えてるのか?
「エアリス、ナマエは…」
「ああ、うん!ナマエはね…」
ナマエの事を尋ねると、エアリスは楽しそうに頷いた。
けど、その表情はすぐに小さな苦笑いへと変わる。
エアリスは後ろに振り返った。
すると…。
「早く来いっつの!」
「やだ!絶対やだ!やだあああああ!!!」
ジョニーと叫ぶナマエの声が聞こえた。
な、なんだ…。
俺はまた戸惑いを覚え、声がした橋の向こうを見た。
するとジョニーが誰かの腕を引っ張る背が見えた。
どうやら誰かが抵抗しているらしい。いや、声からしてナマエなのだが。
ジョニーの影になり、ナマエの姿が良く見えない。
ただ、抵抗して踏ん張るミュールとふわりとするドレスの裾は見えた。
やはりナマエもドレスアップをしているようだ。
「やだ!本当やだ!!いーやーだーーー!!!!」
「うるせえよ!大丈夫だって!今のお前はすげえイケてるぞ!俺が太鼓判押してやる!」
「ジョニーの太鼓判とか嬉しくない!!ていうかむしろ怪しい!」
「馬鹿言え!俺はお前に世辞なんか言わねえよ!」
「確かに!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら押し問答しているジョニーとナマエ。
そのやり取りにまたモヤっとした。
だからナマエにベタベタするなと…!
腕、掴んでるんだよな。
近づいて、引き剥がしてやりたくなる。
イライラしているのが自分でもわかった。
「わーったら早よ行け!」
「ぎゃあっ!!」
その時、ジョニーが一気にナマエの腕を引き、勢いよく俺の方に放り投げた。
それと同時に聞こえた悲鳴。
やっと姿が見える。
目の前に現れたのは、真っ白なドレスに身を包んだナマエ。
急に放り出されたナマエはぐらっと体勢を崩してもつれ込みそうになる。
それを見た俺は咄嗟に手を伸ばしてその身体を抱き留めた。
その瞬間…ふわっ、と甘い良い香りがした。
「…く、クラウド…」
「ナマエ…?」
抱き留めた女が顔を上げる。
目が合った彼女は俺の名を呼んで、俺もまた彼女の名前を口にした。
化粧をして、髪をいじって、いつもとだいぶ雰囲気が違う。
だけどその瞳も、声も、ナマエのもの。
思わず見つめる。いや、見惚れて、ずっと見ていたいと思うほどに…そこにいるナマエは、心の底から可愛らしくて、綺麗で。
…このまま、掻き抱いてしまいたい。
そんな衝動に駆られた。
「クラウド…あの…」
「っ、わ、悪い…!」
ナマエの瞳が戸惑ったように揺れ、名前を呼ばれた事で我に返った。
格好を見られるだけの間隔は開いていた。
だが、俺はナマエの背に手を回したままの状態でいた。
ほんの少し手に力を込めれば、簡単にナマエを胸にうずめてしまえるほどの距離…。
まずい…。完全に見惚れて、頭の中がぼんやりとしていた。
俺は慌ててナマエから手を離した。
するとそんな様子を傍で見ていたエアリスがくすっと笑ったのが聞こえた。気まずかった。
「…それよりナマエ、エアリス。ジョニーの伝言は聞かなかったのか」
とりあえず話を変えたい。
そう思った俺はふたりにそう尋ねた。
けど、それより…って、なんか繋げ方おかしくないか。
言ってから自分でもそう思ったが、流れを変えられるならもう何でも良かった。
「待ってろってやつ?聞いたけど、心配だもん。ね、ナマエ」
「うん…。ひとりでコルネオの屋敷行ったって聞いたから…」
「ねー!って、もうナマエ!マムにも胸張りなって言われたでしょ!」
「ひょえっ!!?」
「情けない声出さないの!今のナマエ、すっごくすっごく可愛いんだから!ね、クラウド!」
「はっ…」
折角話を変えようとしたのにエアリスによって戻された。
しかも話を振られ、くそ…思わず変な声が出た。
今のナマエをどう思うか…。
ナマエは今の格好を恥ずかしがっているらしい。
けど、そんな心配はいらないと俺も思う。
ところどころにレースのあしらわれた真っ白なドレス。
柔らかでふんわりとしていて、確かに普段とは少し印象が違うが、ナマエによく似合っている。
…普段の姿の時は、良いと思うと正直に言えた。
本当にそう思ったし、エアリスもナマエ自身も気に入っていると言っていたからか、そう抵抗はなかった。言ってから、少し気恥ずかしくはなったが…。
けど、今はどうだ…。
言葉も探せない。
その結果、俺はふいっとナマエから視線を逸らした。
が、この反応は自分でも失敗だと分かった。
「ほら、エアリス!クラウドもあの通り!似合ってないって目逸らされたよ!」
「ちが…」
ナマエに勘違いされた。
違う、と小さく言い掛けて、でもやはり続く言葉を出せなくて黙る。
「どう考えても照れてるだけでしょ。ねえ、クラウド?」
「い、いや…俺は…」
「…エアリスってさ、スーパーポジティブだよね?」
「逆に、今のナマエ、ネガティブすぎ…」
エアリスは深いため息をついた。
するとナマエも、意味は違うのだろうが同じように息をつく。
だが、もうそこで開き直ったらしい。
ナマエはさらりと髪を耳に掛け、隠すように少し丸めていた背を伸ばした。
「ま、こんなドレス着るの、最初で最後かもだよね。そう考えればいい記念か」
ふう、と落ち着くナマエ。
いや、そんな風に考えなくてももっと自信を持っていい。
本当に、よく似合っている。
そんな風に言えたら…よかったんだろうか?
「…っ、…」
だけど、いざ言葉にしようとすると気恥ずかしさで躊躇われた。
…それに、俺自身が似合っていると思ったからこそ、余計に不安が募った。
俺は勧めない、そう言ったレズリーの言葉が頭をよぎる。
やはりナマエたちを屋敷にいれるのはやめさせた方がいいのかもしれない。
「ナマエ、エアリス…ここは思っていたよりも危険なところらしい。オーディションで何をさせられるのかもわからない。やはり、ふたりで行かせるわけには…」
「ふたり?そんなつもり、ないよ。ほら、こっちこっち!」
「?、エアリス、どこへ行くつもりだ?」
エアリスは微笑むと、くるりと屋敷とは逆の方へ歩き出した。
わけがわからなくてナマエの方を見れば、ナマエもまたエアリスを追うように歩き出した。
「私達、マムから良いこと聞いたの。クラウドの事、気になってる人がいるって。ね!」
「うん!だからちょっと、その人に会いに行きたいんだ」
「お、おい…」
どこへいくつもりだ…。
俺のことが気になっているヤツ…?
俺の困惑など気にも留めず、ふたりは歩いて行ってしまう。
そうなれば俺もついていくしかない。
どこか楽しげでもあるふたり。
俺は首を傾げながら、ドレス姿のふたりを追いかけた。
To be continued
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