▽ 美しい音色にのせて
「…あんたが、ダークエルフ…!」
トロイアの北に位置する磁力の洞窟。
発せられる磁力により金属の使えない中、あたしやテラさんが魔法で先頭を切りたどり着いた最深部。
邪悪な力に歪んだ妖精。
目の前で胡坐をかくそいつを、あたしはキッと睨みつけた。
『オマエタチ、ヨクココマデコレタ!』
「…土のクリスタル、返してもらおうか」
単刀直入にセシルが切り出した。
簡単に応じるとは最初っから思ってなかったけど、そんな予想を裏切ることなくダークエルフはニタリと嫌な笑みを浮かべた。
『ツチノくりすたるハ、オマエタチニモドラナイ。ソンナソウビデ、コノワタシノマリョクニ、カテルトオモウカ?』
お世辞にも厳重装備とは言えないこちらの装備。
武器だけではなく防具も金属を使えないというのだから頭が痛くなる。
だけどここまで来て「はいそうですね」って引き下がれるわけがない。
ていうか何こいつ!
なんか完全に舐め腐ってますって感じ…。
「セシル、あたしがやる!こいつ腹っ立つ!」
「ナマエ…」
「土のクリスタル、さっさと返して!ブリザガ!!」
前に出て放った氷柱。
最上級の氷は、きらめいて真っ直ぐに振り落ちる。
だけど威勢が良かったのは最初だけ。
その氷は、奴に届くことなく直前で溶けて消えてしまった。
『オロカナ…ククク』
威勢のよさに反し、掠り傷一つ付けられなかった力に奴はまた笑う。
それが物凄くムカついたけど、目の前の余裕から多分もう一発放ったとしても結果は同じなのだろうと感じさせられた。
「ナマエ、駄目じゃ!奴は土のクリスタルから力を得ているのじゃ!」
「そ、そんな…っ」
テラさんに言われ、ダークエルフの背後に輝くクリスタルの存在に目がいった。
そんな…クリスタルの力なんて、生半可な攻撃じゃ効くはずない…。
『ソロソロコチラカライクゾ!』
その瞬間、奴は土のクリスタルから得た力で衝撃波を放ってきた。
ぐん…!!と襲い来る波に、あたしたちの体はいとも簡単にふっ飛ばされてしまう。
「…うあっ…!」
衝撃波独特の…うっとくる嫌な痛み。
うずくめた体を擦ると、セシルの苦い言葉が聞こえてきた。
「剣さえ使えれば…、剣さえ使えれば…っ!」
こんなところで苦戦を強いられている場合ではないのに。
早くローザを助けなきゃいけない。
そんな苦しみがひしひしと伝わってくる声だった。
…やらなきゃ…、早く勝たなきゃなのに…!
カインが、遠のいて行く…。
悔しい…。
ふるふると握りしめた拳が震えた。
ぽろん…
「…!」
そんな時、優しい音色が耳に届いた。
これ、竪琴…?
竪琴の…あったかい音色…。
そうだ…この音は、聞いたことがある…。
《へえ、ギルバートって竪琴弾けるんだね?》
《うん。吟遊詩人として放浪していたからね。これくらいは》
《いやいや、なに謙遜してんの。これくらいどころじゃないじゃん。ね、リディア!》
《うん!お兄ちゃんの音、私好き!》
《ふふ、ありがとう。ナマエ。リディア》
思い出したのは、少し前の出来事。
リディアと一緒に「綺麗だね」と笑ったギルバートの竪琴。
そうだ…、これ、ギルバートの竪琴だ。
あたしはとっさに懐に手を伸ばし、彼から預かったひそひ草を取り出した。
ぽろん…ぽろん…
優しい音が、ひそひ草から流れてくる。
「ナンダ!コノフカイナオトハ!グ……ゲゲゲ!」
とても美しく、綺麗な音。
だけどその音を聞いたダークエルフは不快な音だと苦しみ始めた。
この竪琴の音色が…効いてる?
「ギルバート…!ダークエルフが苦しんでる!」
《ああ…ナマエ、僕の音は君たちに届いているんだね。よかった…》
声を掛ければ、ギルバートはすぐに答えてくれた。
彼は今、傷ついた体で懸命に音を奏でてくれているんだろう。
「でも…どうして?」
《…以前、悪しき妖精を戒める歌というのを聞いた事があって…それでもしやと思ったんだ》
「悪しき妖精を戒める…」
《さあ、今だセシル!この音色が流れている間は奴も磁力を操る事は出来ないはずだ! 剣を!剣を装備するんだ…!》
ギルバートの言葉を聞いたセシルは剣に手を伸ばした。
試練の山で授かった、伝説の剣。
自由を手に入れ、その剣先をチャキ…と構える。
「わかった…ギルバート…!」
『ガゴゴ…ヨクモ!オマエタチコロス……!』
でも、ダークエルフも意地になってた。
力を振り絞るように、歪めていくその姿。
それは…邪悪を渦巻くダークドラゴン。
だけど…クリスタルの力が無いってんなら、こっちにだっていくらでも手はある!
ギルバートは応援してくれた。
あたしがカインの手を掴めるように…応援してくれたから。
それに、応えるよ!
「ブリザガ!!」
さあ、さっきの仕返しだよ。
あたしはさっき力を為さなかったブリザガを再度放った。
巨大な氷柱は降り注ぎ、悲鳴と共にダークドラゴンの足に突き刺さり自由を奪う。
「セシル!!」
「ああ!」
身動きの取れなくなったダークドラゴンにセシルが走る。
白い光がまっすぐと貫く様に。
『ヤ、ヤメロ…!クルナ…!ナゼアノオトガココマデ!』
ザン!!
響いた強い一撃。
セシルの剣は、見事にダークドラゴンを貫いた。
『くりすたるサエアレバ…エイエンノイノチガ………グガゲゴ…!!』
貫かれた場所から風化するように、ダークドラゴンは消えていった。
輝くのは、その背後にあった土のクリスタル。
「やったぞ、ギルバート!」
セシルは笑みを見せ、ひそひ草に向かって叫んだ。
音色の止んだひそひ草からはギルバートの安堵の声が聞こえた。
「アンナは幸せじゃった…」
「…テラさん」
その時、ひそひ草を見つめ、あたしの隣に立ったテラさん。
テラさんの声が届いたらしい。
ギルバートは静かにテラさんの声に耳を澄ませているようだった。
「お主のような勇敢な者に愛されたのだからな…」
《…テラさん》
「今はその身を治す事だけを考えるのだ。アンナの仇は私のメテオで必ずとってみせる!…ギルバート…お前の分もな」
初対面が嘘みたいだ。
テラさんの声は優しく、ギルバートのことを認めたようだった。
《……ありがとうございます》
少し、涙ぐむような声。
ふたりの隔たりが消えた、そんな瞬間だった。
To be continued
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