▽ 賢者の最期
「ここは…」
辺りを見渡すと、広い広い空間がある。
…まるで迷宮?これって迷路…?
なんだか少し、頭痛がした。
《飛空艇に乗れ。ローザの居場所まで連れて行ってやろう》
ギルバートの協力のもとダークエルフを倒し、トロイアから土のクリスタルを借り受けたあたしたちは、カインの案内でひとつの塔に連れてこられた。
だけど、折角会えたのにカインの姿はもうない。
代わりにあるのは塔のどこかから響いてくる声だけだ。
「カイン!」
「どこへ隠れおった!」
《そう慌てるな…。ゴルベーザ様から一言お礼が言いたいそうだ》
セシルとシドの叫びに薄く笑みを含みながらカイン。
するとカインの声に続く様に、低い…あの声が聞こえてきた。
《約束を守ってもらえて嬉しい限りだ…》
…ゴルベーザ…!
低く響いたその声に、全員の空気がぴりっとしたのを感じた。
「ゴルベーザ…!姿を見せい!」
ゴルベーザの声に真っ先に反応を見せたのはテラさんだった。
復讐の相手の声を耳にして、酷く苛立っているのが見て取れる。
アンナさんと…そして彼女が愛したギルバートの代わりに…。
だけど…その姿を見るたびに、あたしは酷く不安な気持ちに駆られていた。
だって、この人の切り札は…あのメテオだから。
《はやる気持ちはわかるが、私の礼を受け取って欲しい》
なだめるような穏やかな口調でゴルベーザは続けた。
…礼とか言っちゃってるけど、どうせろくでも無いことだろうな。
《セシル…私は君の愛しいローザと一緒にこのゾットの塔の最上階にいる。ここまでたどり着ければローザの命とクリスタルを交換してやろう》
「ゴルベーザ、貴様…!」
《早く来なければ君の大事なローザの命は保証出来ん…。さあ、登ってこい!》
本当、何が礼なんだっての…!
どこまで人の弱みにつけこめば気が済むんだ、あんにゃろう…!
だけどこんなとこでムカムカしてたって始まらない。
どのみち言うことは聞くしかないし、奴の言葉が本当ならここにはローザもカインも皆いる。
それならここで、全部終わらせてやる…!
「セシル!」
「ああ、皆、行こう!」
あたしがセシルに呼びかけると、彼は頷き先を睨んだ。
あたしたちは走り出した。
ただひたすら先を目指す事に集中する。
階段を駆け上がって最上階を目指した。
「サンダガッ!!」
ドガン…ッ!
雷鳴が響き、襲いかかってきた敵を仕留めた。
もう、だいぶ上り詰めたと思う。
魔物を倒し、送られてきた刺客であるメーガス三姉妹とも対峙し、あたしたちは最上階の扉を開いた。
「ローザ!!」
バン!と勢いよくセシルが奥に踏み込むと、そこには漆黒の鎧があった。
身にまとう邪悪な気配。
ファブールでの借り…忘れてないんだから。
「御苦労、諸君…」
仮面で表情はわからないけど、相変わらずの穏やかな声。
でも内心ではきっとあざ笑ってる感じだ。
「ゴルベーザ!」
テラさんが叫んだ。
そっか…。
テラさんはファブールにいなかったから…直接対面するのはこれが初めてかもしれない。
やっと目の前にした娘の仇に、眼鏡の奥は酷く血走っているようにも見えた。
でも、あたしはそんなゴルベーザの隣に立つ彼に向いていた。
「カイン…!」
「…ナマエ…、お前も懲りんな」
「懲りると思ったの?」
ニッ、と笑って見せたけど、本当は結構緊張してた。
でもカインがいて、ゴルベーザもいる。
今はきっと…最高のチャンスだから。
絶対…卑怯な術なんか解いてやる…!
「ローザは何処だ!?」
「クリスタルが先だ」
ローザの安否を尋ねるセシルにゴルベーザはそちらの要求を通してきた。
でも人質だからこちらは迂闊に動けない。
セシルは悔しそうに歯を食いしばり、土のクリスタルを手にゴルベーザに近づいた。
「…ローザは無事なんだろうな?」
「無論無事だ。さあ、クリスタルを貰おう」
セシルはそっと、土のクリスタルをゴルベーザに差し出した。
クリスタルを受け取ったゴルベーザはセシルに数歩下がるように指示すると、クリスタルを懐に収めてしまう。
バサッ…と揺れた黒いマントにセシルは叫んだ。
「ローザを返せ!」
その叫びを聞き、ゴルベーザはマントを翻し背を向けた。
そしてあろうことか、冷めた台詞を口にした。
「…何のことだ?」
「何…!?」
最っ低…。
ここまで来てとぼけるんだ…。
何かあるんじゃないかとは括ってたけど…本当、最低だ。
「話が違うぞい!」
「何処までも汚い奴!」
シドが怒り、テラさんは目を血走らせたまま前に出た。
そのテラさんの姿を見たゴルベーザは吐き捨てるように言った。
「老いぼれに用はない」
「貴様になくても私にあるッ!思い知れ…!アンナの痛みを」
そう言ってテラさんは静かに魔力を集中させていった。
始まった詠唱に、あたしたちはハッとした。
ま、まずい…!
テラさん、メテオを使う気だ…!
「止めろ、そんな事をしたら…!」
「無茶だ、そなたの方が持たぬ!」
「ええいっ、わしはこの時をずっと待っておったんじゃ!」
セシルとヤンが止めてもテラさんは魔力を込めることを止めない。
あたしは、背筋が震えた。
だってこんな強大な魔力、初めて感じた。
「この命すべて魔力に変えて…貴様を倒す!!」
「っテラさん…駄目…!詠唱やめて…!あ、あたしが唱えてみますから…!」
今のあたしじゃメテオはまだ唱えられないと思った。
そんなことわかってた。
でも、命を散そうとする様に、他に言えることが思いつかなかった。
「…ナマエ、おぬしにはまだ無理じゃ。だが…おぬしには才能がある。もっと精進せい…」
「待っ…!」
ぴし…っ、
とてつもない魔力が、テラさんの体から離れるように見えた気がした。
「メテオ!!!」
吼えるような、叫び。
現れた隕石。
それはまっすぐに、定められた対象…ゴルベーザにへと降っていく。
「なに…!?」
まさかメテオを使うとは思わなかったらしい。
ゴルベーザは驚きに似た声を上げ、メテオをその身に受けた。
それとほぼ同時。
テラさんの体が、ぐら…と崩れた。
「テラッ!」
「テラさん!」
「しっかりしなされ!」
がっ…と力強くヤンがテラさんを抱きとめた。
ゴルベーザは…!?
そう思って、はっと顔を上げれば、ゴルベーザは膝をついていた。
たぶん相当ダメージは与えられたと思う。
でも、彼の魔力は並みじゃない。
だからきっと咄嗟にバリアでも張ったんだろう。
「メテオを使うとは……ぐぶッ…、だが、クリスタルは頂いた…引くぞ、カイン!」
「………。」
ゴルベーザはカインに呼びかける。
今までなら「ハッ」なんて、威勢のいい返事が聞こえていたはずだ。
だけど今回、カインは返事をしなかった。
その理由は単純。
カインはその場に倒れ込んで気を失っていた。
「…カイン…!」
倒れた彼の姿に心臓がドクンと波打った。
だけど、落ち着いて考える。
カインはメテオを喰らってないし、他の攻撃だって受けてないはず。
そうなれば…何か、別の…精神的なショック…?
「今のメテオで術が解けたか…!まあ良い。貴様は用済みだ。この借りは必ず返す!」
ゴルベーザは簡単にカインを見切ると、マントを翻した。
胸糞が悪かった。
だって、まるで捨て駒のような台詞。
「のがすか!ゴルベーザ!」
セシルは去っていこうとするゴルベーザを逃がすまいと飛びかかった。
でも、傷を負ってるって言うのに…ゴルベーザは強い。
「ぐっ…嘗めるな!」
「…うッ!!」
「セシルッ…!」
ゴルベーザは飛びかかったセシルを払うように、強力な魔法を喰らわせた。
もろに攻撃を受けてしまったセシルは吹き飛ばされ、壁に強く体を打ちつけて蹲った。
そんなセシルに、ゴルベーザはゆっくりと足を進める。
まさか…留めでも刺す気!?
「セシルッ!やめてえッ!!!」
あたしはセシルの元に駆け寄った。
彼の肩に触れ、急いで立たせようと呼びかける。
「セシル…!セシル…!」
「うっ…ナマエ…」
何度も何度も呼びかける。
するとその声に耳を押さえるように、ゴルベーザの足が急にとまった。
「…セシ…ル……?」
「「…!」」
うつろに呟くように、まるでうろたえているかのように。
突然様子のおかしくなったゴルベーザを前に、セシルが問いかけた。
「…何故…とどめを刺さない?」
「お前は…」
「…?」
「お前はいったい……ぐ…ぐぐ…」
ゴルベーザは頭を抱え、苦しむようにうめいた。
…様子が、明らかに変だ。
なにがどうなってるのか全然わからない。
「こ…この勝負ひとまず預けるぞ…!」
うろたえた様子のまま、ゴルベーザはセシルに背を向け去って行った。
でも今の状況を考えるに、このまま去ってくれた方がこちらにも都合がいい。
今の状況…こちらもかなりの深手を負っちゃってる…。
あたしはゆっくりとセシルを気遣い、肩を支えて立ち上がった。
そしてヤンとシドが支えるテラさんの元にへと歩み寄った。
「倒せなんだか…」
「喋っちゃいかん!」
口を開くテラさんを制すシド。
でもテラさんは首をゆっくり横に振ると、遠くを見つめた。
まるで…悟ってる…。
そんな表情だと思った。
「これも…、憎しみにとらわれて戦ってきた報いかもしれん…。アンナの仇を……た…の……!」
その時…ふっ…と。
…テラさんの体から、力が抜けた。
………テラ、さん……。
…頬に冷たい何かが伝ったのを感じた。
「ええいっ目を開けんかい!このクソじじい!!」
シドがテラさんの体を揺らす。
相性が悪かったふたりの間なら、ここで必ずテラさんは言い返していたのに。
「テラ殿…」
「娘さんと…安らかに暮らすんじゃぞ…」
ヤンは手を合わせ、シドは目を伏せながらそう呟いた。
あたしは流れた涙をぬぐった。
セシルは、そんなあたしの頭をそっと撫でてくれた。
「テラ…、アンナとあなたの仇は、僕らが…!」
「………。」
あたしは目を閉じ、ゆっくりと黙祷を捧げた。
…どうか、安らかに休んでください…。
そして、ゆっくり目をあけると…その視界の端に映った彼のもとに歩み寄った。
「…カイン…、カイン…」
膝をつき、気を失っている彼の肩をゆっくり揺らす。
すると「ううっ…」という声とともに変化があった。
「…ナマエ…?」
彼の瞳に、確かにあたしは映ったのだろう。
久しぶりに…ちゃんと名前、呼んでもらった。
なんだか更に、目の奥が熱くなった気がする。
「…大丈夫?」
「お、…俺は…っ…」
頭を抱え、今までのことを悔やむように嘆く姿。
…ああ、カインだ。
術がとけた、本当のカイン…。
久々に話せて嬉しいのに…。
嬉しいんだか悲しいんだか…涙の理由が、ぐちゃぐちゃだった。
「カイン…!」
「セシル…!す、すまん…俺は何という事を…」
セシルもカインに近づき、その顔を合わせた。
カインはセシルを見るなり頭を下げ謝罪を口にした。
そんな様子にセシルは穏やかに首を振った。
「操られていたんだ…。仕方ないさ」
「しかし…意識はあったのだ。俺はローザを…」
カインがローザの名前を口にした瞬間、空気が一斉に変わった。
そうだ…!
ゴルベーザがいなくなって…ローザは!!
「ねえ、カイン!」
「ローザは!?」
「この上だ!時間がない!」
カインの焦りが異常だった。
その声で事が一刻を争うものなのだと瞬時に理解できる。
だからカインの案内のもと、あたしたちは急いでローザのもとに走った。
To be continued
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