▽ 強さと弱さは紙一重
「うーん…と、」
外は、真っ暗。
金色の月が覗く、暗闇の時間。
もぞもぞ。
頭からすっぽり被ったタオルケット。
その中で、小さなランプの明かりを頼りに、ぱらりとあたしは分厚い本のページを捲っていた。
ここは、ミシディア長老の家に在る書庫だ。
《旅立つのじゃ、試練の山へ!しかし、今日のところは休みなさい。見たところ疲れが溜まっているように見える。そんな状態で行ったところで、あの山は越えられんじゃろう》
セシルをパラディンにするために、一度試練の山に訪れることになったあたしたち。
でもそんな長老の計らいで、今日のところは休ませて貰うことになった。
そんな中で、あたしはお願いをしたのだ。「少し調べ物をさせていただけませんか?」と。
だってここ、あのミシディアだもん。
魔法とかの書物はどこよりも揃っているはずだから。
「んー…」
また1ページ、ぱらりと捲った。
そんな時、ふと気がついた。
背後に誰かの気配がする。
あたしはバサッとタオルケットを広げた。
「そんなとこいても寒いでしょ、入る?」
にこり、笑って振り返った。
するとひょこっと覗いた小さな頭が二つ。
それはお供を命じられた小さな双子のおふたりさん。
ポロムとパロムだった。
「気付かれていたんですか?」
「うん、なんとなくねー」
「ちぇ…ねーちゃん、なかなかやるじゃねーか」
本棚の陰から出てきたふたり。
なんか微妙に警戒されてるっぽいけど…笑ったままおいでおいでしたら、両脇にそれぞれ座ってくれた。
その後ろから、あたしはバサリとタオルケットを掛け、三人で包まった。
ホント、今日なんだか冷えるから。
「なあ、ねーちゃんって黒魔道士なのか?」
「うん、そうだよ。パロムもなんでしょ?お揃いだねー」
聞いてきたパロムに頷きながら、またぱらりとページを捲った。
すると、今度はポロムの方が本を覗き込みながら話しかけてくれた。
「あの、何を調べているんですか?」
「ん?操りの術について」
「操りい!?」
普通に答えると、げえっとパロムに顔を歪められた。
…何だその反応。
「ねーちゃん、誰か操る気なのかよ?趣味悪っ!」
「ぶっぶー。残念ながらその逆でーす。解く方法を探してるんですよーだ」
なるほど、歪めた理由はそう言うわけか。
まあ確かに悪趣味だね…。
あたしはそんなことする気サラサラないっての。
そう思いながらまた、ぱらっとページを捲った。
でもそこで気付いた。
この子ら、長老公認の天才児じゃないか。
「あ、ねえねえ!ふたりってさ、確かに魔法の素質凄いあるよね?あたしも魔道士の端くれだから何となくわかるんだけどさ」
「へっ、まーな!」
「パロム!調子に乗らないの!」
自信満々、謙遜も何もなく鼻の下をかくパロム。
うん、良い性格してる。けど、こういう性格はあたし、嫌いじゃない。
一方ポロムはそんなパロムを叱る。
しっかりしてるなあ、この子は。なかなかバランス取れてるじゃん。
でもまあ、誉められて嬉しい気持ちはあるみたい。
この子たち、結構可愛いなあ。
なんか自然と頬が緩んだ。
「それでさ、そんな天才のふたりを見込んで相談したいんだけど、術を解くのって、どうしたらいいと思う?」
ぱたんと一度本を閉じてふたりに尋ねてみる。
ふたりはわりと真剣に「うーん…」と考え始めてくれた。
…おお…良い子たちだ…。
聞いといてアレだけど、ちょっと感動した。
「そうですね…。術って…疲れとか…または弱みに付け込まれると支配されやすいって聞きますけど…」
「…やっぱ、そうだよね?」
ポロムに言われ、ちょっと確信を得た。
疲れか弱み。
心当たりは、後者だな。
…やっぱ弱み、か…。
弱み…っていうと、やっぱり…。
「…誰か操られてんのか?」
ちょっと考えていると、パロムに聞かれた。
「うん。あたしのとーっても大事な人」
あたしは苦笑いして、頷いた。
「ははーん、恋人だな?」
するとパロムくん、ニヤニヤしだした。
わー、おませさんだなあ。
思わず噴き出してしまった。
恋人ねえ。
まあ、あたし的には願ったりかなったりだけど。
「残念。恋人じゃないよー。あたしの片想いです。あ、これ内緒にしてねー?今まで誰にも言ったこと無いからさ」
人差し指を唇に立てて、にししっと笑う。
そしたらそんなあたしの容姿にポロムとパロムはきょとんとしてた。
「誰にもって…?」
「良かったんですか、そんなこと私たちに言ってしまって…」
「うーん…そうだねえ…。まあ、ふたりのこと見込んでるから。お願いねー!」
確かにセシルなんかに言われちゃ困る。
でも、言えて楽しくなってる自分もいた。
だって本当に誰かに話した事なんて、なかったから。
言う必要、なかったからね。
…もしかしたら、シドあたりは勘づいてそうな気もするけど…。
まあ、その辺は置いておこう!
そうして、あたしが集めて積み重ねておいた次の本に手を伸ばした。
「……だからさ、助けてあげたいんだ。たぶん。弱みに…付け込まれちゃったんだと思うから」
「……ナマエねーちゃん…」
「……ナマエ…さん…」
ぱらっ…
捲ったページの音が響く。
…なんか、若干しんみりしちゃったかな?
うーん。この空気は好かないね?
だからあたしはニコッと笑っていつものカイン自慢を始めた。
「あのね、すっごい格好いいんだよ!見た目も中身ももう最高なんだから!それに名のある竜騎士で、めちゃめちゃ強いしね!」
なびく金色の髪、整った顔立ちに、すらっとした手足。
竜騎士の軽やかなジャンプに最適に程よくついた筋肉とか!
時には厳しいけど、面倒見もよくて、本当最高すぎるって!
「…ナマエねーちゃん、顔やばいよ」
「…ちょっとパロム…」
「なんだよ、自分だって思ってる癖に…」
「……それは、」
「あああ!ちょっとそんな引かないで!ふたりとも!」
あたしの悪い癖。
カインのこと考えると、どっかトリップしてニヤけちゃう。
なんだこれ…!なんかデジャブだよ…!
リディアともこんなやり取りした気がする…!
まあ締まりがないのは承知だ。
あたしはその締りを取り戻すために、こほん…とひとつ咳ばらいをした。
「けどさあ、弱みに付け込まれるなんてダサいじゃん。よわっちーんじゃねーの?そいつ」
「パロム!」
パロムの指摘に、ポロムの咎めが飛ぶ。
…よわっちー、ね。
でも、あたしは首を振って笑った。
「ふっふっふ…甘いなあ、少年。強いと弱いはね、紙一重なんだよ?」
「はっ?」
「紙一重、ですか…?」
何言ってんだ的な顔をしてくるパロムと、ポロムの方も意味わからないみたいで首を傾げてる。
あたしは彼を思い浮かべて、笑ったまま話した。
「強かったからこそ、操られたんだよ。強かったから我慢して、言いたいことずっとずっと抱えてた。弱くて、もし言葉にしてたら…ひとりで苦しむことは…なかったかもしれない。でも強かったなら、言わなかった。だからこそ…付け込まれてしまった」
間違ってない。
カインが気持ちを言わなかったのは、きっと間違ったことじゃない。
誰かのことを大切に思う気持ちが、間違いなわけがない。
誰かを困らせるくらいなら、自分ひとりで押さえておけばいい。
カインは…そういうふうに考える人だ。
それはそれで…いいんだよ、きっと。
でもね…。
あたしからすると…カインが苦しんでるの、見ちゃうから。
その苦しみ、なんとかして少しでも軽くしてあげられたら…とも思っちゃうわけだ。
「ま、とにかく。なんとかしてあげたいわけだよ。本当はしたくないことだって、強制されちゃうわけだしね!」
ねえカイン…。
カインが付け込まれたのは…きっと、そのことでしょ?
きっと、鍵を掛けて…誰にも触れて欲しくなかったはずの部分だったのに。
だから…早く何とかしてあげなきゃ。
月が少しずつ動いていく。
あたしはページを捲って、ふたりと一緒に読み上げていった。
To be continued
ポロパロ大好きなんです…!
カインの次に好き…!
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