▽ 大海原の主
「はあ…」
船の上。
ゆらゆらゆらゆら波に揺られる。
潮風が気持ちよくて、とっても爽やかな天候。
しかし…それと見事に反して、あたしの心はどよよーん…としていた。
「ナマエ…大丈夫かい?」
「おおきな溜め息…」
「ギルバート…リディア…」
肘をついてぼんやり海を見ていたら、ふたりが声を掛けに来てくれた。
おっと…こんなどよどよ曇りマーク振りまいてる場合じゃないじゃんね。
ていうかあたしは全然大丈夫だ。…あたしは、ね。
「あたしは大丈夫だよ。元気元気!さっきリディアがケアルもしてくれたしねー!」
「えへへ…」
大きく手を広げると、リディアはジャンプしながらあたしに抱きついてきた。
それをぎゅうっと抱き止めて、抱っこする。
あー、リディアは本当カワイイなー!
お礼の意味も込めて、あたしはそのままリディアの頭を撫でた。
「ああ、本当に君のおかげで助かったよ。ありがとう、リディア」
「うん!」
するとギルバートもリディアに優しく笑いかけ、リディアも嬉しそうに頷いた。
そう…。
あたしやギルバート、ううん、それだけじゃなくてセシルもヤンも。
皆リディアに助けられた。
ファブールのクリスタルルームで怪我を負ったあたしたちはゴルベーザが去った後に、リディアのケアルによって傷を癒して貰った。
本当、お手柄な子だよねーこの子。
「でも…ナマエ、そのため息の理由は…やはりあの竜騎士かい?」
「あー…うん、まあね」
ギルバートに尋ねられ、あたしは少し気まずく頬を掻いた。
竜騎士…。
ゴルベーザと共にファブールのクリスタルを…そしてローザを奪っていった男…。
夢だと思いたいけど、それは間違いなく現実。
あの竜騎士は…カインだった。
「セシルも彼を、親友だと言っていた…」
「うん。そうだよ。あたしとセシルとローザと…そしてカイン。あたしたち、ずっと一緒に育ってきた幼馴染みだからね」
あははは、と苦笑いした。
「きっとゴルベーザに操られてるんだと思う。本当はね、すっごく優しいんだよ。それに格好いいの!」
あたし、人にカインのこと話すのが大好き。
ここが優しいんだよ、こんなとこが格好いいんだよ。
そんな風にいくつも挙げていくこと、誰よりも沢山あげられる自信があるね。
「だからあんなことがあって…こんなこと言うの、アレなんだけど…絶対理由はあるはずだから。だから…あんまり憎まないであげて…欲しいんだ」
「…ナマエ…」
「……ナマエ、あの人のこと…大切なの?」
リディアに見上げられ、そう聞かれた。
あたしはふっ…と微笑んで頷いた。
「うん。とーっても大切だよ!」
何があっても、胸張って言える。
とってもとっても大切な人だって。
…でも、あたしはあれからずっと考えてた。
カインほどの戦士が、あんな術に掛けられちゃうなんて…。
ゴルベーザが相当な術士だってのが伺える。
でも同時にもういっこ…ちょっと心あたりがあった。
ここで言う必要はない事だから、口には出さないけどね。
「ところで…バロンに着いたらどうなさるおつもりで?」
その時、ヤンがそうセシルに声を掛けているのが聞こえた。
セシルは頷き、事の進め方を簡単に説明した。
「まず飛空艇技師のシドに会おう。彼なら飛空艇に精通しているし、力になってくれるはずだ」
確かにシドなら色んな意味であたしたちには好都合な人材だ。
今の時点ではシドに会うのはかなりの得策だってあたしも思う。
つまり、この船の行先はバロンだ。
ゴルベーザに対抗するにはまず飛空艇が必要。
飛空艇はバロンでしか作れない。
バロンは赤い翼が主力部隊の為、海兵部隊は案外手薄。
だからそこを突いての船での移動。
船はファブール王の厚意で用意して貰った物。
この援助は本当に有難い限りだった。
こっちはローザを取られてるし、事は一刻を争うからね。
「ローザ…。……カイン」
ローザも…カインも…。
ふたりとも早く助けなきゃ…。
早く…早く。
空を見上げながら、そう気持ちが焦ってるのを感じた。
航海は順調だった。天候は安定してたし。
でも…、ふと…気になった。
あたしはリディア達と話した後も、ずっと波を見ていた。
「…あれ」
だから波が、少しおかしいことに気がついた。
いや…あたし航海術とか心得てないし、そっちの知識はあんまりないからよくわかんないけどさ。
「どうかしたのか?ナマエ」
「セシル…なんか、波が」
「波?」
じーっと、身を乗り出す様に波を見ていたあたしにセシルが気がついて声を掛けてくれた。
あたしが波を指さすと、セシルも一緒に覗き込んだ。
「流れが…早くなってる?」
「やっぱり、そう思う?」
その直後、大きな変化が表れ始めた。
「うわああああ!!」
「本当に居たのか!?」
突然、船の中が慌ただしくなった。
船乗りたちが海を見て騒ぎだす。
…え…。
やっぱ…なんか問題発生…?
たら…と冷や汗を感じた。
その瞬間、ガクン!と大きく船体が揺れた。
「うわ…ッ!」
「ナマエ!大丈夫かい?」
「う、うん…」
その揺れで、あたしはバランスを崩して尻もち付きそうになった。
でもセシルが腕を掴んでくれて何とかセーフ。
…でも、船の中の混乱は増していた。
「大海原の主!!!」
「リヴァイアサンだーーーー!!!」
響いた大きな声。
り、リヴァイアサン…!?
聞こえたその名前に海を見れば、大きな渦。
その中に浮かぶ蛇のような影…。
お、大海原の…主…。
さ あ…と血の気が引いた。
う、嘘だああああ!?!?!
「きゃあ!」
その時、ざぷん!と何かが海に落ちる音がした。
と同時に聞こえた小さな悲鳴。
リディアの声…!
もしかしてリディアが海に落ちた…!?
「リディア…!」
するとヤンがリディアの名前を呼びながら海に飛び込んだのが見えた。
あたしとセシルは走ってヤンが飛び込んだ場所に叫んだ。
「ヤン!!」
「リディアー!!!」
海は荒れて、水中がよく見えない。
う、嘘…!
ふたりが海に…!
まずいよ、コレ…!
「うわあッ!」
するとまたガクンと船体が揺れて、今度はギルバートの悲鳴。
見れば、揺れによってギルバートが倒れ込んでいた。
「…ギルバートッ……えっ…!?」
ギルバートに気を取られていると、その時背後に何か気配を感じた。
暗くなる。
自分の背後に、何か大きな影。
…へ…び…。
「うわ…っ…!」
また船が揺れる。
あたしもバランスが崩れて、がく…と膝をついてしまった。
や、やば…!
揺れが強くてもう立てない…!
しかも…視界がどんどん下がってく。
船…渦に巻き込まれて沈んでる……?!
「うわああ!?」
「うっぐう…!!」
目線の端では、波が迫って何人かの船乗りの人達が落ちてしまったのが見えた。
や、やだ…。
嘘…でしょ…?
「ナマエ!!」
「…っセシル!」
その時、セシルがあたしに手を伸ばしてくれたのが見えた。
あたしもその手を急いで掴もうと伸ばした。
掴めた感覚はあった。
でも、その直後…ずぷん…と言う音がして。
そのあとの事は、よく覚えてない。
To be continued
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