変わらぬ空気



「…来たか」





静かな夜。
ミヘン街道の旅行公司。

外で風に当たっていた俺は、扉の開く音を耳にして振り向いた。

見ずとも、誰かはわかる。

もうそろそろ、皆が寝静まる頃。
そんな時間に外に出るのは…出てくるように声を掛けて置いたからだ。





「んー…、風が涼しくて気持ちいな。スピラは星が綺麗だなー」





旅行公司を出て、身体を伸ばしながら俺に歩み寄ってくるナマエ。
ナマエは俺の隣に立つと、風の涼しさに顔を綻ばせた。

俺は…そんな無邪気な横顔を見つめた。

実際は少し、見惚れるにも近かったかもしれない。

もう、今日再会して…この顔を見つめるのは何度目だろうか。
正直…何度でも、いつまでも見らていられる気がした。

傍にいる現実を、何度だって確かめて、実感したかったのだろう。





「…ルカではゆっくり話す暇も無かったからな。聞かせろ、ナギ平原で消えた後のこと」

「うん。あたしもアーロンに聞きたいこと沢山ある!」





ナマエに声を掛けて置いた理由は勿論、話をしたかったからだ。
10年前のあの旅の中、突然に姿を消した…その後のこと。

ナマエにも異存は無いらしく、むしろナマエ自身、今こうなっている自分の状況を知りたいようだった。

俺も、俺が答えられる限りなら、ナマエの疑問に答えてやろうとは思った。





「旅の続きと…、あと伝説のガードとか何とかね。アーロンと、あと…あたしも?何?伝説のガードって。意味わかんない」

「…伝説のガードは、大召喚士ブラスカのガード、と言う意味だ」

「大召喚士ブラスカ…。じゃあ、あのあとブラスカさんは究極召喚を?」

「…ああ。手にいれ、シンを倒した」

「……そっか」





シンを倒した大召喚士ブラスカ。
そしてその旅を支えた、伝説のガードたち。

それを聞けば旅の最後はわかるだろう。
娘であるユウナが旅をしているのも、またひとつの証拠だ。

旅の末を知ったナマエは、気が滅入っただろう。ふっと小さな溜息をついた。





「俺の質問にも答えろ、お前はあれから…」

「うーん…ルカで話した通りだよ。本当に自分の世界に戻って、1年過ごして…またスピラに戻ってきちゃった」





少し、重苦しくなったか。

そう感じた俺は話題を変えるように聞く方の側についた。
ナマエも、俯いた顔を上げた。

ナマエがくれた答えはルカで聞いたものと同じだった。
どうやら俺とナマエの間には、9年という差があるらしく、再びスピラに現れた理由も…前回同様わからない。

そう容姿は変わらないが、髪型が違う事。
戦闘に関して多少のブランクが生じている事から、ナマエの言っている事は事実なのだろうとはわかった。

…まあ、別に疑っていたわけでもないのだが、改めて、実感したように思う。





「ねえ、本当に10年経ってるの?確かに、ユウナもティーダも…あたしたちが旅してた時は7歳だって聞いてたけどさー…」

「ああ、間違いなく10年経っている」

「…やっぱ?アーロンは、何してたの?」

「……ザナルカンドに行き、ティーダを見守っていた」

「ザナルカンドって、ジェクトさんの…だよね」





俺の過ごした10年間。
俺は、ジェクトの言っていたザナルカンドに渡り…奴の息子を見守っていた。

ずっと…そうしていくつもりだった。

しかし、シンがザナルカンドを襲ったあの日…俺はシンの意志を確かに感じた。
だから今…あいつをスピラに導き、俺も此処にいる。





「どーやって行ったの?」

「……シンによって、だな」

「シン?そう言えばシンがジェクトさんて…」

「その先は…自分で見据えろ」

「へ?」

「旅の果てに、真実が見える」





半端ではあるが…この先は、いくらナマエと言えど語るつもりは無かった。

コイツの物語は…あの時、ナギ平原で中断されたのだ。
そして再び、その続きが始まろうとしている。

なんとなく、そんな風に思えた。

だから口を閉ざす。
道を選び、掴みとる未来を決めるとのは…ナマエ自身なのだから。

まあ、ナマエ自身は…少し不服そうだったが。





「なにそれー。…じゃあ、もし、また消えちゃったら?」

「それがお前の物語、と言うことだ」

「ええ!?やだよ!そんな中途半端なのー!」





不満げに口を尖らせるナマエ。
確かに、ナマエとしては不完全燃焼で気持ちが悪いだけだろう。





「……でも、本当に嫌なんだよね。途中で、そうやって…旅の末、見られなかった。自分でも納得いかない」





召喚士の運命を知ったとき、ナマエは酷くショックを受けたようだった。
そして、その運命に必死で立ち向かおうとしていた。

結果…それは叶わぬものだったが、事を最後まで見届けたいと…そう願う奴であるのは、わかっているつもりだ。





「うん、よーし。しがみついてでも、今回は最後までいってやる!」

「……フッ」





今度こそは絶対に。
そう決意を固めるように、拳を握りしめたナマエ。

くよくよしても仕方がない。
元の世界に戻ってしまった原因もわからないのだから、今はそう前だけ見よう。

ああ…そうだ。こういう奴だった。
変わらぬナマエの姿に、俺は思わず小さな笑みを零した。

するとナマエはそんな俺に首を傾げる。





「なーに笑ってんのー。んーでも10年かあ…、まあまあ…なーんかすっかり貫禄ついちゃって、オジサマ♪」





ガンッ
静かな夜に、鈍い音が響く。

鳴らしたのは、俺の拳とナマエの頭。

ナマエは頭を押さえ、軽く涙目になりながら俺を睨みつけてきた。





「いったー!何するのー!」

「まったくの成長の見られんお前よりマシだ」

「なんですと!」





アーロン!このやろー!!!
子犬の様にキャンキャン騒ぐナマエ。

再会をしてから、ことあるごとにナマエは俺の年齢について茶々を入れてきていた。

こんな身の上なのだ。
もうそんな概念、どうでもいいことだが…なんとなく腹が立つのはなぜだろうな。

恐らく、ナマエがからかいのつもりで口にするから…なのだろうが。
コイツにからかわれるのは、昔ならなんとなく癪だからな。

しかし同時に…こうしたやり取りや空気が、心地よいと感じるのも…また事実、か。





「アーロンさー、なんかひねくれたねー」

「色々あったからな」

「あ、否定しないんだ」





ああ…そう。
こうして話していたな…昔も。

懐かしいと、心が叫んでいる。





「お前は本当に変わらんな」

「何回も言わなくて良いってば!どーせ成長してませんよーだ」

「誉めているんだ」

「へ?」





今度は意地でもしがみつく。
ナマエがそう口にした時、俺は多分…安堵した。

放っておくわけにはいかなかっとはいえ、過酷な旅に…巻き込んでしまう形になってしまったからな。
しかし、思ったよりコイツが前向きで良かった…。

…前回、旅の果てにお前の姿は無かったこともあるのだろうか。
お前がいれば、何かが変えられそうな気がして…。

この小さな存在は、俺の中で…どれほど意味のある存在だったのだろう。

…こうして本当のお前を前にして、少し…のぼせたか。

なあ…ナマエ。
もし、俺が生者だったなら…10年前、共に在れた日々に…この気持ちを伝えていたなら、俺は…お前とどうあれたのだろう。

愚かだな。
…しなかった未来など、考えるだけ無駄な事だ。

…そもそも、都合のいい返事を貰えた自信は無いんだ。
勿論、嫌われてはいなかっただろうが…好意という意味では、そういった対象に見られていたのかどうか…。

ただ、今こうして俺の声に応え…二人で話す時間をくれたことに、少なからず浮かれたのかもな。

…ああ、本当に…今更何を考えているのか。
馬鹿な男だと、己を嘲笑う。

伝える意味などない。
ナマエが知る必要もない。

これは、俺の中だけに仕舞って置けばいい…想いなのだから。



To be continued

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