傍に置いておきたいだけ



「わかってんのかよ!全部あんたのせいなんだ!シンに飲み込まれたのも!スピラに放り出されたのも!ザナルカンドに帰れないのも!全部!すべて!みんな!何もかもあんたのせいだ!」





人気のないルカの外れ。
ティーダは俺の胸ぐらを掴み、スピラに飛ばされた不満を一気に俺にへとぶつけていた。

その様子を口を挟むことなく、いや…挟むことも出来ずに見ているだけのナマエ。

今、この場にいるのはこの3人。
ティーダの嘆きを一通り受け止めた俺は、その青い姿に抑えることなく高笑いを上げた。





「あんた何者なんだ…?親父のこと…知ってんだよな」

「ああ」

「ユウナの親父さんとも知り合いなんだろ?」

「そうだな」

「どういう事だよ?おかしいだろ」

「何もおかしい事はない。ジェクト、ブラスカ、そして俺と…コイツ、ナマエ」

「うわっ」





戸惑いに質問を重ねるティーダ。
俺はナマエの手を引き、そんな奴の前に放り出してふたりを引き合わせた。





「あんたは…」

「ど、どもです…」

  



ふたりの視線が合う。
ぎこちない空気。

俺はそのまま、話を続けた。





「4人で旅をしていた。コイツは急に途中で消えたがな」

「消えたって…」

「ああ。ナマエが消えた後、3人でシンを倒した」

「え…!?倒したの!?シン!?」





シンを倒した。
ナマエはその言葉に大きく反応し、俺に振り返った。

その辺りのことも…説明してやらんとな。

しかし順序というものはある。
だからまずナマエには頷くだけに留め、先にティーダに向き直り、俺は話を進めた。





「シンを倒したのが10年前。後に俺だけがザナルカンドへ渡り…お前の成長を見守っていた。いつの日かお前をスピラに連れていくために」

「どうして俺なんだよ」

「ジェクトの頼みでな。ナマエ、ジェクトの家族の話を覚えているか。コイツがその息子、ティーダだ」





ナマエにティーダを紹介する。
するとふたりは、再び互いに目を向けあった。





「え、と…ナマエ、だっけ?」

「うん。ティーダ、だね」

「あ、ああ…。…旅してたって…あんたも親父のこと知ってるのか?」

「知ってるよ」

「お前とナマエは少し境遇が似ているかも知れんな。こいつもスピラの人間じゃない」





ナマエの身の上。異世界から来たこと。
普通、説明するのに時間を取る話だが、まあ…こいつなら受け入れやすいだろう。

そんな考えから軽く口にすれば、ジェクト同様、同じ反応で見事に食いついた。





「え!もしかしてナマエもザナルカンドから!?」

「ううん…あたしはザナルカンドじゃないよ。もっと違う場所」

「……違う場所?」

「日本ってとこ。知らないでしょ?」

「…聞いたことない」

「だろうねえ…」





首を振ったナマエ。

恐らくナマエもジェクトの姿を思い出したのだろう。
クスッと、ナマエは小さく笑みを零した。

…もう、二度と目にすることなどないと思った微笑みだった。

しかし、そうだ。
もう二度とないと思っていたのに、何故ナマエはここにいるのか。





「ところでナマエ。お前…なぜここにいる。10年前、お前は突如姿を消した。あれから何をしていた。それに…何故そこまで変わっていない…」





感じた疑問を、俺は投げかけた。

正直、聞きたい事は山ほどあった。
しかし、今それをすべて聞いている時間は無い。

だからまずは大きな要点だけ。

10年前のあの日、どうなったのか。
そして、なぜあの日とそう変わらぬ、少女の容姿をしているのか。

ナマエは俺を見てきた。
そして逆に、俺に質問を投げ返してきた。





「逆に、アーロンは変わりすぎだよ!ねえ、あの旅が10年前の話ってなに!あたしの中ではあの旅、まだ1年前だよ?」

「……なに?」

「あたしは自分の世界に戻ったの!それで1年間過ごした。そんで今日、ついさっき。またスピラに放り出された」

「元の世界に?そして再びスピラに…。あの旅は確かに10年前の話だ」

「10年…」

「…なんの話ッスか?」





俺たちのやり取りを見たティーダが首を傾げた。

しかし、首を傾げたいのはこちらも同じだった。

あの旅から、10年の月日が流れた。
…俺はザナルカンドに渡り、ティーダの成長を10年間見守ってきた。

記憶にある出会った頃の幼いティーダと、今目の前にいる17の歳になったティーダの姿がそれが現実だと確かに物語っている。

しかし一方で、ナマエはあの旅を1年前だと言う。

ナギ平原で突然消えた後、元の世界に戻り1年の月日を過ごした。
そして、今再び、このスピラにへと舞い戻った。

…確かに、髪は少し伸びている…か。
まじっとその姿を改めて見つめると、ナマエは困惑したように頭を抱えた。





「ごめん、頭こんがらがってきたー…」

「そうだな」

「じゃあブラスカさ……ジェクトさんは?」

「そうだ、親父生きてるのか?」





少しでも状況を把握しようとしたのか、俺以外のふたりがどうしたのか尋ねてきたナマエ。
しかし、ブラスカの名前を紡ぐのを止めたところを見ると…シンを倒したと言う俺の言葉を思い出したか…。

ずっと行方知れずだった父親のこととなれば、ティーダも興味が出たのだろう。

ブラスカもジェクトも…どちらの結末も、語りにくいことに変わりはないが。
ふたりの視線に尋ねられ、俺はジェクトの今をふたりに伝えた。





「あの状態を生きていると言えるのなら」

「あぁ?」

「あの状態?」

「あいつはもう人の姿をしていない。だが…あれの片鱗には確実にジェクトの意識が残っている。あれに接触したとき、お前もジェクトを感じたはずだ」

「まさか……」





ティーダの顔が青ざめた。
やはり、予感はあったか…。

ナマエは話を理解できずにいるようだ。

そんなナマエにもわかるよう、そして、ティーダの予感に色を付けるように、俺は事実を口にした。





「そうだ。シンはジェクトだ」





言った瞬間、二人の目が見開かれた。





「ちょ…待って!なに!?ジェクトさんがシンって!」

「くっだらねえ!なんだよそれ!馬鹿馬鹿しい!」





反応はそれぞれだ。
しかし、どちらも動揺だけは見て取れた。

戸惑いと、否定を願う…そんな叫び。

だが俺には、これ以上を語る気は無かった。
真実は…自分の目で確かめ、決めるべきなのだから。





「真実を見せてやる。怒るのも泣くのもそれからにしろ。俺について来い」

「嫌だと言ったら?」

「お前の物語は終わらない」

「それがどーしたってんだ!」

「そうか…、ならば仕方あるまい。好きにしろ。来るか来ないかは選ぶのはお前だ」

「馬鹿にしやがって!好きにしろとか言ってさあ!選ぶのは俺だとか言ってさあ!だけど俺にはどうしようもないんだっての!あんたに言われた通りにしるしかないんだ!」

「不満、だろうな。それとも不安か?それでいい」





やりきない、悔しさ。
ティーダはそんな顔をしていた。

そして、静かに問うてくる。





「……アーロン?ザナルカンドに帰れるのかな?」

「ジェクト次第だな。俺はユウナのガードになる。お前もついて来い」





答えがあるのは、北の最果て…ザナルカンド。
召喚士の、旅の目的地。

答えを見せるのは、こいつだけではない…。
ユウナにも、だな。

ナマエは呆然と立ち尽くしていた。
突然のことに、頭がついてきていない部分もあるのだろう。

そんなナマエに、俺は声を掛けた。





「ナマエ、お前も来い」

「え!あ、あたしも…!?」

「以前と同じだ。どうせ行く宛などなかろう。なら、来ればいい」





こいつはつい先ほど、元の世界からスピラに落ちたと言っていた。

そうなれば当然、身の振り方など決まっていないだろう。

頼る者も、恐らく無いはずだ。
ブラスカ、ジェクトのいない今…それに値するのは、俺だけ…か。

ナマエは黙って頷いた。
それがまるで、その事実を色濃くするようで…。

そんなことを考えて、少し…笑った。

しかし、放っておくわけにはいかないのも事実だった。

いつかブラスカが言っていたが、ナマエには桁違いの魔力が宿っている。
しかし、育った環境から抵抗や疑うなどの力に乏しい部分がある。

厄介な奴に目をつけられれば、何をされるかわかったものでは無い。

傍に居れば少なからず、守ってやる事は出来るだろう。





「ね、アーロン」

「なんだ」

「いや…正直助かったかも。あたし、ひとりじゃどうしようも出来なかっただろうし。こっち来てすぐアーロンに会えて良かったよ。エボンの賜物〜ってやつ?」

「…信じていないくせによく言う」

「えへへ!でも本当、ついてるよ」

「………。」





ユウナの元へ向かう途中、隣を歩くナマエは笑っていた。
1年…あの頃とそう変わらない、無邪気な笑顔で。

会えてよかった、と。

…実際は、俺の単なる我儘なのだろう。
本当のところは、俺がお前を…傍に置いておきたかっただけのかもしれない。



To be continued

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