残された時間の最後の最後まで 全てに片が付いた。 1000年もの間、夢を召喚し続けたエボン=ジュ。 奴が共にあったジュ=パゴダを墓標にして…この世界から消えていった。 これで、終わりだ。 俺たちはザナルカンドのブリッツスタジアムの場所へと戻された。 その場でユウナは袴を揺らしながら丁寧に舞う。 俺も、その舞に静かに身を任せた。 するとその瞬間、ふわ…と自らの体から幻光虫が浮かび上がった。 「あっ…」 振り向きざま、俺の姿が目に映ったユウナが声をかげて舞を止めた。 その様に他の者も俺に視線を集める。 ここで全員が気が付いただろう。 …俺が、死人であるという事実に。 「続けろ」 「でも…」 俺が促せば、ユウナは少しのためらいを見せた。 だが、俺は笑った。 ふっ…と、それは穏やかな笑みだったと自分でも思う。 「これでいいさ」 声も、穏やかだった。 そうして自覚できる程に。 それから俺は、此処まで共に歩いてきた者たちの顔を見渡した。 そしてまずは、キマリの胸をドンと叩いた。 生前、最後に俺が出会ったのがキマリだ。 ユウナをキマリに任せて、俺は死んだ。 だからキマリはずっと知っていた。俺が死人であることを。 だがそれを伏せ続けてくれたこと、そしてユウナを見守ってくれたこと…こいつには素直に感謝したかった。 そして、俺を見つめる顔をひとつひとつ眺めながらゆっくりを歩み出す。 そこでナマエが顔を隠す様に俺に背を向けている事に気が付いた。 堪え、耐えている。そんな様子が見て取れた。 …惜しんでもらえるのは、有り難いことだな。 そんな事を思い、俺は小さく襟の下で笑みを零した。 するとその時、一際強く俺を見つめる視線があることに気が付いた。 「10年…待たせたからな」 視線はティーダだった。 ティーダの傍まで来ると、俺はそう伝える。 ああ、これで…本当に終わりだ。 そして俺は、後ろを向いている小さな頭に手を伸ばした。 「……っ!」 触れれば、ビクリとナマエは肩を震わせた。 俺は、そんな頭をガシガシと雑に撫でた。 いつもなら、髪が乱れると文句の一つでも飛んでくるだろうか。 そう思われるとわかっていながらこうして雑に扱うのは…そうしたやり取りを俺が楽しんでいたからだろうな。 今回は、その手に色んな想いを込める。 ……よく、やってくれた。 ここまで、よく走ってくれた。 背筋を伸ばし、前を見つめて…。 なあ、ナマエ。 お前が見送りたいと言ってくれた時、俺がどれほど嬉しかったか…お前は知らんだろう。 残すとわかっているのに…。だが、そう想って貰えた事が、自分でも呆れるほどに、な。 ナマエは俯き気味に、黙って撫でられるがままだった。 感情に耐えたまま振り向かない。 どんな顔をしているのか見たい気もするが…。 いや、必死に耐えているものを無理強いする気はない。 その姿に俺はふっと小さく笑った。 やがて…そっと、指先を放す。 離れていく感触は、やはりどこか名残惜しい。 そうして俺はまた歩み出す。 足場の端に辿り着けば、その時…大きな声で名を呼ばれた。 「アーロン!」 泣くのを堪えるような声だった。 そして、駆け寄ってくる足音。 その瞬間、俺は胸をぐっと掴まれるような感覚を覚えた。 思わず体が反応する。 ああ…やはり、お前の声は…響く。 俺は振り返った。 突き動かされるように。 その瞬間、飛びつくように抱き着かれた。 俺は、すがるそれを…強く抱きとめた。 「…アーロン…!」 ナマエが俺の名を呼ぶ。 抱きとめた小さな体は震える手で赤い布をぎゅっと掴んでいた。 自分の腕の中にあるその存在は何より愛しいもの。 俺は、そっと手をその頭に置いた。 そして今度は、優しく…優しくその髪を撫でた。 「アーロン…、アーロン…っ」 何度も名前を呼ばれ、その度に垢を握り締める力も強くなる。 胸に顔をうずめ、撫でる下にあるその表情は見えない。 ただ、何かを噛みしめる様に…。 「…アーロン…」 紡ぎだされるその声は必死に感情を耐えているような声だ。 「…あの、ね…」 言葉を探す様に、震える。 …少し、こちらから何か言おうか…悩んだ。 だが、必死に言葉を探している様子が伺えた。 なにより、懸命に何かを伝えようとしてくれている。 だから俺はナマエの頭に手を置いたまま、それを待った。 「…はー…」 すう…っと、ナマエは息を吸って、吐いた。 そして、意を決したように見上げられた顔。 …それを見たとき俺は、目を開いた。 映ったその顔には、凛とした穏やかな笑みが浮かべられていた。 「大好きだよ、…アーロン」 そして、一点の曇りなくそう言い切ってくれた。 たった、一言。 しかしそれは、絶対の言葉だった。 …そうだな。 抱く思いは、数えきれない程ある。 だが、それを言葉にするのは難しい。 その想いを表す相応しい言葉が見つからず、嘘のようになりそうだと。 お前に返す言葉を探して、俺はそう思った。 恐らくはナマエもそうなのだろうと。 俺は、ナマエに笑みを向けた。 …少し、待ってくれ。 そんな意味を込めてポン、と頭を撫でた後、一度視線を向こうにいる仲間たちの元へと向けた。 「もう、お前たちの時代だ」 時代は変わる。 これからの物語を紡いでいくのは、他でも無いお前たちなのだ。 そして、視線をナマエへを戻した。 「ナマエ」 「…うん?」 名前を呼ぶ。 愛しい、その名前を。 するとナマエも目を合わせてくれる。 俺は、そっとナマエの耳元に口を寄せた。 「俺もだ、ナマエ…」 白い耳に囁く。 俺も同じだ。 俺も、お前に決して間違わぬ言葉を返そう。 「………愛している」 囁いたその言葉。 それを口にした時、お前に想いを告げて良かったと…心から思った。 死人の想いなど、あってないもの。 お前が知る必要は無いと、そう思っていた。 だが今は、後悔はない。 《だから、見送らせてよ。そして…残された時間の、最後の最後まで、一緒にいさせてください》 前に、ナマエの言っていた言葉が頭を巡る。 …残していくことに、思う事が無いとは言えん。 だが、こうして共にいる時間を最後まで大切に出来た。 一分一秒を無駄にしまいと。 …お前の為に、と…その思いを抱きながら歩めて良かったと。 俺は耳元から離れ、まっすぐにナマエを見つめた。 そしてゆっくりと頬に触れ、そのままなぞる様にさらりと髪を耳へと掛けた。 少しずつ、距離を縮めていく。 するとそれに比例するようにナマエは瞼をそっと閉じた。 感じたぬくもりは、ほんの一瞬だ。 触れていた感覚、抱きしめていた小さな体。 唇の温度も… …ふっ…と消える。 保つ必要の無くなった身体。 幻光虫となって、空へと融けていく。 残された時間の、最後は訪れる。 最後に見たものは、これ以上に無い景色だ。 お前の…ナマエの微笑む顔。 「…おつかれさま」 薄れゆく世界に…最後に聞こえたのは、そんな言葉。 …俺は祈り続けよう。 お前が凛と前を見つめて、歩む未来を。 愛しい声に見送られ、俺の物語は終わりを迎えた。 END prev next top ×
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