最後の熱



「泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ。ほら、泣くぞ」

「……だいっ嫌いだ」





崩れるよう倒れたジェクトの体。
息子に支えられ、横たわったまま顔を覗いて嫌味を言う。

息子は…ティーダは涙を堪えきれぬままに大嫌いと口にした。

ブラスカの究極召喚…。
シンに呑まれたその力は、親子の想いによって断ち切れた。





「初めて…思った。あんたの息子で…良かった」

「……けっ」




10年前、共に旅した男。
10年間、見守ったその男の息子。

会わせてやれたらと、俺はきっと…願っていた。

だからふたりの様子を見ていれば、胸の奥にこみ上げるものがあった。

だが、まだ終わりでは無い。
やるべきことは、まだ残っているのだ。





「ユウナちゃん、わかってんな?召喚獣を…」

『僕たちを!』

「呼ぶんだぞ!」『呼ぶんだよ!』





ジェクトとバハムートの祈り子がユウナに呼びかける。
その瞬間、ジェクトの体が幻光虫になって消えていくのが目に映り、俺は静かに目を閉じた。

そして次に開いた時には、その場に飛び交うエボン=ジュの姿を見ることになる。

迫ってくるエボン=ジュに全員が身構える。
するとエボン=ジュは真っ赤なまばゆい光を放った。

光が止んだ時、その空間は変わっていた。
ザナルカンドの景色では無く、ジェクトの剣を足場とした異世界。

皆、衝撃で膝をつき、倒れ込んでいた。
ただひとり…ユウナだけが杖を握り佇んでいる。





「…ナマエ、立てるか」

「ん…、大丈夫、ありがと」





俺は立ち上がると傍にいたナマエに手を差し伸べた。
ナマエは素直にその手を握ってくれる。

俺はナマエの手を引き、立ち上がらせた。

そして共に、ここまで守った召喚士の背を見つめる。





「ユウナ!」

「お願い!」





ティーダとナマエが叫んだ。

するとユウナはしっかりと頷いた。
そして杖を握り締め、祈った。

これが…最後の召喚か…。

ユウナが召喚する度に、エボン=ジュが召喚獣に乗り移った。
俺たちはそれとひとつひとつ倒していった。

今まで共に戦った存在に剣を振るう。
到底、気持ちのいいものでは無い。

だが、目論見は成功する。

やがて、全ての召喚獣が消え、エボン=ジュはその行き場を失くした。

すべてのはじまり…。
目の前に、その存在は現れた。





「みんな!」





その時、ティーダが全員に呼びかけた。
明るい声に視線が集まる。

…そう。それは、明るい声だった。





「一緒に戦えるのは、これが最後だ。よろしく!」





吹っ切れたような、いや…振り切りたいのかもしれない。
しかし潔い…そんな声。

その言葉に周りは目を丸くしていた。





「へっ?」

「なんつったらいいかな…」





困惑され、言葉に悩む。
後ろ頭を掻き、だがすぐに答えてみせた。





「エボン=ジュを倒したら、俺、消えっから!」





消える…。
その言葉に、仲間たちのどよめきは増した。





「あんた、何言ってんのよ!?」





どよめく中、ユウナはティーダを見つめていた。
ユウナの瞳は不安そうな、心配そうな色をしている。

ティーダもユウナを見つめていた。
だがそこに揺れはなく、真っ直ぐに。




「…………。」





そんな光景を見て、ナマエはそこから軽く目をそらし、伏せた。
俺はそんなナマエの様子に気が付き、横目に見ていた。

そしてティーダは剣を握り締め、エボン=ジュに向かい、強く言い切った。





「さよならってこと!」

「そんなぁ〜…」

「勝手で悪いけどさ、これが俺の物語だ!」





友の息子の背の広さが、その時目に焼きついた。
ああ…お前は、ここまで確かに歩いてきたのだと。

だが、言い表せぬ感情はやはり湧いてくる。

ナマエは祈り子から、エボン=ジュが召喚しているものを聞いた。
それが自分がこの世界に立っている理由に関係するものだっだからだ。

そして知ったからこそ、ティーダに声を掛けた。

ただ、話を聞くことは出来るからと。
想いをぶつける捌け口になれればと。

ひとりで抱え込むのは、疲れるからと。

だが、知っているが故にどうする事も出来ない事実がのしかかる。

目を伏せたナマエはそのまま胸元に触れた。
そこで握りしめるのは、かつて俺が贈った赤い石。

その手には力がこもっているのがわかる。
きつくきつく、その手は握りしめられていた。

そんな姿に胸が締め付けられる。

俺は、そっとナマエの背に手を伸ばした。





「…俯くな、ナマエ」

「…!」





トン…と優しく叩きながら声を掛ける。
するとナマエはこちらを見上げた。

触れる手に、すまないと謝る。

だが、共に願いも込める。

俺は、前を向くお前が好きだ。

辛くとも、苦しくとも…お前は一途に前を向く…その姿が。

だから、凛と前を向いてくれ。
その眩しい姿を見せてくれ。

そして、未来のお前もそうあれるように。

すると、ナマエは己の両頬を叩いた。
パチンと軽い音が響く。

その次に浮かんでいたのは、強気な明るい笑顔だった。





「よし…!やるよ、アーロン」

「…ああ!」





だから俺も、それを返す。

そしてナマエの前に出た。
それは、共に戦ういつもの合図だ。





「…頼むぞ」

「うん…!」





太刀を構え声を掛ければ、ナマエは応えてくれる。
これが、お前の灯す…最後の炎。





「ファイガ!!!」





10年前からここまで、数えきれぬ程こうして炎を灯してきた。
この熱さを、己に刻みつけよう。





「はああっ!!!!」





その剣を、俺は一気に振り下ろした。



To be continued

prev next top
×